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作品名:雪姫―乾山佐織編― 作者:激辛の人

第9回   雪族と人間との狭間
「……そう。掌にゆっくりと力を収束させる感じ……そう」
 四面から戻ってすぐ、雪姫は佐織に雪族の力の使い方をレクチャーする。
 雪姫が前に言ったように、佐織に雪族の仕事を手伝わせるためである。

 別に雪族でない佐織が仕事を手伝う必要はないのだが、佐織は自分で思っているよりずっと心の痛みが激しい。
 そんなときに、あまり考える時間を与えるのはよくないと雪姫は思っていた。
 いつか心のゆとりがもう少し出来てから、ゆっくりと今後についての話をしようと考えていた。

「そうそう。あら! 上手じゃない!」
 雪姫が感嘆の声を上げる。
 佐織の掌には、握りこぶし大の冷気の力が、静かに収束していた。
「そ、そうなんですか?」
 佐織が少し照れくさそうに言う。
「当然よ! 雪族の子供が初めて覚えるのでも、もっと時間がかかるわよ!」
 そう言って、佐織の出した冷気の力をいろんな角度から確認する。
「うん。中々いい感じ。これならすぐにでも手伝ってもらえるかも」
「そ、そうですか?」
 実際に、佐織の出した力の精度はかなり高かった。
 雪姫のレクチャーがよいのは勿論あるが、恐らく佐織は、普段から頭の中にイメージを描くのを得意としているのではないだろうか、と雪姫は考える。
 佐織自身は気がついてないようだが。

 雪姫はチラリと空を見る。
 特訓を始めてから、2時間は経過していそうな感じだった。そろそろ昼時のはずだ。
「さて、特訓はこれくらいにして、そろそろご飯にしましょ?」
 そう言って、雪姫は佐織の手にタオルを巻いていく。

 ――別にふざけているわけではないのだ。
 佐織は人間である。
 幾ら雪族の力を手に入れたとはいっても、体が人間である以上、冷気を使えば体は痛む。
 だから、佐織自身が能力を使っていながらおかしな話だが、凍傷を防ぐためにこういった処置が必要なのだ。
「ま、慣れればこんなことする必要もなくなるんだけどね」
 佐織の手を丁寧に包み、そのまま手を引いて歩き出す。
「……………………」
 佐織は黙ってタオルで巻かれた自分の手を見ていた。
 これが必要なくなるということは、それだけ自分が雪族の体に近づくということ。
 ――正直、複雑な心境だった。
 人間としての自分は捨てたい、そう思っていた。そのはずなのに。

「別に人間でなくなるわけじゃないわ、安心して」
 その心を読んだかのように、雪姫がぽつり呟く。
「そ、そういうつもりじゃ」
 慌てて言う佐織に、雪姫はにっこり笑顔で答えた。
「力を手に入れるということは怖いことなの。むしろ忘れないでね、その感情は」
 そう言う雪姫に、ハッとして佐織は口をつぐんだ。

 ――そう。
 力を手に入れたくて酔いしれて、かつての雪姫の夫は雪姫を裏切った。
 今もそれは、雪姫にとって暗い闇としてわだかまっているのだ。心に。

「……あのっ!」
 そう思うと、佐織はたまらず雪姫に声をかける。
「――?」
 雪姫がそんな佐織を不思議そうな顔をして見返した。

 ――だが、その後が続かない。
 雪姫がそんな佐織の態度に首を傾げる。

 佐織はしばらく慌てて言葉の続きを探し、
「あの雑炊の作り方、私に教えてくださいっ!」
 そう目一杯叫んでしまった。

 きょとんとする雪姫に、自分の言葉で真っ赤になる佐織。

 少しの間を空けて、雪姫は盛大に笑い転げていた。
「おっけーおっけー。雪姫様自慢の料理を伝授いたしましょー」
 しばらく笑い転げたあと、そう言って佐織の肩をぽんと叩いて、雪姫は嬉しそうに走り出した。
 佐織も慌てて後に続く。

 ――そのはるか後ろで、雪姫の結界がぴしりと音を立てたのを――このときの二人は全く気づいていなかった。


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