☆ あれは、二年の雪の降る12月の終業式の日だった。 私は、ある一人の男子と付き合っていた。 もちろん、私も好きだったし、彼も、私のことが好きだった。 しかし、彼は私を置いて、先に逝ってしまった。 原因は、彼のクラス内で起こった彼に対するいじめだった。 私は、それを知ったとき、気が遠くなりかけた…。
彼は、高層ビルの屋上から羽ばたき、何処かに昇華してしまったのだった…。
★ それを聞き終えた、俺は、ただ呆然と、そこに立ち尽くした。 心の弱い桜は、その現実に、今も耐えているのだ。 それを知った、俺に何が出来る? 俺の、思考回路は、そこで、止まったしまった。 桜は、泣きながら、砂山を崩し始めた。
自分の心を崩すように…。
気が付くとそんな桜を俺は何を思ったか、後ろから、力いっぱい抱きしめていたのだ。 後ろからは、海の声がからかうかのように、俺の心をはやしたてる。 どうにかなってしまいそうな時、桜はやはり、前を向きながら言った。 「もう、忘れなきゃね。だって、私には、高志が居るんだもの…」 その一言で、すべてが、漣に流されたのごとく、俺は、この坂野 桜を好きになってしまったらしい…。 そのまま、二人は動かなかった。 ただ抱き合いそして、漣を二人で眺めていた。
「聞こえる…」
「何が?」
「海の声………………」
彼女の肩越しには少し黒ずんだ海が見えた。
しかし、彼女の瞳は空のように青く透き通っていた。
羽衣の天女の如く…………
☆ 彼の胸板は厚く、やはり水泳部のせいだろうかイルカのような体つきをしている。 ぎっしりとした両腕は、まるでオールのようだ。 私は、ただ高志の体にしがみついていた。 私の後ろで、暗黒の海がザザザザ…と音を鳴らしている。
「私の心の声も…こんな感じ?」
高志に聞いてみた…
少しの沈黙・・・
そして、 「いいや、天使のようだ」 「まるで、羽でも生えているようだ」
「天使のよう…そんなの憎いよ、私そんなのじゃない」
高志の黒いまなざしが、熱く私を見つめる。
「そうじゃないさ、本当にそう思っただけ」
高志は、私より一歳年下なのに、私より、大きく見える。 いいや、私が小さいのかもしれない。
★ 今は、こんなことしか出来ない。 彼氏でもない、ただの幼馴染として、これくらいしか出来ないのが、残念でならない。 ぎゅっと抱きしめると、桜は今までこらえていたものをすべて、流した。 まるで、あのごみたちのように・・・ すると、桜が見上げて、唐突に言い出した。 「ありがとう・・・もう大丈夫だから」 彼女は、満面の笑みで、じっと見つめていた。 「コホン・・・そろそろ寒くなってきたし、帰るとするか」 「うん、そうだね」 そして、俺と桜は民宿のほうへ寄り添うように帰っていった。
☆ 今の私は、あの人の分より、もっと生きて、そして、もっと幸せになる。 そう決めた。 でも、誰と・・・? 高志と? 昔の夢は高志のお嫁さんになることだったから? 頭の中でぐるぐる回転するのだった。 『おい、桜…大丈夫か?』 ここは、民宿の部屋。 そして、今は二人でテレビを見ていた。 「ううん、大丈夫」 「そうか」 そういい、高志はまたテレビに目を向ける。 窓の向こうでは、波の音がザバーン、ザバーンと音を立てている。 「そろそろ寝ようか」静かに、高志は言った。 「うん」
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