「……えっ」 佐織は驚き、目の前の雪姫をまじまじと見る。 どう考えたって17、8にしか見えない彼女が子持ちだったことにも驚いたが、何だか急に雪姫が自分から遠ざかってしまったような、そんな錯覚を覚えたのだ。 何だろう、この感覚は。と、佐織は思う。 そんな佐織に雪姫は少し笑みを作り、話しだした。 決して救われることの無い、深い悲しみを。
小さな雪姫は「それ」を見ていた。 元々地、水、大気、植物――色々な神が混在するのがこの世界。 そしてそれを統べるのが、属性を司る、火の神、そして氷の神。 しかし、二つの強大な力があれば衝突するのは必然。 ――当然のように争いの日々が続いた。
何の疑いもなく、火の神を殺し、勇者扱いされる氷の一族。 雪姫は、それを悲しい目で見ていた。 ――力をつけよう。そう思った。 力をつけて、こんな無限に続く争いに終止符を打とうと。 だから、修行をした。勉強もした。 雪姫の年代ならば、はしゃぎ遊ぶ頃に、一人で血を流した。 そして、雪姫が成人したとき、名実共に頂点の位を与えられた。
――そして。 火の一族でも同じような思いで頂点に立ったものがいた。 火王と呼ばれるその青年と雪姫は、互いに争いのない世界を作るために手を組んだ。 初めての自分の理解者。 雪姫はただがむしゃらに働いた。頑張った。 氷の一族もそれに段々応えてくれた。 火の一族も又然り。
そんな中、二人はやがて恋に落ちた。
すべてが幸せに回っていくのだと思っていた。 何も恐れることは無い。この幸せは決して失われるものではないのだと。
――だが、終わりは訪れた。
二人の間に生まれた娘。それは、想像を絶する強大な力を保有していた。 それもそのはず。 氷の力と火の力。その両方を持って生まれたその娘には、もはや弱点はない。
火王は、その力に呑まれた。 氷の力を手に入れれば自分は――世界を統べることすら出来る。 そんな闇の心に、負けたのだ。 雪姫は、火の一族が人間界に手出しできないよう、強力な結界を張り、娘を人間界に逃がした。 そして、思ったのだ。 自分の娘が、せめて少しでも心安らかに暮らせるように、自分は人間界を守っていこう、と。
佐織は何も言えずにその話を聞いていた。 こんなに明るい雪姫が、そんなに辛い経験を乗り越えてきたのだということに圧倒されていた。 「一緒に行きたかった。でも行けなかった。だって私しかこの結界を守ることが出来ないから……」 雪姫は歩き出す。佐織がそれに続く。 そこは、巨大な暗い洞窟のような場所だった。 深いエネルギーに満ちたそこは、佐織のような普通の人間には強い寒気すら覚える。 雪姫が手をかざすと、その洞窟がまばゆい光を放ち、空へ向かって透明に放射した。 そして、その光が空へ収束され消えると、雪姫は静かに佐織のほうを振り向く。
「貴女には、そのうちここの結界の管理をしてもらいます。いいですね?」
義務的な言葉でそう言った雪姫は――ああ、やはりこの一族の長なのだと、佐織に印象づけた。
「……はい。わかりました、雪姫様……」 儀礼で返す佐織に、雪姫はこくりと頷いて、 「ま! 堅苦しいことはこれくらいにして! ちょっと楽しいことでもしましょうか!」 そういった彼女は、いつの間にか、いつのも雪姫に戻っていた。
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