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作品名:雪姫―乾山佐織編― 作者:激辛の人

第10回   予感
 ――昔。
 まだ雪姫がまだ雪族としての名を持っていた頃。
 雪族には女王がいた。
 古代から続く伝統ある女王が。
 その女王に追いすがり、追い抜き、名実共に女王の名を手にしたのが雪姫だ。
 ――だが、女王が自分の地位を雪姫に明け渡すつもりは初めから無かった。
 だから、『姫』という名を与え、自分は女王の地位に固執した。
 それはやがて雪姫の力への嫉妬心を助長し、
 ――結果。
 雪姫の即位の儀式の日、惨劇を見ることとなる。

 ――女王病没――
 その知らせを村中に知らせたのは華痢で、雪姫はしばらく自室から出てくることは無かった。
 何があったのか、それを知っているのは雪姫と華痢、そして雪姫のパートナー・ペットだけだ。


「――ふう」
 佐織は程よいプレッシャーを押し返し、息を吐いた。

 ここは、雪姫の張った結界の外側。
 2週間の訓練で、佐織はもう結界の管理を任せられるようになっていた。
 とはいっても、雪姫が仕事に出かけている間、結界を保持するだけの役割であるが。
 それでも雪姫ほどの力を持った雪女が張った結界を保持するのは至難の業で、佐織がそれだけ並外れた順応力を持っていることを暗に示していた。

 だが、佐織には雪族の力を高めるとか地位を手に入れるとか、そんなことを考えて力を磨いたわけではない。
 佐織が術を使えるようになる度、雪姫が喜んでくれる。
 ――それだけだった。
 この冷たい地で、初めて、佐織は温かみというものを感じていた。

 ――幸せだった。
 幸せだからこそ、その幸せを与えてくれた雪姫の笑顔のためなら、どんな努力でもしようとした。
 その心が、本来人間ならば考えられないほどの力を佐織に与えていた。

『――危険――』

 大気を震わせ、佐織の耳にかすかに届く――怨嗟の声。
「……え?」
 佐織は、その声を不審に思い、手を止めて辺りを見回す。
 ………………。
 しかし、声はそれきり聞こえなくなった。
 佐織はしばらく眉をひそめていたが、やがてまた結界の保持に取り掛かった。

「やっほう! 佐織ー!! みかん食べるー!?」
 雪姫が人間界の視察(というかいつもの脅迫?)から帰ってきた。
「雪姫! 冷気の放出は終わったんですか?」
 随分帰りの早い雪姫に佐織が驚く。
 雪姫は上機嫌で手をぱたぱた振り、
「やーね、そんなのはペットに任せてきたわよん♪」
 ……酷いことをさらりと言ってのけた。
「そんなことよりほらほらほら!」
 ペットの不幸を『そんなこと』で片付け、目の前にビニール袋を掲げてみせる。
「温室みかんー♪ 佐織、みかん好きって言ってたじゃない? 買ってきたのよー♪」
 まるで、子供にお土産を買ってきた母親のようである。
 目が点になっている佐織をよそに、上機嫌でお茶の用意まで始める雪姫。
 佐織は、無理矢理受け取らされたそのビニールの中身を空けてみる。
 ……凍っていた。

「ま、まぁ、みかんシャーベットってことで♪」
 その事実に、無理矢理笑顔を作って見せた雪姫の声は、明らかに裏返っていた。
 それを聞いて、佐織は思わず吹き出す。
「な、なによー!!」
 雪姫が顔を真っ赤にして抗議する。
 それがおかしくて、とうとう佐織は爆笑してしまった。
「佐織ー!!!」
 じたばたしつつ抗議する雪姫に、佐織はジェスチャーで謝るしぐさをする。
「ご、ごめ……なさ……、だって、雪姫、子供みた……」
 言葉を詰まらせながら謝る佐織にぷうと脹れる雪姫。
 佐織はまだ肩で笑いつつ、雪姫の湯のみにお茶を注ぐ。
「――私、シャーベットも大好きですよ、雪姫」
 そう言って、嬉しそうに包丁でみかんを切る。
 一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた雪姫も、目を細めて佐織の嬉しそうな表情を見ていた。

 穏やかだった。
 幸せだった。
 この瞬間がいつまでも続けばいいと思った。

「……ねぇ、佐織」
 ぽつり雪姫が言う。
「なんですか、雪姫?」
 シャーベットと格闘しながら佐織が答える。

「もし、もしよければ」
「はい?」
 二人の視線が合う。
 ためらいを瞳に宿した雪姫が佐織の目に映る。

「ずっと、ここで私の子供しない?」

 佐織は目を見開く。
 ――一瞬。
 息の詰まるほどの真剣な表情をした雪姫がいた。
 でもその表情はすぐに消え、
「や、やーね!! 冗談よ冗談!! 驚いたでしょ!?」
 大げさに笑ってみせる雪姫。
 でも、その言葉は佐織の心を大きく揺るがして……。

「いいですね、それも」
 ぽつり、そう呟いていた。

 穏やかだった。
 幸せだった。
 今の幸せがずっと続けばいいと

 ――願っていた。


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