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作品名: 作者:銀河

第9回   9

 私は、机の鍵がかかっている引出しを、鍵であけ、一通の封書を取り出した。
最後にあったこの文面を読み返した。
『あの約束覚えているかな・・・
覚えていたら、最後のわがままだから…
かなえて…』
これが、彼の最後のお願いだった。
もちろん、この意味は私と、もうこの世にはいない彼しか知らない。

「桜…行かないのか?」
俺は、階段から二階の桜の部屋に向かって大きな声で言った。
「今行く」
という返事が返ってきた。
リビングに戻ると、おばさんはまた明るい顔に戻っていた。
「高志君今日は泊まっていってちょうだいね。おいしいものたくさん作っておくから」
「そのつもりっす」
その時、桜が階段から降りてきた。
「桜、今日ここに泊まっていっていいよな?」
「桜、今日ぐらいゆっくりしていきなさい」
おばさんが、追い討ちをかけるように言った。
「わかった、今日は泊まっていく」
「二、三日ゆっくりしたいな」
「あさってから部活でしょ」
桜はにこやかに言った。
「それじゃ、母さん行ってくるね」
「うん、気をつけていってらっしゃい」
桜が先に扉を開け、俺が後に続いた。
その時、横から大きな物体が飛んできた!!


『ワウワウ』
「ワウワウ?うん?」
『ガバ…ドッフ!!』
気がついたら(数秒だが)俺の顔にさっきまで庭にいた大きな犬が俺の顔を舐めていた。
「あら、珍しく気に入られたみたいね」
桜はニコニコしながら言った。
「よかったわね」
「なんもよくね〜!!おい!!犬野朗、さっさと退けろ!!」
『ワウワウ』犬は喜んでいた…。


バスを待っているあいだ私はあることだけを考えていた…。
そう、自殺してしまった彼のことだ。
今は、高志がいるのに、あの人のことを考えてしまう。
もう、私のこころに住みついてしまったのだろうか…。
「桜、彼の御墓はどのあたりにあるんだ?」
「あの丘の上」
私は、丘の上の先を指差した。
「いいところにあるな」
高志は、にこりとしていった。
その瞬間、私のこころを見透かされたきがした…。
「そうね…町全体が見渡せるからね…」

バスに揺られて数十分くらいして、彼の眠る御墓に到着した。
集合墓地のため、ここの人たちはたいはんが、以前この街に住んでいた人たちだろう。
彼は、ここの御墓の群れの奥の、端っこに眠っている。
「ずいぶん端っこだな…」
「文句を言うなら、やすんでいていいのよ」
「ごめん…」
高志は、気まずそうに謝った。
「ここよ、彼が眠っている場所は…」
彼は、一人孤独そうに、眠っていた。
きっと、彼のお母さんがちょくちょく来ているのだろう、御墓のあたりは綺麗になっていた。
「本当に、街が見渡せるな…」


高志は、ぽつんと言った。そこには、街全体が見渡せた。
「これ、桜の木だよな」
御墓の横には、彼が好きだった桜の木が植えられている。
「そうよ、春になるといつも満開よ」
「きっと…彼はここにいるよ…」
「え…?」
「だって…桜一輪咲いているぞ」
「本当に?だって今夏よ…」
「この桜だけは関係ないみたいだな…」


俺は少しずつ桜の木に近づき、ここは俺の場所だと言わんばかりに咲いている桜を眺めた。
桜も後ろから近づき俺の横にきて、腕を組み、頭を俺の体にあずけた。
そのまま少し桜を眺めた。夏の日差しが少し眩しかった…。
ふと、とてつもなくこんなことを言ってみた。
「桜は…桜は、俺が絶対に幸せにします」
「私だけでいいの?」
桜がつぶらな瞳で見つめてきた…。
どこかで見たかもしれない…この瞳。


あれは小学校4年のときだったろうか?
俺はそのとき野球少年団で野球をやっていた。
飽きもせずに夕方遅くまで橋げたに向かって純白な野球ボールを壁に向かって投げていた。
「高志…もう帰ろうよ」
「もう少し…」
「もう」
俺はとことん投げていたのを覚えている。

ふと気がつくと桜は後ろの方の橋げたで眠りこけていた。
小学五年の桜が夕日に照らされて寝ていた。
「おい、桜…帰ろうよ」
「ううん」
起きる気配が無い…。
仕方がなしに俺は後ろにしょって家まで運んだ。
実際俺より背が高いのに、俺はがんばって桜を運んだ。
あれは、遠い記憶である。

その時の寝る前の桜と同じ瞳をしていた…。

「うん、俺はやはり恋をしているのかもしれない…」
「誰に?」

「さ・く・らに…」

桜はうれしそうに町を眺めていた。


彼女の中で何かが吹っ切れたように見えた。


高志がポツリと
   「うん、俺はやはり恋をしているのかもしれない…」
と、言っていた。

何だか、それを言われた瞬間私の中で糸がぷつりと切れた。

この人についていけばもう大丈夫だよね…。
だから、君も天国でいい人見つけるんだよ…。

私は、一輪の桜に向かって、天国にいるだろう彼に向かって言った。


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