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作品名:雪姫―乾山佐織編― 作者:激辛の人

第15回   冷酷な優しさ
 蒸気が立ちこめ、視界も定かではない。
 そんな中、一つの異質な感情がどんどんと高まっていく。
 思わず身震いをする佐織の肩を静かに抱き寄せ、笑顔を向ける雪姫。
 いつもの無邪気な雪姫ではない、しかし長としての雪姫とも違う。
 今までとは何かが違う、強さを秘めたその瞳を不思議な表情で見つめ返す佐織。

「……よくも邪魔をしてくれたな……雪姫……」
 先ほどまで佐織に向けていた余裕のある口調ではなく、憎しみ・怒り・その他の負の感情の混じった怨嗟の声。
 雪姫とかつては共感したほどの者が、これほどの負の感情を秘めることが出来るのか。
 そんな疑問が佐織の頭をよぎる。

 雪姫はそれには答えず、ぶつぶつと口の中で呪文を唱える。
「霜盾」
 静かに手を伸ばし、白い盾を出現させる。
 それと同時にその盾が、耳が痛くなるほどの蒸気と音を立てて、消えうせた。

 ――そう。
 火王の放った火の術によって。
「邪魔をするなら雪姫、お前も殺す」
「私の邪魔をするなら火王、あなたを殺します」
 雪姫と火王の言葉が重なった。
 佐織は驚き、雪姫の顔を見る。
 そこには悲壮感も何もない、ただ強い決意を秘めた雪姫の顔。
 対する火王の感情に、戸惑いが混じる。

 雪姫の今までの行動は、火王を封じこそすれ、敵として対決するということはなかった。
 だから火王は、そこに付込めば、必ず自分は勝てると高を括っていた。
 そして、火王の後ろにいる女王たちもまた同じ。
 いつでも勝てる存在だと思っていたからこそ、余裕を持って相手をしていれたのだ。
 逆にいえば、付込む要素がなくなってしまえば、余裕を持って戦える相手ではないということ。
 火王は、何とか雪姫の心の中に付け入る隙がないかを考える。

 だが、雪姫の手に冷気が収束されていくのを見せられ、それを考える時間は奪われた。
「死装雹」
 相手が戸惑っていようと構わず繰り出した雪姫の力に、慌てて盾を張る火王。
 ――しかし。
 戸惑いのある心で放った力と。
 迷いを一切断ち切った雪姫が放った力。
 おのずと結果は見えてくる。

 火王の作った盾を、いともあっさりと突き破り、軋む音を立てて、雪姫の力が火王を直撃した。
 轟音と冷気があたりに撒き散らされる。
 火の領域にあって、尚、辺りの壁を這うように氷の膜が覆っていく。
 それが、雪姫の力の凄まじさを物語っていた。

「ゆ、雪姫……」
 不安の混じった佐織の声に、雪姫はただ笑顔で返す。
「私は、平気よ」
 そういって佐織の頭をくしゃりと撫でる。
「大切なものはこの長い間に変わったわ。そして私自身も」
 そう言って、蒸気の立ち込める中、変わらぬ殺意の中に静かに視線を向ける。
 晴れていく霧の中に、傷を追いながらも、未だ力の衰えぬ火王が浮かび上がる。
「……私を、捨てるというのか? 雪姫?」
 その言葉に殺意と――そして相変わらず戸惑いの色が混じっているのを、佐織も雪姫も感じていた。
 雪姫は静かに火王を見、
「ええ」
 迷いなく答え、再び手のひらに冷気を収束させる。
 それを見た火王の表情から、戸惑いの感情が消えていく。
 どうやら、雪姫の感情に波を立てるのが不可能だと気がついたようである。
 ――恐らくは、火王ではなく、女王が。

「……ならば仕方がない」
 火王の口元が笑みで歪む。
 その表情に雪姫が眉をひそめた時、
 雪姫と佐織の周りに人影が現れた。

『………………』
 感情のない表情で二人を見つめているそれらの影は、佐織がここに来て最初に見たあの女たちと同じもの。
 それを見て雪姫は苦い口調で呟く。
「――人間か」
 佐織が顔を跳ね上げる。
「そうだ」
 その心無い人形の変わりに、火王が答えた。
「あなたがここを出られなくても、雪族の女王があなたに色々と提供しれくれた、というわけね?」
 その言葉に、目を見開く佐織。
 火王は、何も言わなかった。
 だが、言葉はなくても、火王の表情がそれを肯定していた。
「お前のお気に入りのその少女の前で、少女の仲間を殺せるかい?」
 その言葉に静かに目を瞑る雪姫。
 それを否定と取ったのだろう。
 火王の笑みがますます深まり……、

「霧雪!!」

 響いた声は雪姫のものではなかった。
「何っ!?」
 驚きの声を上げた火王の見る前で、白い霧に包まれたその人形達は、その攻撃に晒され、静かに地を這っていく。
「雪姫がやらなくても、僕がやる」
 そう言ったのは、ペット。
 全然雰囲気にそぐわないが、それでも雪姫の分身。こんなのに攻撃されては、さすがにひとたまりもない。

「貴様! 裏切るのか!?」
 火王がとち狂ったことを叫ぶ。
 ペットはそれを冷ややかな視線で返し(といっても表情ないけど)、
「裏切るも何も、最初から手を組んでもいないだろ。そりゃ確かに四面で僕は生まれたんだけど、さ」
 そういって、雪姫の近くに歩み寄る。
「僕が傅くのは雪姫のみだ」
 愕然とする火王と、状況が分からず呆けている佐織。
「帰ってから話すわ、佐織。――とりあえず、アレを何とかしなきゃね」
 そういって火王と対峙する雪姫。
 だが、雪姫がわざわざ話さずとも、佐織にも目の前に展開された光景で、理解が出来ただろう。

 ――火王の周りに、かつて四面と対峙したときに感じたものと同じ力がまとわりついていた。


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