20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ふたり 作者:nottnghill_ann

第12回   12
2005年


1 
  新しく明けた年は、二人にとって喜びの時を迎える年であった……
 
  ……しかし、あの日、夜通し里佳子と話をして誤解は解けたが、お互いの中にしこ りとして残っていた。

  鴨川の母から「何なの里佳子さんは?変な写真と手紙が送られてきたのよ」と里佳 子の行状を責める様な
 電話をもらった時「里佳子はそんな不謹慎な女じゃない!」里 佳子を信じないのか?」と母を責めた。責め
 られた母の由美子は「祐貴の事が心配なのよ」そう言って電話口で泣いた。
  その時は、里佳子を信じずに泣いた母に腹を立てた。
 
 「自分は里佳子を信じる」
  そう思ったが、いざとなった時、母以上に里佳子を疑った事が情けなかった。祐貴 は自分の心の狭さを責
 めていた。

  落ち着いたら鴨川に帰って家族にもきちんと話をしなくてはならない。
 万が一理解を得られず、結婚を反対されたら……その時の覚悟は出来ていた。


  里佳子は、祐貴が自分を疑う様な態度を取ったのは、両親の殺害事件に、祐貴の義 父の省三が関係してい
 る事を悟った事が原因だと思っていたし、そこまで辿り着いて しまった自分が怖かった。
 
 「断定は出来ないけれど、あの救急隊のいたずら電話もお義父さんの可能性もある。 私がここまで突き止め
 たとは想像もしていないだろうけれど、私の正体を知り、祐貴 との結婚を阻止するために、あんな事をした
 のかもしれない。真犯人だったら有り得 ない事ではない……でも、あのお義父さんがそんな事をするのだろ
 うか?」
  
  省三への疑惑が広がっていったが「いたずら電話を省三の仕業」と考えるのには、違和感もあった。
 
 「やっぱり対峙するしか方法がない……」
  
  この事は去年、名簿の中に「緒方正昭」の名前を見つけた時からずっと考えていた。

 「シロでもクロでも何があっても、祐貴への自分の気持ちは変わらない」
  
  そう思っているが、もし、自分が事を起こした場合祐貴とはどうなるのか? その 事が怖かった。
 
 「実の両親殺害事件の真相を探る事が大事なのか? 祐貴との愛を守る方が大事なの か?」
 
  祐貴を選びたい。と思うが、そう思うと、明け方早い時間に目が覚め、両親の悲しげ な顔が浮かび、弟の
 遼平が「痛い」と叫ぶ声が聞こえてきた。


   *****


 「退職届けを出そうと思っているの。祐貴はどう思う?」
  1月半ば、横浜に帰って来た祐貴は里佳子から相談を受けた。
 
 「社長との事を俺はもう疑ってはいない。その事が原因で退職をしようと考えている のなら、反対だけど、
 そうではない別の理由で、里佳子がそう決めているのなら反対はしないよ」
  祐貴はそう答えた。
 
 「社長から『計画中の新しいホテルの仕事を手伝って欲しい』と言われたの。でも、
 もう役に立てないし。丁度いい潮時かな? って。頑張って来たから少し休むのもい いでしょう?」
 
 「ホテルの仕事を辞めるのに悔いはないの?」

 「悔いがない、と言えばウソになるけれど。また、新しい事が始まるし、私はそっち に力を注ぎたいの。
 寿退社になるのかな?」
  
  里佳子の顔が輝いた。
  
 「里佳子がそう考えているのなら俺は賛成するよ。それから……新しい事なんけれど ど……」
  
  里佳子とは反対に祐貴の顔が曇った。

 「気を悪くするなよ。結婚の事についてお袋と親父が難色を示している。来月初め に俺は鴨川に行って二人
 に話をしてくる。もし、理解が得られなかった場合……俺は 覚悟をしている。家を出るよ。出るって今も出
 てるけれど」
 
 「そんな……家を出るって……縁を切るって事? それで祐貴はいいの? 」

 「構わない。そう決めたんだ。だけど、そうならない様に話をするよ。だから、この 事は俺に任せてくれる?」
 
 「祐貴の気持ちは嬉しいけれど……でも、ごめんね……」
  里佳子は泣き出した。
 
 「いいんだよ。だから、泣くな」
 
 「私って、みんなに迷惑をかけてるの」

 「人間はみんな迷惑をかけながら生きているんだよ。それで『許す』という事を学ん でいくんだよ。最悪、
 親父とお袋が俺達の事を許してくれなかったとして、縁を切る 事になっても、俺は二人を許して、それで、
 里佳子と幸せになる道を選ぶ」

 「許す……」
 
  祐貴のその言葉は里佳子の胸を突いた。

 「そうだよ。だから、連いて来てくれるよね?」
  
  里佳子は祐貴の顔を見つめた。悲しそうで辛そうだったが、目は優しかった。

 「許す……お義父さんが真犯人だったとしたら……私は許せるだろうか?」
  祐貴を見つめながら、里佳子は自問自答していた。
 

   *****

  翌日、里佳子は出社してすぐにフロント支配人に退職届けを提出した。
 案の定、その日の夕方、里佳子は岡田に呼ばれた。

 「結婚おめでとう!」
  真っ先に岡田は里佳子の結婚を祝福した。
 
 「ありがとうございます」
  礼を言って丁寧に頭を下げた。

 「突然で驚いたが、いつの間に幸せを掴んだんだ? 西島もさぞかし喜んでいるだろ う」
 
 「きっと喜んでくれていると思います。でも、せっかくお仕事を頂いたのにご期待に 添えなくて、社長には
 何とお詫びして良いか分かりません」
 
 「そんな事はいいんだよ……と言っても、君の代役探しは苦労するだろうけれど。で も、仕事より結婚の方
 が大事だ。ところで式はいつになるの?」
 
 「具体的な日程は決まっていませんが、春にはと考えています。その前に片付けなく てはならない事もあり
 ますので、これから忙しくなります」
 
 「そうか……式には招待してくれるのかな?」
 
 「大袈裟な形にはしたくないと思っていますが、社長がご出席頂ければ嬉しく思いま すので、その時はよろ
 しくお願いします」
 
 「勤務はいつまでなの?」

 「有給の消化もありますから、出社は後一週間です」
 
 「じゃあ、二人で送別会でもやるか! その時は付き合ってくれるだろう? 長い  間、頑張ってくれてあ
 りがとう! ご苦労様だったね。幸せになりなさい」
  岡田は里佳子に握手を求めた。
 
 「こちらこそ、長い間ありがとうございました。残り僅かですが、精一杯お仕事をさ せて頂きます」
  そう言って里佳子も手を差し出した。

 「期待しているよ」
 
  岡田のその言葉で里佳子は社長室を後にした。
 




  社長室のドアが閉まった途端、岡田がため息をついた。

 「失敗したのか……」

  昨年の救急車騒ぎは岡田が仕組み、写真と手紙を祐貴と祐貴の実家に送ったのは岡田だった。
 
  岡田博人は、神奈川県小田原市で広大な土地を所有し、歯科医を営む岡田明人の三男として生まれた。
  小さい時から、腕白でガキ大将だった岡田は、二人の兄達の様に医者の道を歩まず、大学を卒業後、東京の
 平河町にある老舗ホテルに就職し、其処で西島昇と出会った。
  宮仕えに嫌気がさした岡田は、親の資産を頼りに自分でホテルを建てたい、という夢を抱いた。
  当時、結婚したばかりの岡田は、結婚生活よりホテルマンとしての仕事に夢中にな り過ぎて、一時期離婚
 の危機にも見舞われた事もあったが、そんな岡田を昇が軌道修 正したのが西島昇だった。それから、岡田は
 保土ヶ谷にある西島家を頻繁に訪れる様になった。
  西島家では、おしゃまで可愛い里佳子がいつも岡田を迎えてくれた。
 
  そして、いよいよ岡田の夢であったホテル建設の夢が実現しそうになった時、信頼 し尊敬していた先輩で
 ある西島昇が、この世を去ってしまった。
  岡田の悲しみと失望は大きかったが、それを、岡田は自分の息子達より、当時高校 生だった里佳子に託そ
 うと考えるようになった。 
  そして、いつしか、人並み外れた美貌で大人びた里佳子を女性として、愛するようにもなっていた。里佳子
 が関内クラシックホテルに入社してからは、様々な思いを込めて里佳子を育てた。

  里佳子が真剣に岡田を愛した様に、岡田も心から里佳子を愛した。しかし、里佳子は理由も告げず、自分の
 元を去って行った。言いようのない絶望感に苛まれて、苦しくて辛かった。里佳子を失わずに済むのなら「家
 族を捨てても構わない」とさえ思った。

  里佳子が新しい恋を得た事には気がついていた。
 両親殺害という辛い事を経験し、幼い時から可愛がっていた里佳子の幸せを願っていたが、自分から飛び立ち
 「他の男のものになる」事が岡田はどうにも我慢がならなかった。
  新しいホテルの仕事を通して、里佳子の気持ちをもう一度自分に向けさせたかったが、里佳子は新しいホテ
 ルに一向に興味を持たなかった。
 
 「里佳子を夢中にさせている男はどんな男なのだろうか?」
  岡田は興信所を使って相手の事を調べた。

  相手が「村上祐貴」という事を知った岡田は「あの若造が里佳子の相手か!」と愕然とした。
  
  数年前、岡田は「伝説のホテルマン」と言われている人物の講演会に行った事があったが、たまたま隣り合
 わせた若いホテルマンに目を奪われた。
  メモも取らず、じっとレクチャーを聴いているそのホテルマンからは、オーラが出ていた。
 
 「誰だこの男は?」
  岡田は若い男と名刺を交換した。その男が祐貴だった。
 当時、自分の経験を元に最高級のホテルを建設するという構想に、村上祐貴をも参画させる事を考えた事もあ
 った。
 
 「あの男が里佳子の相手か……」
  
  自分より劣っている男だったら「男を見る目がない」優越感を抱きつつ我慢が出来 たが、自分が惚れこん
 だ男が、長い間可愛がり、別れた後も惚れている里佳子の相 手……自分が見込んだ分、祐貴を許せなかった。

  ……だから、仕組んだ……

  里佳子を取り戻せるとは思わなかったが、二人の関係を壊したかった……しかし、それは見事に失敗した……
 だが、絶対に、あの男だけはダメだ……



  社長室を出た里佳子は深いため息をついた。
 岡田と二人は何故か息苦しかった。言葉も優しく、表情も笑顔だったが……目が冷た かった。
 
 「まさか……あのいたずら電話は……」
 
  廊下を歩きながら里佳子は疑いを抱いた。
 

   *****


  里佳子は祐貴からの連絡を待っていた。
 今日は、結婚と例の件の話をするために、祐貴は鴨川の実家に帰っていた。
 落ち着かない気持ちでじっと待っていたが、連絡があったのは深夜になってからだっ
 た。

 「遅くなってごめん」と言う祐貴の沈んだ声を聞いて悪い結果になった、という事を 里佳子は悟った。

 「少し時間をおけ。そう言われた」
  祐貴は先に結果を報告した。
 
 「全くダメ、という事ではなかったの?」
 
 「うん。反対でも賛成でもない。とにかく時間を置いて様子を見ろ。全員一致でそう いう考えだった」
 
 「そう……」
 
 「みんなの考えは分かったけれど、自分の気持ちは変えない。俺はそう答えた。だか ら雪が溶けたら、春に
 なったら結婚する。言葉で言っても分かってもらえないだろう から、二人の生きる姿勢を見せて分からせる
 しかない、そう思う」

 「後悔しない?」

 「自分の気持ちを貫かない方が後悔する。俺を信じて連いて来て欲しい」

 「……」
  祐貴の言葉に里佳子は何も言えなかった。

 「明日は、朝、鴨川を出るよ。本当は横浜に寄って帰りたかったけれど、明後日、午 前中から来期の予算組
 みの会議があるんだ。資料を作らなくちゃならないから、その 足で山中湖に帰る。会いたいけれど我慢する
 よ」
 
 「私も会いたい……でも、我慢する。ねえ、もうお風呂に入ったの?」

 「夕方に入ったけれど、何か居心地が悪かった」
 
 「どうして?」

 「鴨川に着いて、親父やお袋と会った時から居心地が悪かったんだよね。別に俺の考えが通らなかったからじ
 ゃないけれど……そんな事じゃなくて……俺の家族ってこんなだったかな? みたいに、兄貴や義姉さんも他
 人行儀っぽくてさ。家族が信じている事と、俺が信じている事が違うんだよね。だから、みんな俺とは違う世
 界の人間に思えたのかもしれない。俺は、里佳子と一緒の世界で生きていく事に決めたんだ」

 「祐貴、もういいのよ。無理しなくても。祐貴は祐貴らしくいてくれれば。それでいいの」
 
  里佳子は辛かった。

 「心配するなよ。こういう俺が一番俺らしい。里佳子……」
 
 「何?」

 「愛しているよ」

  何度、この言葉を祐貴から聞いたのだろう。
 里佳子にとって、今聞く祐貴の「愛している」は特別な言葉に感じられた。

 「私もよ。愛している」
 
 「幸せ気分になったから、寝るよ。おやすみ」

 「おやすみなさい。明日は気をつけて帰ってね」
 
  電話を切った二人は、同じようにお互いの愛情を感じ取っていた。

  ……しかし、この電話が二人が交わす最後の電話になる。とは、思ってもいなかっ たし「あの時、無理を
 してでも里佳子に会いに行けば良かった……」と祐貴が後悔する事になる、とは想像もしていなかった……


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 6245