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作品名:お岩さん 作者:じゅんしろう

第4回   4
親鸞様、と呼ばれて我に帰った。
 目の前には青筋を立てている二人の女がいる。さしあたってこの問題を解決しなければならない。ひとまずそれぞれの蓮華に帰り、後日ふたたび屋敷に来るように命じた。親鸞が厳しい表情になっていた為か、女たちは渋々承諾した。にやにやしていた伊右衛門も親鸞のただならぬ変化を見て、何かを察知したのだろう、神妙な顔つきになり黙って従った。
 ひとりになった親鸞は、ふたたび目を閉じ瞑想した。
 −伊右衛門とお梅を隣り合わせの蓮華などできぬ話だ。そのようなことをすれば浄土の規律が乱れる。さりとて、お岩の求めに応じて、一度浄土に往生してきた伊右衛門を地獄に落とすことなどできぬし、わしにそのような力など無い。いや、だいいちどのようなものが地獄に落ちていくというのか、わしには分からなくなってきた。それに、わしの理屈からすると地獄に落ちるものなどいないということになりはすまいか。分からぬ。そもそも、この微力なわしにあれこれと差配する力など無い、すべては阿弥陀如来様の思召した。
 その夜、親鸞は浄土に往生してから、初めて悶々とした眠られぬ夜を過ごした。
 次の日、親鸞は斎戒沐浴して、阿弥陀如来への取り次ぎを請う為に、観音菩薩の御殿へと向かった。
観音菩薩は阿弥陀如来の後継者といわれている。娑婆世界では三十三の姿に変え、あるいはより多くの姿に変えて、人々を救済し、おのれ自身の修業をしているのだった。多忙な仏様であったが、さいわいにも在宅していた。
 観音菩薩は、阿弥陀如来の圧倒的な美しさを感じさせるのとは違い、人々の救済をもっぱらとしていて、さまざまな姿に変えて下々と接しているためか、ふわりとした印象を与える、きさくな仏柄だ。
 親鸞の話を聞き終えると、ふむ、とうなずき、しばし瞑想した。
 やがて、「親鸞、物事は何事も陰と陽、白と黒、天と地というように対極して成り立ち構成されている。当然、浄土と地獄ということになるが、じつは地獄というものは在るには在るのだが、いまだかって、唯一人として地獄に落ちていったものはいないのです」と、言った。
 親鸞はその言葉に驚き、観音菩薩をまじまじと見た。


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