「雪姫―――!!」
佐織と雪姫が部屋でゆっくりしていると、勢いよくドアを開け、いきなり一人の青年が飛び込んできた。 やはり雪の一族なのだろう。白い着物に髪も白。 「……華痢(はなり)。何か用?」 珍しくヤな顔をした雪姫に、華痢は大きなバラの花束を手渡した。
「ふ。君のその白い肌には真っ赤なバラがよく似合う」 キメポーズをとって、思わず笑っちゃいたくなるセリフを吐く彼に、雪姫もにっこり笑いつつ、 「そーねー。雪山の死体の横に滲む血のあとみたいにぴったしくるわねぇ♪ アンタに実戦してもらおうかしら♪」 というか、その笑顔が逆に怖い。 華痢もそれに気がついたのだろう。 話題を変えるため、きょろきょろ辺りを見回し、 ――佐織と目が合った。 一瞬びくっとする佐織に気づかず歩み寄り、 「やあ! 君が今日から雪姫の助手かい? オレは華痢。雪姫の従姉弟だ! それにしてもかわいいねぇ……」 その最後の言葉に、『あの日』の光景が佐織の脳裏にフラッシュバックした。
「……い」 「いりゃああああああ!! コークすくりゅーきぃぃぃぃぃぃっっく!!!!」
叫びかけた佐織の言葉を遮って、なにやらわけの分からない雪姫の必殺技が、華痢の顔面を捉える。 ごきゅり、と物凄い音がして、華痢が一直線に壁に向かって吹っ飛んだ。 「――っ、ななななななっ!?」 壁にノーバウンドで直撃して、まるで漫画の1シーンみたいに壁に刺さっておいて、生きてたどころか、顔を抑えてうずくまりながら、ひたすら「な」を連発する華痢。 ――雪族の人たちって、皆こんなに頑丈なんだろうか。と、佐織は心の中で思った。 「ええい! 人の助手になれなれしいっ!! そもそも女王に匹敵するこの雪姫のプライベートルームに勝手に入ってくるとは!! ゆ〜る〜さ〜ん!!」 そう言って無茶苦茶殺気立つ雪姫に、流石にやばいと思ったのか、華痢は慌てて退散した。
佐織は静かに息を吐く。 その佐織の視界に、暖かいホットミルクが唐突に現れた。 顔を上げると、そこには雪姫の顔。 再びホットミルクに目を落とし、それが雪姫のくれたものだと気づく。
「飲みなさい。落ち着くから」 にっこり笑ってそういう雪姫に、佐織はさっきの雪姫の行動全てが、自分の為だったのだと理解した。 涙が零れ落ちる。 自分はまだ何もこの雪姫に話していない。あの時のことも。 佐織の心の中に感じる罪悪感。
でも分かってくれているのだ。 分かってて手を差し伸べてくれているのだ。さりげなく。 だからこそ怖いと、佐織は思う。 あの時のことを聞いたら? 雪姫が、あの時私が汚れたと知ったら? ――私はどこにもいけなくなってしまう、と。
「――人は」 雪姫の言葉がふいに耳に入る。 「いえ、私達は一人では生きてはいけないものでしょ?」 はっと顔を上げる。 珍しく少し思いにふけるような雪姫の顔。 何かを知っている大人の顔。 ――それでも佐織の見てきた大人たちとは何かが決定的に違っていて。 「一人で生きていけると思っていたらね。いざというときに立ち上がれなくなってしまうから。側にいようとしてくれる人が居る限り、弱音を吐くことは悪いことじゃないわ」
――この人にも、何かがあったのだ。と、佐織は感じた。 今の佐織にそれを気遣う余力などないが、それでも自分だけ弱音を吐くなんて躊躇われてしまうような何かを、佐織は雪姫から感じた。
「……私にはもう、誰もいなくなったんです……」
それでも佐織は弱音を吐いた。 強がりはもう、無理だった。 ――何故? それは、佐織には何となくわかるような気がした。 「私は、側にいるじゃない?」 そう言う氷の女性が、何故かとても温かいから。
「私の全てを知っても、ですか」 だから怖い、それでも、ぬくもりがほしい。 壊れたはずの心が、雪姫の優しさと温かさに触れて、苦痛から開放されたくてもがく。 雪姫はふっと息を吐くように笑い、 「言ったでしょ! 私は人間がなくしてしまったものを持ってるって!!」 ぐっ! と親指おったてて元気に言う。 そんな雪姫を見て、佐織も少し笑みを漏らした。
雪姫には裏が全くないのだ。純粋に。 だから、対等だったのだ。少女が怖がる必要もなく、最初から。 まぁ、性格には問題あるけど。
「……私の話、聞いてもらえますか?」 ――佐織は全てを話す覚悟を決めた。
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