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作品名:お岩さん 作者:じゅんしろう

第8回   8
 「はい、覚悟はできております。ただ、観音様、お願いがございます。娑婆世界に戻ったならば、また伊右衛門様と結ばれたくございます。そして伊右衛門様を、このお梅がきっと幸せにしてみせます、よろしゅうございますか」と、お梅は覚悟のほどを示すとともに、厚かましくも言ってのけた。
 そのとき観音菩薩はなぜか、口もとに微かな笑みを浮かべたが誰も気がつかなかった。
 「観音様、お梅の言っていることはあまりにも身勝手でございます。私こそが本来伊右衛門殿と夫婦として契った仲でございますから、娑婆に帰ったならば、いま一度やり直すのは私たちでございます」と、お岩は観音菩薩にかき口説いた。
 「お岩もお梅も、娑婆世界に戻ったならば、いまの記憶は無くなるのじゃぞ。生まれ落ちたならば、後は定めじゃ」と、観音菩薩は二人を見比べ静かに諭した。
 「しかし、それでも生まれ変わったならば伊右衛門様と結ばれとうございます。男女の仲は、赤い糸で結ばれていると聞き及んでおります。お願いでございますから、私たち二人に何か目印になるようなものをお与えくださりませ」と、お梅はなおも食い下がった。
 「私こそが伊右衛門殿と結ばれなければならぬ身、どうか私にも目印をお与えくださりませ」と、お岩も競うように両手を合わせ頼み込む。
 「うむ、二人の覚悟のほどは、しかと承った。よろしい、阿弥陀如来様になり代わり望みを叶えてしんぜよう。これ、伊右衛門もよいかな」 観音菩薩は肩を落としているばかりの伊右衛門に訊いた。
 「あ、はい…」 伊右衛門はうつろな目で女々しく頷くだけだった。
「では、これより各々の蓮華に戻りなさい。娑婆世界に戻そうぞ」と、観音菩薩は言うや、なにやら呪文を唱え、三人の額に向けて、ふっと息を吹きかけた。
 お岩とお梅はお互いに反目しながらも、期せずして萎れかかったままの伊右衛門を左右から抱きかかえるようにして、屋敷を後にした。
 三人は、それぞれの蓮華に帰り座り込むと、たちまち開いていた花びらが、すっぽりと身体を包み込み、二度と開くことは無かった。
 親鸞の屋敷では観音菩薩が居残っており、なにやら親鸞と問答をしている。
 「お岩や伊右衛門はともかく、お梅も娑婆世界に戻ることを承知されましたが、何故でございましょうか。また、お岩にとって、伊右衛門は憎い型機のはず、生まれ変わったならば、また一緒になりたいとは驚きもうした」
 「小娘の一途さとはいえ、その為にお岩は毒を盛られ、伊右衛門も迷い人を殺した。何人もの人を巻き込み引きずり込むことになったのだからその罪は深く、元凶といえなくもない。お岩のことは可愛さ余って憎さ百倍、亡霊になってまで取り付いたのはその裏返しじゃ」


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