★ 後ろで、桜が寝ている。波の音も、遠くから聞こえてくる。 俺は、桜の彼氏でもなんでもないから、今は何も出来ない。 今は、とりあえず寝ることにただただ集中した。 しかし、なかなか寝付けない。 桜は寝たのかな?ふと後ろを向いてみた。 桜も、同じことを思ったのか、こちらを向いていた。 「なんだ、寝れないのか?」 「高志だってそうじゃない」 「そりゃ・・・な・・・」 「なんなの?」 「いや・・・なんでもないさ」 変に見つめ合ってしまった。
そして、冗談紛れにふといってしまったのだ・・・ こんなことを、「桜が一歳下なら良かったのにな」
彼女は・・・ 彼女は、見据えたように言った。
「一歳下でなきゃだめ?」
自分の心臓が、『ドクン』となったのがわかった。
「そんなこと・・・ない」 「そう」 そして、俺はずっと天井を眺めていた。 一歳下でだめということはない・・・ ただ、今俺が桜の彼氏になれるという自信がないだけなのだ・・・。
☆ 今がチャンスなのかもしれない。 でも、今はだめ。 高志を傷つけてしまうかもしれないから・・・。 チャンスは二度とやってこないという人も居るかもしれないけど、その時々でのタイミングは実に大切だと思う。 相手を傷つけるかもしれないという恐怖感に打ち勝つ自信はないが、人生18年やってきて、これだけはわかっていた。 でも、今は高志が、高志が愛おしく思えた。 「いきなり聞くけどさ、高志に彼女はいるの?」 暗闇から咳き込む音が聞こえた。 「居るって答えたらどうするんだ?」 「どうもしないけれど・・・」 「いない」 「え?」 「居ません」 心の奥底に、明かりが燈ったみたいだった。 「さっきの『一歳年下でなければ・・・』の続きだけれどさ」 「ああ」 「私じゃだめなのかな?」
★ 私じゃだめなのかなって、そりゃ〜『いいえ』という男を見てみたいもんだ。 しかし、これは告白と捉えていいのだろうか? 「それって・・・告白?」 「世間ではそういうのかもね」 「世間では・・・ねぇ・・・」 「何も今じゃなくてもいいのよ、答えは」 今答えなきゃいつ答えるのだろう・・・。 俺は、さっき思った自信のなさも、今はなくなっていた。 これが告白ならそりゃ・・・
「俺は・・・俺は、坂野 桜を愛しています・・・ずっとずっと・・・」
ぎこちなく言った。
「ありがとう・・・答えてくれて・・・」
桜は、透き通った目でそう言った。 暗闇なのに、桜は輝いて見えた。
ふとその時、あることが、走馬灯のように思い出された・・・ 俺は、以前にも告白されたことがある。 そして、数ヶ月は付き合ってみるのだが、なかなか長続きがしない。 別れ際にはこう言われる。
「なぜ、高志君は私を見てくれないの?話をしてもうわのそらだし、私もう耐えられない・・・何で?私どこかだめ?」
いいや、そうではないと答えると・・・ 「そうか、私と高志君は合わなかったのね。」 そういい、彼女から立ち去ってしまったのだ。そのときからかもしれない、恋愛というものにはまったく興味を示さなかったし、告白されても拒否し続けた。
傷つかない恋・・・そもそも、傷つかない恋なんてこの世に存在しないのかもしれない。
数学の方程式や、定理でさえ求められないものが・・・
俺は・・・俺は、この時ものすごく傷ついたのだった・・・たとえ、自分に落ち度があったとしても・・・
桜は、いつの間にか眠っていた。暗闇の窓の向こうからは、波の音が聞こえる。暗闇から、この苦い記憶が波によって洗い流される気がした。
☆ ついに言ってしまった。
告白か・・・あの時以来だ。そう、あれは中学3年の夏だった。 彼は、私を放課後近くの堤防に呼び出したのだった。 「もう、こんなところに呼び出してどうしたの?」 「話があるんだ・・・」 彼は、緊張した面持ちでこう言った。
「僕と、付き合ってほしい」
「え?」 「だめかな?ひょっとして・・・もういる?」 友達から、こういう話は聞いたことがあるが、実際に自分に来るとは、思ってもいなかった。 「いないよ」 「それじゃ〜」
「うん、OK!!」
こうして、付き合うことになった。しかし、あの、思い出したくもない事件は高校二年に起こった。やっぱり、あれも、蝉時雨のすごい夏の真昼間に起こった。彼から電話がかかってきた。
「桜、今までありがとう。楽しかったよ」
「え?何が?」 私は、涼しい部屋で宿題をやっていた。 「何のこと?」 彼は、何も言わない。
「ありがとう・・・・・・・・・」
泣いている?
「どうしたのいったい?」
『ガタン・・・プープープー』 そして、通話は途切れてしまった。 胸騒ぎをした私は、すぐに彼の家に行った。 彼の母親に、事の成り行きを話し、一緒に彼の部屋に入ってみると、私は悲鳴を上げた。 母親は、真っ青になり、すぐに駆け寄った。彼は・・・自殺を謀っていたのだった。 当然、脈も止まっていて、救急車を呼んだが、もう遅かった。 彼の足元には、携帯電話と、遺書らしき物が置いてあった。 母親は、泣きながらそれを読んだ後、私によこした。 そこには、こんなことが書かれていた。
『父さん、母さん、先に死んでしまう僕を許してください。 もう、僕は生きられません。人生は何も楽しいことなんてない。 許してください許してください許してください・・・』
そして、もう一枚・・・
私宛に書いてあった。
『さくら・・・先にいなくなってすみません。 僕は、君に結局何もしてあげられなかった。 君と過ごした日々は、本当に楽しかった。 ありがとう。 追伸 あの約束覚えているかな・・・ 覚えていたら、最後のわがままだから… かなえてください 』
母親は、ただ呆然と、まだ温もりのある彼の手を、握っていた。
遠くから、声が聞こえる。 『桜、桜・・・』 私は、目を覚ました。 そこには、高志がいた。 「どうしたの?」 窓を見ると、外はまだ薄暗い。 波の音しか聞こえない。 「日の出見に行こうぜ」 高志は、寝むたい私にそう言った。
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