仏女がお茶を運んできた。その仏女は給仕をし終えても部屋を去らず、親鸞のかたわらに控えた。親鸞は怪訝に思いその仏女を仰ぎ見たが、見覚えのない顔だった。そこで、はっ、と気がついた。姿を変えた観音菩薩なのだ。 親鸞はお茶を勧めたが、美味しい、と口にしたのはお梅だけだった。お岩も伊右衛門も一口飲んで押し黙っていた。 この様子を見て、仏茶の効用もきかぬとは、お梅はともかく、お岩と伊右衛門はただでは済まぬな、と親鸞は確信した。最悪の場合、極楽浄土を汚す不届きなやつらめ、ということで、地獄に落とされぬとも限らぬ、と考えた。 仏女に姿を変えた観音菩薩は、一言も発しなかった。親鸞は、観音様がかの者たちに存念を言わせるだけ言わせよ、ということだなと考え、こほん、と空咳をひとつすると、お岩に言った。 「お岩よ。おまえは、伊右衛門とお梅をいかがしたいのじゃ、腹蔵なく言ってみなさい」 「はい、親鸞様。この二人を隣り合わせの蓮華にするなどもってのほかであります。憎い伊右衛門を地獄に落としてくださりませ。お梅については、我が夫に横恋慕したとはいえ、私が乗りうつり、伊右衛門に切り殺させたのは、やり過ぎかと私も反省しておりますので、いまのままで結構でございます」とお岩は言ったが、二人を離れ離れにしたいということなのは、ありありと透けて見えた。 「では、お梅に問う。お前はいかがしたい」 「はい、私は伊右衛門様と隣り合わせの蓮華にしていただければそれで結構でございます。もし、それが叶わぬなら、罪も無い私を、大好きな伊右衛門様に切り殺させた、悪逆非道のお岩を地獄に落としてくださりませ」と、お岩に対抗心むき出しという態で言い、お岩を睨み据えた。言われたお岩も即座に睨み返し、二人の間に激しい火花が散った。親鸞の前であろうと、遠慮なしである。親鸞は、女の情念は恐ろしいものだのう、と思わず身震いし、心のうちで南無阿弥陀仏と唱えながら、心を奮い立たせると、最後に伊右衛門に訊いた。 「伊右衛門はどのようにしたい」 だが、伊右衛門はすぐには答えずしばらく黙っていたが、意を決したように、親鸞にすがるように言った。 「親鸞様、もとはといえば、拙者の不徳の致すところ、女たちと離れ、いまのままひとりになりとうございます」と、意外なことを言う。この言葉にお梅は驚き、「わたしと隣り合わせの蓮華を望まぬとは、口惜しい」と、伊右衛門の袖を掴んで身もだえしながら揺すりかき口説いた。
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