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作品名:お岩さん 作者:じゅんしろう

第1回   1
 ありがたい阿弥陀如来の法話を聞いた帰り道、お岩は自分の蓮華まで、いっものように金、銀、瑠璃などの七宝の宝で飾られている眩いばかりの野辺をゆっくりと散策を楽しむように歩いていた。緑鮮やかな木々のあちらこちらから美しい鳥のさえずりが聞こえてくる。さらには、妙なる調べやなんともいわれぬ芳ばしい香りが漂っていて、自分がまるで虹の中にいるような心持ちになる。不安も苦しみも無い、心安らかな日々を送っていた。
 幸せだわ、と思った。もつとも、この極楽浄土は喜怒哀楽の無い世界であるから、娑婆であったら、このような感じだ、という話である。
 ふと、今日は久しぶりにすこし廻り道をしてみょうかしら、と思いたった。極楽浄土は何処へ行こうと自由な往来が許されていて、咎められることはない。気の向くままに、楼閣や御殿が建ち並ぶ一郭に入ってみた。やはりすべての建物は七宝で飾り立てられていて眩いばかりだ。建物の中に入ろうと思えば入られるが、さすがに憚られ、ゆっくりと見物しながら道沿いを歩いていた。
 と、そのとき或る御殿の中からひとりの男がでてきて、門の前に立った。お岩は何気なく見て、あっ、と心の中で叫び、おもわず両手で右の顔面を隠した。男は忘れもしない
我が夫だった、優男の民谷伊右衛門と瓜二つだったのである。娑婆にいたとき毒を盛られ、顔面が二目と見られぬ醜い姿になったのを思い出し、無意識に顔を隠したのだ。だが、見事怨みをはらし、成仏して極楽浄土に往生したときはもとの美しい顔に戻っていた。
 まさか、伊右衛門がここに居るはずが無い、いや、いられるはずが無い、他人の空似だろうと思い、さいわい向こうは気づいていないようなので、近くの木の陰に隠れて様子を窺った。すると、若い女がまた御殿の中からあらわれた。お岩が乗りうつり、伊右衛門に切り殺させたお梅だった。間違いない、男は憎き伊右衛門だったのである。あろうことか、二人は仲睦まじそうにしているではないか。
 おのれ伊右衛門と、突然に憎悪と嫉妬の火がめらめらと燃えさかり、おもわず二人の前に飛び出した。
 「伊右衛門、何故ここに居る。お前などはここに居られぬ身のはず、地獄に行きやれ」と青筋を立てて叫んだ。
 優男の伊右衛門は一瞬たじろいだが、立ち待ち娑婆に居た時のことを思い出し、「ふん、お岩か。極楽浄土で夜叉のような顔とはどうしたことだ」とからかい嘯いた。


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