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作品名:ふたり 作者:nottnghill_ann

第19回   エピローグ
  海から流れてくる風が心地良かった。
 祐貴は、ベランダに出て海を眺めながら大きく背伸びをした。

  里佳子は、生まれて10ヶ月になる祐斗を寝かしつけていた。
 
 「先に飲んじゃおうかな」
  冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、祐貴はベランダに置いてあるガーデンチェアに、
 腰を下ろした。

  二杯目のお代わりをした時「一人でずるい!」祐斗を寝かし終えた里佳子が口を尖らせ
 た。
 
 「喉が渇いて我慢出来なかったからさ」
  言い訳をして、祐貴はグラスにビールを注いで里佳子に手渡した。

  穏やかで平和な休日だった。

  里佳子が戻って来てから、1年8ヶ月の月日が流れていた。



  *****


  出所後「そばにいて欲しい」と、弘明寺のマンションで一緒に暮らす事を望み、信じて、
ずっと待っていてくれた祐貴を受け入れた里佳子だったが、里佳子らしさを無くし、笑顔
 も消えてしまっていた。
  
  祐貴は「昔の里佳子を取り戻させたい」と思って、みなとみらいのあの道で、改めてプ
 ロポーズをしたが、里佳子は首を縦に振らなかった。



  その里佳子に変化が見られたのは、妊娠を知った時だった。
 
  里佳子は「中絶手術を受けるつもりでいる」という事を祐貴に告げた。
 
 「産まれてくる子供は、前科者の子供なのよ」
  
  里佳子のその言葉を聞いた祐貴は悲しかった。
 
  ……まだ、自分の力が足りない……自分が情けなかった。
 
 「それは、里佳子の本心なのか?」
  
 「……」
  里佳子は黙って頷いた。

 「いい加減にしろよ! もう一つ、罪を重ねると言うのか? 今度の罪の方が重いんだぞ!」
  
  祐貴は、言ってはいけない言葉を投げかけたと思ったが、言わずにはいられなかった。

  里佳子が、祐貴を睨みつけた。

 「その事をよく考えろよ!」
  里佳子の両腕を強く掴み、激しく身体を揺さぶった。
 
 「刑務所にいた時間を無駄にするのか? 里佳子を励まし、勇気づけてくれた人の気持ちを
 踏みにじるような考え方や、生き方はもうやめろよ!」
  涙が溢れた。

 「……」

  里佳子は何も言わなかった。祐貴に腕を掴まれたままじっと下を向いていた。

 「分かってくれよ……」

  それでも答えてくれなかった。

 「俺の子供なんだよ……」

  里佳子がその言葉に反応した事を祐貴は感じた。

 「俺の……だけじゃない……里佳子との二人の子供なんだよ……分かるだろう?」

  更に激しく里佳子の腕を掴んで、祐貴は必死に訴えた。
   
 「怖くない……」
  里佳子が呟いた。

 「うん? どうした?」
  まだ里佳子の腕をきつく掴んだままだった。

 「こうして、祐貴に腕を掴まれているのに……」
  里佳子の言葉にハッとした祐貴は、思わず掴んだ腕を離した。

 「大丈夫……もう、平気になったの。怖くなくなったの……」

  ……里佳子は気付いた。私の気持ちを救ってくれたのは、祐貴……ずっと私を愛し、信
 じてくれていた祐貴の自分への愛情の深さと、そして、自分を励ましてくれた人の思いを
 ……強く感じた。
 
 「里佳子は……生まれ変わったんだよ……二人の子供が里佳子を変えてくれたんだよ」
  
  ……そのまま、抱き合って泣いた……
  
  ……その日、二人は婚姻届けを提出した……
  

  そして……出会った記念日の7月15日に、今野夫妻立ち会いの元、宮城県の小さな教
 会で、結婚式を挙げた……

 「俺が言った事『再会を果たした時に、お互いを確かめ合おう』その言葉をお前は覚えて
 いるか?」
  今野が祐貴に言った。

 「覚えているよ」

 「悔しいけれど、今日の……今のお前には負けた。俺が今まで見た中で一番輝いている……
 そう認めちゃったけれど、半分はご祝儀代わりだからな」

 「口の悪さは相変わらずだな」
  祐貴はそう言ったが、今野の気持ちは充分に分かっていた。

 「口が悪い所も友人の条件……だったんだろう?」

 「まあな……」

 「里佳子さんと渚を見てみろよ。あいつら、俺達の妖精……うーん、渚はな……だけど宝だ
 よな」

 「うん」

 「あの二人を、俺達がどれだけ輝かせる事が出来るのか……そして、俺達がどの位輝く事が
 出来るのか? これからが勝負だからな。俺はお前に負けないよ、覚悟しておけよな」
  今野が祐貴に宣戦布告を言い渡した。

 「次に会った時、俺に『参ったな』と思わせる位に自分を磨いておけよ」

 「任せろよ!」

  二人はハイタッチをした。

 「なんか……羨ましい……」
  渚がポツリと里佳子に言った。

 「真人ね、お酒を飲むと村上さんの話ばかりしていたの。横浜のホテルで村上さんとこんな
 事があったとか。二人でこんな話をしたとか。多分……いつも真人の心の中に村上さんがい
 て、でも、会えなくてずっと我慢していたんだと思うのね。だから、お酒を飲むとつい、話
 をしたくなるのよね。余りにも村上さんの話ばかりするから、私ね、やきもち焼いた事あっ
 たの。『あんた達二人って一体何!』怒ってそう言った事もあるの。実はね、今だってやき
 もち焼いてるのよ。だって、あんなに嬉しそうな真人を見た事ないから」

 「……?」

 「村上さんと真人が一緒にいる姿って三回しか見た事ないの。最初は私達が結婚する前、横
 浜で村上さんを紹介された時、次は私達の結婚式、そして、今日。二人とも、一人でいても
 充分カッコイイし、素敵……って思うでしょう?」

  渚が里佳子の顔を覗き込んだ。里佳子は笑って頷いた。

 「でもね、二人でいるとカッコ良さが倍増するの。お互いがお互いの魅力を引き出す……
 更に輝いて、魅力的になる……そんな『二人』って、いいなあ……羨ましいなあ……って」

  二人の様子を見て涙ぐむ渚の肩を、里佳子が優しく抱いた。 




  ……12月24日のクリスマスイブに祐斗が生まれた。それからの里佳子は、母親と
 しての自覚と自信を持ち始めた……



 *****


  今は、弘明寺のマンションを整理して、横須賀市浦賀の高台にある、海が望める小さな
 マンションで、親子三人のささやかな生活を営んでいた。

  祐貴が冷蔵庫から二本目のビールを持って来た時「あっ、また!」里佳子が腰を上げ、
 祐斗が寝ている部屋に走って行った。

 「祐斗が泣いているのか」
  祐貴には聞こえなかったが、母親は鋭い。

  少しして、目に涙をいっぱい溜めて泣いている祐斗を抱いた里佳子が、リビングに現れ
 た。祐斗は祐貴の姿を見つけて「パッー、パッー」と声を発して父親を求めて、祐貴の方
 に手を伸ばした。祐斗が一番初めに覚えた言葉は「パッー、パッー(パパ)」だった。
  里佳子が降ろすと祐斗が一生懸命ハイハイをして、祐貴の足にしがみついた。

 「何だ、起きちゃったのか」
  祐貴は祐斗を抱き上げて頬ずりをした。

  ……その瞬間、祐貴はハッとした……

 「親父にそっくりだ!」……今まで全く気がつかなかった……
  まだ涙が溜まっている祐斗の目が、義父の省三にそっくりだった。

 「祐斗君は母親似ね」
  周りからそう言われた事があった。

  ……そうだったのだ……!

 「親父が遺書の最後に『血液型が違うから貴女は私の娘ではない』と言っていたのはウソ
 だった。里佳子と親父がホテルで会う約束をしていた日、親父はもしかしたら……という
 事を感じていて覚悟していた。万が一、里佳子が自分を傷つける事になった場合……その
 事を想定して、里佳子に、二重の十字架を背負わせないようにしたのだ。親父が、本当に
 愛していたのは、里佳子の母親だったのだ。だから、全く正反対のタイプのお袋を選んだ。
 お袋との結婚式で、傍で聞いていて恥ずかしくなるような事を他人に言いったのは、あれ
 は……自分を納得させていた。里佳子の母親の面影を消そうとしていたため……だったの
 か……」
  義父の省三の切ない気持ちを感じた。
 
 「何故、自分の罪から逃げた……そうか! 当時、道を踏み間違えうになった俺を正しい
 道に導き、そして……俺と里佳子を引き合わせるため。親父は、病んでいて壊れていたの
 かもしれないが、娘を思う、その気持ちだけは残っていた……そして、最後の最後に……
 実の娘と、義理の息子の幸せを願っていた。俺と里佳子の愛を終わらせない事を……」
  熱いものが胸に込み上げてきた。
 
 「俺と里佳子は……そういう「運命」だったのか……『きっかけ』なんかじゃなかった」

  ……祐貴、すまなかった。里佳子さんと幸せになってくれ……
 義父の省三の声が聞こえた気がした。

 「パッパッー」無邪気な笑顔の祐斗に顔を触られて、祐貴は我に返った。
  祐貴に寄り添った里佳子の顔が幸せそうに輝いていた。

 「やっと、気がついた? 私は全て気がついていたの。でも、それは、二人の愛の証の祐
 斗が教えてくれたの。両親と弟の悲しい事件、そして、祐貴のお義父さんの事、私が犯し
 た罪、その全ては……祐貴と私の愛を確かなものにするため。だから……罪を償った私は、
 これからはその『二人』の愛の証の祐斗を、りっぱな人間に育てるために生きていくの……」
  里佳子の目がそう言っていた。

 「そうなのか……里佳子は気付いていたんだ……祐斗を見て、全てを知ったんだ。『二人』
 で祐斗をりっぱな人間に育てよう。里佳子の両親も弟も……そして親父も……それを望ん
 でいるんだ。俺たちが幸せになる事を……」

  片手で祐斗を抱き、片手で里佳子の肩を抱いて、里佳子にキスをした。
 祐斗を抱く左手と里佳子の肩を抱く右手、里佳子の柔らかい唇から、何とも言えない幸せ
 感が流れ込んだ。

  祐貴は祐斗に頭を叩かれた。
 
 「邪魔するなよ」そう言って、祐斗のほっぺを突っついた。嬉しかったのか、祐斗が声を
 あげて笑った。
  もう一度里佳子にキスをしたが、また祐斗が頭を叩いた。
 
 「やきもち焼いてるのか?」
  今度は祐斗にキスをした。
 
 「ちょっとだけパパを貸して」
  里佳子が祐斗のほっぺを突っついた。嬉しくて仕方がない様子の祐斗が、また声をあげ、
 のけぞって喜んだ。

  窓から差し込む暖かい秋の陽射しが、幸せな三人を優しく包んでいた。

      
                     終






 参照:作品内に出ている、里佳子はつぶやく歌は、B’Zの「もう一度キスしたかった」
    を参照させて頂きました。




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