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作品名:路地裏の猫と私 作者:じゅんしろう

第1回   1
              T
 この春、定年により長年の高校教員生活を終えたのを機に、妻の実家がある小樽の街に引っ越してきた。借家は入舟町という所で路地にあり、二階建ての一棟に二軒の長屋造りになっていて隣は空き家だった。人が住んでいて玄関がこの路地に面しているのは、路地の入口にあるはす向かいの家だけだった。あとは戸板で封鎖されていたりしている古い家だけで住人はいない。住人がいる場合は玄関が反対の通りに面している家だけである。路地を行き来する人はほとんどいなかった。
 その通りは雑草が茂っていて、わずかに人一人が通れるくらいの、まるでけもの道といえる一筋が茶色の地肌をあらわしていた。人もまれにしか通らない、じつに静かな路地である。ただ人のかわりにねこたちがゆうゆうとわがもの顔で通っていた。それだけでなく、少し空き地になっているところとか、おもいおもいの場所で座り込んだり眠ったりしている。どうやらこの路地を住まいとしているらしいと気がついたのは引っ越してきて数日たったころだった。
 ある日、何匹の猫がいるのだろうかと、こころみに数えてみた。大人の猫、子供の猫、生まれてさほどたっていない猫、十五、六匹だった。
 さまざまな模様の猫たちであり、みんなノラ猫のようだ。近寄ればすばやく逃げるもの、身構えて警戒態勢をとるもの、なんの反応をみせず、じつとうずくまっているもの、一匹一匹がそれぞれの個性を私に示してくれているように思えた。
いま私のまわりには十五、六匹の猫がいるわけだが、見方によれば、私が猫たちに囲まれているともいえる。これだけの猫に囲まれてみると、なにやらなんともいえぬ心持ちになってきた。つまり、私が猫を観察しているのではなく、猫たちに観察されているのではないのだろうかと。猫たちにとっては、この路地の新しい住人であるこの私を品定めをしているのではないのかと思えてきた。自分たちにとって、悪い奴なのだろうか、良い奴なのだろうか、じつと観察されているように思われてきた、三十以上の瞳で。
 そう思うと、なにやら気圧されそうな気がしたので、私も負けじとあらためて猫たちを眺めまわしてみた。親猫はそれぞれ別の場所に座っているが、子猫たちは同じ兄弟(姉妹かもしれないが)ということでもないようだ。
 多少大きめの白と黒模様の子猫二匹と、茶と黒のまだら模様の子猫二匹は、それぞれ一緒だったが、生まれて間もない白と黒模様の子猫とシャム猫のような子猫は、二匹と一匹、あるいは一匹と二匹というように仲良くかたまって座っていた。
 そのとき私の脳裏には、ファーブルの昆虫記が思い浮かんだ。
 私も昆虫記の詳細にわたった綿密なる観察というわけにはいかないが、ノラ猫の観察記を書いてみたいと思い立った。題名はすぐに思い浮かんだ。昆虫記をもじつて、猫中記とすることにした。













                 


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