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作品名:雪姫―乾山佐織編― 作者:激辛の人

第17回   決着、そして
 眩い光が火の世界を包む。
 恐らく雪族の中で初めて放たれたその技は、四面の意思と共に火王のいる王宮をも吹き飛ばした。
 両者の中に飛び込んでくる、火の一族の真っ赤な世界。
 四面の絶叫が辺りに響いた。

 恐らくは王宮に結界を張り、四面が存在することの出来る環境を作り上げていたのだろう。
 それが崩れ、火の世界の中に放り出されたのだ。
 雪姫のように火の力を持たない四面は、ただもがき消滅していく。

 それを目の端に映したまま、雪姫は佐織を抱き寄せて、あたりに結界を張る。
 普通の雪族や佐織のような人間には、この世界では息が出来ないのと同じこと。
 そのまま術を制御し、雪族の世界へと移動するため、雪姫は結界ごと浮き上がった。
 とはいえ、雪姫もさすがにきついことは事実。
 頬に伝わる汗が、みるみる着物を濡らしていく。
「ゆ、雪姫……」
 心配そうな声を出す佐織に、雪姫は大丈夫だと笑みを返し、気力を絞って雪の世界との空間をつなぐ。
 ――途端。
 雪姫の足に、刺すような冷気が纏わりついた。
「――――!」
 はっとして自分の足に目をやると、今にも崩れかけた四面の残りが絡み付いているのが見えた。
『……逃がさぬ……雪姫……』
 怨念のこもった声を絞り出し、更に雪姫の体を這って来る。
「……く」
「雪姫っ!」
 苦しげな声を上げた雪姫に代わり、ペットが四面に攻撃を仕掛けた。
 しかし、その攻撃は四面を素通りしたのみ。
『……無駄だ』
 四面――いや、「女王」の声でそれが告げる。
『あの火の男の傀儡(くぐつ)を解けば我に勝てる道理はないぞ、雪姫……』
 愉悦の声を上げる四面に、苦い顔を向ける雪姫。
 確かに、サシで戦えば、雪姫に四面を倒す術などない。四面とは、肉体を失い真の神となった存在なのだから。
 だが、ここにいる四面は、その全てではなく、力の一部。
 そして、恐らくここにいる精神は雪姫の母のもの。
 ――そう思った瞬間、雪姫は迷わず佐織をペットへと押し付けた。

「――雪姫?」
 一瞬、雪姫の行動の意味がわからず問い返すペットと佐織に、何も答えず庇うように前へ立つ。
「……まさか、雪姫」
 問いかけようとするペットを遮り、二人に向かって手をかざす。
「先に行っててくれる?」
「……雪……!」

 ばぅん!!!

 言いかけた二人の言葉を遮って、鼓膜が破れるかと思うほどの破裂音。
 ペットの結界と雪姫の身を包んだ結界が衝突し、二人を突き飛ばす形となったのだ。
 そのまま言葉を飲み込んで、ペットと佐織は、雪族の世界へと吹き飛ばされていった。

 一人、残った雪姫は、自分に巻きついたままの四面を見下ろした。
 これを自分の世界へ連れて帰るつもりはなかった。
 かといって、勝てるとも思っていなかった。
 ただ――清算はしないといけない、そう思っただけだった。

『……これで、我を消滅させられる、そう思っているのではなかろうな、雪姫?』
 未だ余裕の含んだ四面の声がする。
 少しずつ、雪姫の体の中へともぐりこみながら。
『お前を乗っ取って帰れば問題のないこと。そのお前の体を使って、今度はあの娘も殺してやろう……』
 その言葉に、雪姫は冷気を纏わりつかせた手を静かに動かし――そして、笑った。

『――――!?』
 その瞬間、四面の、声にならない動揺が辺りを伝わる。
 雪姫がその手を向けたのは――他でもない、雪姫自身。
「させない」
 そういった雪姫の顔は、むしろ晴れたような笑顔。
「あの子は私の娘だもの」
 迷いもなくそういった雪姫に、一瞬四面は絶句し、
『あ、あんな力のないゴミに、自分の命を賭けるほどの価値があるというのか、雪姫!?』
 信じられないといった叫び声を上げる。
 それをただ、雪姫は冷たい視線で見返す。

 つかえていたものが取れたような感じがした。
 こんな奴に苦しんでいた自分がバカみたいに思えた。
 だから、ただ笑ってこういった。

「……悲しい人ね、あなたって……」
 ――その瞬間。
 四面のかけらが、爆発し、四散した。

「――――!!?」
 声もなく消え去った四面に、驚き絶句する雪姫。
 勿論、雪姫がやったことではない。
 雪族の力をこんな風に四散させるのは――対となった力のみ。

 ――そう。
 火の一族の力のみ。

 雪姫は、攻撃の瞬間、力を感じた方角を見る。
 そこには、ついさっきまで戦っていた相手が、静かに佇んでいた。
 しかし――その表情には、何の恨みも怒りも憎しみも存在していない。

「……火王?」
 その雪姫の呟きに、火王は悲しげに笑った。
 かつては毎日のように見たその表情が、今の雪姫にはとても懐かしい。
 今にも壊れてしまいそうで、苦しみもがき、それでも前へ進もうとした、かつての火王の顔だった。
 しかし、火王に近づこうとした雪姫を、火王自身が手で制す。

「今のうちに行け」
 手で制したまま、静かに火王は雪姫に言う。
 拒絶ではない。
 悲しい笑顔が、それを物語っていた。

 ――分かっていた。
 先ほど消滅したのは、四面の一部。
 火王は一時的に支配を逃れているが、それも少しの時間だけなのだ。
 一瞬、全てと戦って、すぐにでも火王を救い出したいという思いが雪姫を支配する。
 ――だが。
 それは自分の後ろに背負う者たちにとって、リスクが大きいと雪姫は判断した。

 今の自分は雪族の王なのだ。
 だから、必死に自分を抑え、火王に背を向ける。

「さよなら、雪姫……ごめんな」
 背中から投げかけられたその言葉に、雪姫は思わず足を止める。
 振り向きはしなかった――が、はっきりと言葉を返す。

「ありがと、火王。『また』ね」

 それは、雪姫の知っている火王に向けられて放った言葉。
 必ずいつか助け出すという、雪姫の約束の代わりの言葉。
 その言葉の中に、かつての雪姫にはなかった強さを、火王は見た気がした。

 そのまま振り返らず、雪族の世界へと消えていく雪姫を、火王は黙って見送っていた。


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