眩い光が火の世界を包む。 恐らく雪族の中で初めて放たれたその技は、四面の意思と共に火王のいる王宮をも吹き飛ばした。 両者の中に飛び込んでくる、火の一族の真っ赤な世界。 四面の絶叫が辺りに響いた。
恐らくは王宮に結界を張り、四面が存在することの出来る環境を作り上げていたのだろう。 それが崩れ、火の世界の中に放り出されたのだ。 雪姫のように火の力を持たない四面は、ただもがき消滅していく。
それを目の端に映したまま、雪姫は佐織を抱き寄せて、あたりに結界を張る。 普通の雪族や佐織のような人間には、この世界では息が出来ないのと同じこと。 そのまま術を制御し、雪族の世界へと移動するため、雪姫は結界ごと浮き上がった。 とはいえ、雪姫もさすがにきついことは事実。 頬に伝わる汗が、みるみる着物を濡らしていく。 「ゆ、雪姫……」 心配そうな声を出す佐織に、雪姫は大丈夫だと笑みを返し、気力を絞って雪の世界との空間をつなぐ。 ――途端。 雪姫の足に、刺すような冷気が纏わりついた。 「――――!」 はっとして自分の足に目をやると、今にも崩れかけた四面の残りが絡み付いているのが見えた。 『……逃がさぬ……雪姫……』 怨念のこもった声を絞り出し、更に雪姫の体を這って来る。 「……く」 「雪姫っ!」 苦しげな声を上げた雪姫に代わり、ペットが四面に攻撃を仕掛けた。 しかし、その攻撃は四面を素通りしたのみ。 『……無駄だ』 四面――いや、「女王」の声でそれが告げる。 『あの火の男の傀儡(くぐつ)を解けば我に勝てる道理はないぞ、雪姫……』 愉悦の声を上げる四面に、苦い顔を向ける雪姫。 確かに、サシで戦えば、雪姫に四面を倒す術などない。四面とは、肉体を失い真の神となった存在なのだから。 だが、ここにいる四面は、その全てではなく、力の一部。 そして、恐らくここにいる精神は雪姫の母のもの。 ――そう思った瞬間、雪姫は迷わず佐織をペットへと押し付けた。
「――雪姫?」 一瞬、雪姫の行動の意味がわからず問い返すペットと佐織に、何も答えず庇うように前へ立つ。 「……まさか、雪姫」 問いかけようとするペットを遮り、二人に向かって手をかざす。 「先に行っててくれる?」 「……雪……!」
ばぅん!!!
言いかけた二人の言葉を遮って、鼓膜が破れるかと思うほどの破裂音。 ペットの結界と雪姫の身を包んだ結界が衝突し、二人を突き飛ばす形となったのだ。 そのまま言葉を飲み込んで、ペットと佐織は、雪族の世界へと吹き飛ばされていった。
一人、残った雪姫は、自分に巻きついたままの四面を見下ろした。 これを自分の世界へ連れて帰るつもりはなかった。 かといって、勝てるとも思っていなかった。 ただ――清算はしないといけない、そう思っただけだった。
『……これで、我を消滅させられる、そう思っているのではなかろうな、雪姫?』 未だ余裕の含んだ四面の声がする。 少しずつ、雪姫の体の中へともぐりこみながら。 『お前を乗っ取って帰れば問題のないこと。そのお前の体を使って、今度はあの娘も殺してやろう……』 その言葉に、雪姫は冷気を纏わりつかせた手を静かに動かし――そして、笑った。
『――――!?』 その瞬間、四面の、声にならない動揺が辺りを伝わる。 雪姫がその手を向けたのは――他でもない、雪姫自身。 「させない」 そういった雪姫の顔は、むしろ晴れたような笑顔。 「あの子は私の娘だもの」 迷いもなくそういった雪姫に、一瞬四面は絶句し、 『あ、あんな力のないゴミに、自分の命を賭けるほどの価値があるというのか、雪姫!?』 信じられないといった叫び声を上げる。 それをただ、雪姫は冷たい視線で見返す。
つかえていたものが取れたような感じがした。 こんな奴に苦しんでいた自分がバカみたいに思えた。 だから、ただ笑ってこういった。
「……悲しい人ね、あなたって……」 ――その瞬間。 四面のかけらが、爆発し、四散した。
「――――!!?」 声もなく消え去った四面に、驚き絶句する雪姫。 勿論、雪姫がやったことではない。 雪族の力をこんな風に四散させるのは――対となった力のみ。
――そう。 火の一族の力のみ。
雪姫は、攻撃の瞬間、力を感じた方角を見る。 そこには、ついさっきまで戦っていた相手が、静かに佇んでいた。 しかし――その表情には、何の恨みも怒りも憎しみも存在していない。
「……火王?」 その雪姫の呟きに、火王は悲しげに笑った。 かつては毎日のように見たその表情が、今の雪姫にはとても懐かしい。 今にも壊れてしまいそうで、苦しみもがき、それでも前へ進もうとした、かつての火王の顔だった。 しかし、火王に近づこうとした雪姫を、火王自身が手で制す。
「今のうちに行け」 手で制したまま、静かに火王は雪姫に言う。 拒絶ではない。 悲しい笑顔が、それを物語っていた。
――分かっていた。 先ほど消滅したのは、四面の一部。 火王は一時的に支配を逃れているが、それも少しの時間だけなのだ。 一瞬、全てと戦って、すぐにでも火王を救い出したいという思いが雪姫を支配する。 ――だが。 それは自分の後ろに背負う者たちにとって、リスクが大きいと雪姫は判断した。
今の自分は雪族の王なのだ。 だから、必死に自分を抑え、火王に背を向ける。
「さよなら、雪姫……ごめんな」 背中から投げかけられたその言葉に、雪姫は思わず足を止める。 振り向きはしなかった――が、はっきりと言葉を返す。
「ありがと、火王。『また』ね」
それは、雪姫の知っている火王に向けられて放った言葉。 必ずいつか助け出すという、雪姫の約束の代わりの言葉。 その言葉の中に、かつての雪姫にはなかった強さを、火王は見た気がした。
そのまま振り返らず、雪族の世界へと消えていく雪姫を、火王は黙って見送っていた。
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