☆ 私は、机の鍵がかかっている引出しを、鍵であけ、一通の封書を取り出した。 最後にあったこの文面を読み返した。 『あの約束覚えているかな・・・ 覚えていたら、最後のわがままだから… かなえて…』 これが、彼の最後のお願いだった。 もちろん、この意味は私と、もうこの世にはいない彼しか知らない。 ★ 「桜…行かないのか?」 俺は、階段から二階の桜の部屋に向かって大きな声で言った。 「今行く」 という返事が返ってきた。 リビングに戻ると、おばさんはまた明るい顔に戻っていた。 「高志君今日は泊まっていってちょうだいね。おいしいものたくさん作っておくから」 「そのつもりっす」 その時、桜が階段から降りてきた。 「桜、今日ここに泊まっていっていいよな?」 「桜、今日ぐらいゆっくりしていきなさい」 おばさんが、追い討ちをかけるように言った。 「わかった、今日は泊まっていく」 「二、三日ゆっくりしたいな」 「あさってから部活でしょ」 桜はにこやかに言った。 「それじゃ、母さん行ってくるね」 「うん、気をつけていってらっしゃい」 桜が先に扉を開け、俺が後に続いた。 その時、横から大きな物体が飛んできた!!
『ワウワウ』 「ワウワウ?うん?」 『ガバ…ドッフ!!』 気がついたら(数秒だが)俺の顔にさっきまで庭にいた大きな犬が俺の顔を舐めていた。 「あら、珍しく気に入られたみたいね」 桜はニコニコしながら言った。 「よかったわね」 「なんもよくね〜!!おい!!犬野朗、さっさと退けろ!!」 『ワウワウ』犬は喜んでいた…。
☆ バスを待っているあいだ私はあることだけを考えていた…。 そう、自殺してしまった彼のことだ。 今は、高志がいるのに、あの人のことを考えてしまう。 もう、私のこころに住みついてしまったのだろうか…。 「桜、彼の御墓はどのあたりにあるんだ?」 「あの丘の上」 私は、丘の上の先を指差した。 「いいところにあるな」 高志は、にこりとしていった。 その瞬間、私のこころを見透かされたきがした…。 「そうね…町全体が見渡せるからね…」
バスに揺られて数十分くらいして、彼の眠る御墓に到着した。 集合墓地のため、ここの人たちはたいはんが、以前この街に住んでいた人たちだろう。 彼は、ここの御墓の群れの奥の、端っこに眠っている。 「ずいぶん端っこだな…」 「文句を言うなら、やすんでいていいのよ」 「ごめん…」 高志は、気まずそうに謝った。 「ここよ、彼が眠っている場所は…」 彼は、一人孤独そうに、眠っていた。 きっと、彼のお母さんがちょくちょく来ているのだろう、御墓のあたりは綺麗になっていた。 「本当に、街が見渡せるな…」
高志は、ぽつんと言った。そこには、街全体が見渡せた。 「これ、桜の木だよな」 御墓の横には、彼が好きだった桜の木が植えられている。 「そうよ、春になるといつも満開よ」 「きっと…彼はここにいるよ…」 「え…?」 「だって…桜一輪咲いているぞ」 「本当に?だって今夏よ…」 「この桜だけは関係ないみたいだな…」
★ 俺は少しずつ桜の木に近づき、ここは俺の場所だと言わんばかりに咲いている桜を眺めた。 桜も後ろから近づき俺の横にきて、腕を組み、頭を俺の体にあずけた。 そのまま少し桜を眺めた。夏の日差しが少し眩しかった…。 ふと、とてつもなくこんなことを言ってみた。 「桜は…桜は、俺が絶対に幸せにします」 「私だけでいいの?」 桜がつぶらな瞳で見つめてきた…。 どこかで見たかもしれない…この瞳。
あれは小学校4年のときだったろうか? 俺はそのとき野球少年団で野球をやっていた。 飽きもせずに夕方遅くまで橋げたに向かって純白な野球ボールを壁に向かって投げていた。 「高志…もう帰ろうよ」 「もう少し…」 「もう」 俺はとことん投げていたのを覚えている。
ふと気がつくと桜は後ろの方の橋げたで眠りこけていた。 小学五年の桜が夕日に照らされて寝ていた。 「おい、桜…帰ろうよ」 「ううん」 起きる気配が無い…。 仕方がなしに俺は後ろにしょって家まで運んだ。 実際俺より背が高いのに、俺はがんばって桜を運んだ。 あれは、遠い記憶である。
その時の寝る前の桜と同じ瞳をしていた…。
「うん、俺はやはり恋をしているのかもしれない…」 「誰に?」
「さ・く・らに…」
桜はうれしそうに町を眺めていた。
彼女の中で何かが吹っ切れたように見えた。
☆ 高志がポツリと 「うん、俺はやはり恋をしているのかもしれない…」 と、言っていた。
何だか、それを言われた瞬間私の中で糸がぷつりと切れた。
この人についていけばもう大丈夫だよね…。 だから、君も天国でいい人見つけるんだよ…。
私は、一輪の桜に向かって、天国にいるだろう彼に向かって言った。
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