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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第10回   10
U
 ある日の昼下がり、居間で本を読んでいると女性の声が聞こえたので、半透明のカーテンごしに窓から外を見てみると、ふっくらとした顔立ちの若い女性が、しきりと前方をうかがっていた。また猫を見に来ているのだろうと思い、私はしばしその姿に見入った。じつは最近こういうことが時々ある。愛おしげに猫の様子に見入る若い女性の姿は、とてもよい景色である。その姿には、単に猫好きというだけでは説明できないものが感じられた。このようなとき、女性は本能的に母性に目覚めるのではないだろうか。さらには、すべての生き物には可愛らしいものに対して無条件で慈しむ心が生じるのではないだろうか。そのようなことを考えながら見ていたら、連れらしい三十歳代半ばのやや細面の長身の男があらわれた。なんだアベック、と思って本を読み返しはじめたらチャイムが鳴った。
 妻が応対にでると、「こんにちは、宮下というものですが、先生居られますか」という少々甲高い聞き覚えのある声に、その男のことをすぐに思いだした。
 男は小樽市の隣の余市町での、高校の教員時代の生徒であった。大工の息子であったが、家業を継ぐかどうかで悩んだ末、大工の道に進んだ。そのことで相談を受け、いささか係わった関係で、思い出深い生徒の一人である。 
 宮下が卒業してから年賀状のやり取りだけであったから、十五年ぶりの再開になる。
 宮下は仕事柄か、浅黒のきりっと引き締まった精悍な顔立ちになっていた。
 「先生、お久しぶりです」
 「おお、本当に久しいね。たくましさが顔にでているよ」
 「いやあ、そうでもないですよ」と言いながら、宮下の少し照れた様子に妻は、「苦み走ったいい男じゃないの。こちらは奥さんね、お腹が膨らんでお目出度のようだけれど、いつ生まれる予定なの」
 「佳乃といいます。十二月の末の予定です」
佳乃さんは、いろじろでめもとがぱっちりとしていてなかなかの美人だっただけではなく、鷹揚な性格を感じさせるものいいで、微笑を私たち夫婦にふりまいた。話好きな妻は、さつそく出産についてのあれこれを、二人の子供を産んだ自分の経験に照らし合わせて佳乃さんと話しだした。こういうときの妻は真骨頂を発揮する。すばやくお茶の支度をすると、たちまち仲の良い友達になってしまったかのようである。いつものことなので、私は宮下と近況について話をした。
宮下の父親はいまも現役で働いているとのこと。宮下自身は余市の建設会社で働いていて、中堅の大工ということである。
 「いまは男か女か、生まれる前に分かるのだろう」
 「はい、そうですが、それは生まれたときの楽しみにしたいと思っています」
 「それもいいね、ただ十二月の末だとなにかと慌ただしいね」
 「し゜つは予定日は二十五日なのです。つまり、イエス・キリストの誕生日でして」と、妻がその言葉を受け取って、「そうなのよ、そうなるとどうしても男の子が欲しいわね」 
 「はい、できればそうなればととはかんがえています。ただ、子供は間違いなく僕の子です」という宮下の言葉に皆はきょとんとなった。
 「いや、神様との間にできた子供ではないという意味です」と、宮下は悪戯っぽく笑って白い歯を見せた。
 「おお、処女受胎のことか。あれは旦那のヨゼフにとっては不倫の子か、不義の子になるのかね?」
 「まあ、あなた。キリスト教の信者の人が聞いたら怒るわよ」
 「いや、ここは日本で仏教徒が大半だからいいのだ」
 「僕も気になって調べてみたのですが、キリストは僕と同じ大工で、兄弟はほかに四人の男がいたといわれています」
 「ほう、そんなにいるのか。そうしてみると聖母マリアも肖像画のような楚々とした容姿ではなく、安産型のがっしりとした体型かもしれないね」
































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