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作品名:お岩さん 作者:じゅんしろう

第7回   7
 「 その手を離しや、伊右衛門殿は困り果てておろうに」と、お岩はお梅のうろたえる様を見て内心の喜びは隠しようもなく、決めつけた。
 「黙りや、こんなことになったのもお前のせい」と、お梅はお岩に飛び掛からんばかりになる。親鸞は、まあまあとなだめるが、女たちはもはや聞く耳を持たず、また思いつくままの罵詈雑言を並びたてた。人間臭があたりをおおい尽くし、ついに、親鸞では収拾がつかなくなった。
 「二人とも静かになさい」と、低く静かだが部屋の隅々まで厳かな声が響き渡った。
 思わず皆が声の主を見ると、仏女から姿をあらわした観音菩薩だった。思わず皆は合掌する。
 「お前たちのことは、親鸞からすべて聞いた。もはやここに置くことはできぬ。輪廻転生の業を与え、今一度娑婆世界に帰り修行いたせ、これは阿弥陀如来様の思召しと心得よ。ただし、お梅はお岩の怨念によって、伊右衛門に切り殺された身の上ならば酌量の余地あり。今後、態度あらためるというなら、ここに残ることはやぶさかではない。お梅よいかがいたす」と、凛とした態度でかれらに宣告した。
 すでにお岩は喜びの表情になっていた。どうやら、憎き伊右衛門なれど、私にも至らぬことは無いとはいえぬ。もう一度生まれ変わったならば伊右衛門と契り、やや子をこの手にいだき育ててみたい、とまで瞬時に思い至ったようだ。
 一方、伊右衛門は困り果てておろおろし、顔は真っ青である。
 「観音様。後生でござりますからこのままここにおとどめくださいまし。もう二度と娑婆の苦労は真っ平でございます。なにとど、阿弥陀如来様にお取り成しくださいませ」と、観音菩薩に両手を合わせ拝み倒そうとした。もはやそこには優男の伊右衛門の姿は無かった。ただ、哀れな男がいるだけだった。
「ならぬ、阿弥陀如来様のお言葉をなんと心得る」と、観音菩薩は厳しく決め付けた。
 伊右衛門は肩を落とし身をぶるぶると震わせ落胆した。
 「観音様、お梅も娑婆に参ります。伊右衛門様とお岩がまた結ばれるかもしれないと思うと悔しゅうございます」と言いながら、伊右衛門に何か囁いた。伊右衛門はただうな垂れているばかりだったが、お梅は囁き続け、ときには励まし叱り付けたりしていた。しばらくたって、ようやく弱弱しくお梅に媚びるように小さく頷いた。
 「お梅よ。極楽浄土を離れれば、また喜怒哀楽の激しい世界に舞い戻るのだぞ。いかなることになるかは誰も分からぬが、それでもよろしいのか」


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