「……何故」 立ち尽くしたまま、雪姫は無意識に呟く。 まばゆい光の中から、嘲り笑いが聞こえた気がした。 雪姫の中でかつて四面と対面したときの情景が蘇りつつある。 あの時も四面の壁がまばゆく光り――そして、女王が……。
雪姫は口を開く。 今まで、お互いの本音の探りあいなどしたことがなかった。 それが元で、完全な破局へと向かうことを恐れていたからだ。
――だが。 もう、遅かったような気がする。
「結界は内からこじ開けられていました。そう。火の一族の方角から。ならそれをやったのは火王に間違いないのでしょう」 胸が、痛む。
「――でも」 どうして気がつかなかったのだろう。 火王の側に一番いたのは自分。 ――それなのに。 景色が、霞む。
「私の結界は火王では破れない。何故なら火王が手に入れた力は、私と暮らすために必要な最低限の氷の力だから」 ゆっくりと顔を上げる。 ――あの時あったこと。 それが再び雪姫の心を浸食する。
「私もペットもこの事態が火王――そして火の一族が独断で起こしたと、判断していた」 雪姫の力は、その時すでに女王の力を超えていた。 幾ら女王が雪姫を認めないとしても、村全体が雪姫を支持し、独断では通せなくなっていた。 自分が女王であり続けるためには、どうしたらよいか。
「――しかしよく考えてみたら、私の結界は火の一族を封じるためのもの。雪族になら存外楽に解くことが出来るわ」 女王にとって、一番邪魔であったのは雪姫。 かつての女王たちとは異質の存在であった雪姫を消すには――この四面の聖域は、格好の場所であった。 ――その時の自分は、信じられなかった。 女王に嫌われているとは分かっていた。 しかし、それでも女王は皆の頂点に立つもの。 氷の一族の繁栄のために権威に固執する――そういうものだと、その時までは思っていたから。
――だから。 女王と、過去の四面の女王が自分に牙を剥いたこと。
信じられないまま、背負うものを守るために、感情を無視し、決断した。
「火王の感情の一つを助長し、堕としたのはあなた方か!」 雪姫が叫ぶ。 それに呼応するかのように、嘲り笑いがはっきりと聞こえた。
――そう。 雪姫に気づかれないほど、ゆっくりと火王に力を貸していたのなら納得できる。 初めから、自分たちは女王たちの掌で踊っていただけだったのだ。 「そうして再び冷戦状態にして! 違う考えを持つものを抹殺して! あなたたちは一体何を望んでいるというの!?」 火王は、確かに自分の娘の力に溺れた。 それは間違いのない事実。
――しかし。 突然すぎたのも、また事実。
あれだけ雪族との対立に心を痛めていた火王が、急に自分たちに、娘に牙を剥いた。
「私たちは物じゃない! ましてや全知全能でもない! 笑って暮らしていられればそれでいい、そう皆気がつき始めていたのに……!」
始めは自分だけの思いだった。 次に自分の理解者が出来た。 笑顔が増えるたびに嬉しかった。 ――だからこの幸せはずっと続くのだと思っていた。 必死で道化師を演じて、安らぎを手に入れることが恥だと思う暇を与えないように努力した。
「……どうして………」 声が、震える。 自分のやってきたことが、新たな悲劇を生んだという事実に。
「……どうして、私の手を引いてはくれないのですか……母上……」
手を伸ばしても、そこに触れるものは何もなかった。 初めて佐織を見たときのシンパシー。 ――だから、特別だったのかもしれない。
しん、と嘲り笑いが止んだ。 すがるような雪姫の瞳に、それは、悲しいくらい冷たい景色を見せていた。
『……相変わらず、青いな……雪姫……』 冷たい声が四面に響く。 突き放したその声に、雪姫は全身の感覚が失われていくような錯覚を覚えた。
――倒れてしまえばよかった。 そうすれば、もうこんな思いをすることもない。 ここまで頑張ってきたのだから、もう眠ってしまいたかった。
――でも。
「……わかりました」 それでも力強く前を向く。 「もう一度、あなたを――倒します」
壊れてしまったのなら、もう一度、取り戻してみせよう。 雪姫は掌に吹雪のような冷気を集結させ、そう宣言した。
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