「……そう。掌にゆっくりと力を収束させる感じ……そう」 四面から戻ってすぐ、雪姫は佐織に雪族の力の使い方をレクチャーする。 雪姫が前に言ったように、佐織に雪族の仕事を手伝わせるためである。
別に雪族でない佐織が仕事を手伝う必要はないのだが、佐織は自分で思っているよりずっと心の痛みが激しい。 そんなときに、あまり考える時間を与えるのはよくないと雪姫は思っていた。 いつか心のゆとりがもう少し出来てから、ゆっくりと今後についての話をしようと考えていた。
「そうそう。あら! 上手じゃない!」 雪姫が感嘆の声を上げる。 佐織の掌には、握りこぶし大の冷気の力が、静かに収束していた。 「そ、そうなんですか?」 佐織が少し照れくさそうに言う。 「当然よ! 雪族の子供が初めて覚えるのでも、もっと時間がかかるわよ!」 そう言って、佐織の出した冷気の力をいろんな角度から確認する。 「うん。中々いい感じ。これならすぐにでも手伝ってもらえるかも」 「そ、そうですか?」 実際に、佐織の出した力の精度はかなり高かった。 雪姫のレクチャーがよいのは勿論あるが、恐らく佐織は、普段から頭の中にイメージを描くのを得意としているのではないだろうか、と雪姫は考える。 佐織自身は気がついてないようだが。
雪姫はチラリと空を見る。 特訓を始めてから、2時間は経過していそうな感じだった。そろそろ昼時のはずだ。 「さて、特訓はこれくらいにして、そろそろご飯にしましょ?」 そう言って、雪姫は佐織の手にタオルを巻いていく。
――別にふざけているわけではないのだ。 佐織は人間である。 幾ら雪族の力を手に入れたとはいっても、体が人間である以上、冷気を使えば体は痛む。 だから、佐織自身が能力を使っていながらおかしな話だが、凍傷を防ぐためにこういった処置が必要なのだ。 「ま、慣れればこんなことする必要もなくなるんだけどね」 佐織の手を丁寧に包み、そのまま手を引いて歩き出す。 「……………………」 佐織は黙ってタオルで巻かれた自分の手を見ていた。 これが必要なくなるということは、それだけ自分が雪族の体に近づくということ。 ――正直、複雑な心境だった。 人間としての自分は捨てたい、そう思っていた。そのはずなのに。
「別に人間でなくなるわけじゃないわ、安心して」 その心を読んだかのように、雪姫がぽつり呟く。 「そ、そういうつもりじゃ」 慌てて言う佐織に、雪姫はにっこり笑顔で答えた。 「力を手に入れるということは怖いことなの。むしろ忘れないでね、その感情は」 そう言う雪姫に、ハッとして佐織は口をつぐんだ。
――そう。 力を手に入れたくて酔いしれて、かつての雪姫の夫は雪姫を裏切った。 今もそれは、雪姫にとって暗い闇としてわだかまっているのだ。心に。
「……あのっ!」 そう思うと、佐織はたまらず雪姫に声をかける。 「――?」 雪姫がそんな佐織を不思議そうな顔をして見返した。
――だが、その後が続かない。 雪姫がそんな佐織の態度に首を傾げる。
佐織はしばらく慌てて言葉の続きを探し、 「あの雑炊の作り方、私に教えてくださいっ!」 そう目一杯叫んでしまった。
きょとんとする雪姫に、自分の言葉で真っ赤になる佐織。
少しの間を空けて、雪姫は盛大に笑い転げていた。 「おっけーおっけー。雪姫様自慢の料理を伝授いたしましょー」 しばらく笑い転げたあと、そう言って佐織の肩をぽんと叩いて、雪姫は嬉しそうに走り出した。 佐織も慌てて後に続く。
――そのはるか後ろで、雪姫の結界がぴしりと音を立てたのを――このときの二人は全く気づいていなかった。
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