少女は吹雪く山を表情なく歩き続ける。 その表情には、すでに死の色が見え隠れしていた。
――あんな酷いことが世の中にあるなんて知らなかった。 夜。自分を追い詰める黒い影。 無骨な手に追い詰められて……。
――地獄だと思った。 今までの世界がまるで違うものに思えた。 その影が自分から去っても、少女に降りた黒い悪魔は少女の心を蝕んだ。
だが。その後、少女をやさしく包んでくれたなら。 少女が唯一頼れる存在だと信じていた両親が、一緒に戦ってくれたなら。
――あるいは少女はまだ正気でいられたかもしれない。
けど、その親の形をした肉の塊は少女に冷たく言葉を放った。 「世間体に悪いじゃないの、この恥さらし」 ――その瞬間、少女の心はこの世界を拒絶した。
吹雪く雪山をただ当ても無く登り続けるのは、この世界と決別するため。 何も感じない。体の痛みもどうでもよいほど少女は狂っていた。 ……それでも。
――最後には私にもう一度ぬくもりを――
そう願って、少女はその場に倒れこんだ。
次に見えたのは、赤い光。 伝わってくるぬくもりから、それが火であることが分かった。 少女は、うっすらと目を開ける。 今時珍しく、漆喰と木でできた家。囲炉裏には火が灯り、そこにつるされた鍋からは、鼻腔をくすぐるやさしい香りが漂って来ていた。 その先には、一人の少女。 白い着物に身を包み、雪のような真っ白な髪に透き通るような肌が印象的だった。 その白い髪の少女が振り向く。 綺麗、というよりはむしろ可愛いという印象のある愛らしい顔立ちだった。 「起きたの」 鈴の音のような綺麗な声が、少女の意識を一気に覚醒させる。
「ここは――あつっ!!」 全身に走る痛みに顔をしかめる。 「動かないほうがいいわよ。凍傷になりかけてるから」 抑制のない声でそう言い、煮立つ鍋をひとかき回しする。 「それにしてもあなた、根性あるわね。ここは雪山のプロでも訪れない危険な区域なの。こんなところを登山なんて死んでも知らないわよ?」 鍋から目を離さずに、白い少女は言った。 そんなことどうでもいい、と叫びかけた少女はふと疑問を浮かべる。 「……じゃあ、あなたは何故ここに……」 少女の問いにその白い少女は顔をあげ、答える。
「だって、私、雪女だもの」
………………。 しばらく少女は目を見開いたまま沈黙していた。 嘘だと流すのは、白い少女の纏っている雰囲気がそれを許さなかった。
「……じゃあ」 少女がかすれた声で呟く。 「……私、殺されるんですか……」
少女の問いに、その雪女は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。 次に、盛大に笑い出す。 少女は何故自分が笑われたのかも分からずに目を点にした。 「……っはっはっはっは! あーそうか、そうね〜。雪女の童話の話!?」 目に涙を浮かべて笑う雪女に、少女は違う意味で今までの価値観が崩れたような気がした。 「看病して布団で寝せておいて、目が覚めたら殺すって、それ私がまるで極悪犯みたいじゃん!」 妙にテンション高い雪女の言葉に、少女はややむっとしてそっぽをむく。 でも雪女はそんなことは気にも留めず、 「はいはい、ごめんごめん。とりあえずご飯できたから食べたら?」 そう言って、鍋の中身を器によそって少女に渡した。
「…………」 中身は質素な山菜のみの具でできた雑炊。 でも、掌に伝わるぬくもりは、何故か誰よりも何よりも暖かい気がした。
「――っ」 瞬間、凍っていた心が溶かされた気がして、少女の瞳からしずくが落ちる。 ――不思議だった。 全てを呪って何もかも捨てた少女が、未開の世界で無くしたぬくもりを感じている。
「……早く食べないと、冷めるわよ」 静かに言った雪女の言葉が、少女の心には何故か暖かかった。
|
|