「誰だろう?」 里佳子は時計を見た。
夜10時を過ぎたこんな時間に誰が訪れたのだろう? と思い「はい……」 とだけドアフォンで答えた。
「里佳子か? 岡田だ。どうした? 具合は大丈夫なのか?」 いつもと違う様子の岡田が里佳子に呼びかけた。 「えっ? 社長こそどうしたのですか? 私は元気ですけれど……」 岡田が何を言っているのか理解が出来なかった。 「救急隊から連絡があったんだよ。様子を見に行ってくれと……」 「救急隊……? 何の事ですか? ちょっと待ってください。今、下に降りて 行きます」
何があったのだろうか? 里佳子はコートを羽織ってエントランスまで降り て行くと、外で岡田が心配そうな顔をして立っていた。 エントランスを出ると、里佳子の姿を見た岡田が駆け寄って来た。
「具合はどうなんだ?」 里佳子の肩に両手を掛けて岡田が訊いた。 「待ってください。何があったのですか? 救急隊って何の事ですか?」 「君は何も知らないのか? さっき、携帯に電話があった……寒いな……」 11月末のこの時間帯、外は冷え込んでいた。 「寒いな」という岡田の一言で、一瞬、部屋に招き入れようか? と里佳子は 考えたが、「それはしない方がよいだろう」そう思って黙っていた。 「車の中で話そうか?」 岡田は里佳子の手を引いて、マンションの駐車場に止めてある車の助手席に 里佳子を座らせ、自分は運転席に座りエンジンをかけた。 駐車場付きのマンションだが、車を持っていない西島家の駐車場は、以前は 岡田、今は祐貴のための駐車スペースになっていた。 ヒーターが効いてきて暖かくなった頃「さっき、携帯に救急隊の小川という 年配の男性から、西島里佳子さんが自宅で気分が悪くなり、救急車の要請があ りました。そう電話が入った」 岡田が話し始めた。
「しかし、到着した時には具合が良くなっていて問題はなく、病院への搬送は 行なわなかったが、里佳子から、僕に連絡を取って様子を見に来て欲しい、と 伝言を頼まれているので来てください。僕が到着する頃は救急隊は引き上げて いますが、後はよろしくお願いします。様子を見て具合が悪そうでしたら、い つでも救急車の要請をしてください。そう言われたんだ」 「まさか! ウソですよ。だって、私はこの通り元気だし、救急車なんて呼ん でいません」 里佳子は信じられなかった。岡田がウソを言っている……そう思っていた。 「僕だって最初はウソだと思った。僕達の事は誰も知らなかった筈だろう? なのに、どうして里佳子が具合が悪くなって僕を呼ぶのか? それを考えたら、 本当に具合が悪くなった里佳子には頼る人がいなくて、僕を呼んだ。その事は 有り得ると思ったし、里佳子の携帯はずっと留守電になっていたよ。それに、 電話の声に聞き覚えはなくて、その小川という救急隊員は、親切に自分の携帯 電話番号を教えてくれた。マンションに到着した時、僕はその携帯に電話した んだ。『救急隊小川です』とすぐに相手は応えた。マンションに到着した事を 話したら、安心した様子で『よろしくお願いします』そう言ったんだよ」 岡田は、里佳子に「非通知」となっている携帯の着信と発信履歴を見せた。 「今日、携帯に非通知の無言電話が何度もかかって来て、気味が悪くて留守電 にしていたのです……でも、怖い……」 里佳子は思わず自分の肩を抱いた。
自分と岡田の事は誰も知らない筈だ。それを誰が……? まさか……?
「こんな事言って、お気を悪くされないでください……奥様は?」 遠慮がちに里佳子が訊いた。 「家内が? 里佳子との事は現在進行形であれば可能性がなくはない。だが、 もう何年も前に終わった事なんだよ。そうだろう? 今更、そんな事をすると は思えない」 キッパリと岡田が言い切った。 「じゃあ、何故? ホテル関係の人?」 いろいろな事が里佳子の頭に浮かんだ。 「仕事絡みか……」 岡田も分からなかった。 「私もう戻ります。こんな事していたら、また誤解される事があるかもしれな いので。部屋に戻ったら携帯の留守電を解除します。何かあったら携帯に電話 してください」 「心配だな」
岡田は車から降り、助手席のドアを開け里佳子を降ろし、心配そうに肩を抱 いた。 里佳子は、周りを気にしながら走ってマンションに戻った。
部屋に戻って真っ先にバッグの中から携帯を取り出し、留守電を解除した。 iモード問い合わせでメッセージを確認すると岡田から「大丈夫か?」何度も メッセージが入っていた。 「無言電話は、携帯を留守電にするための工作だったのだろうか? 一体、何 なのだろう?」
祐貴の顔が浮かんだ……でも、この事も祐貴には話せない……岡田が絡んで いるから。 そして……もう一つ…… 「省三の仕業の可能性もあるし、岡田が本当の事を言っていない可能性もある」
突然、携帯電話が鳴った。 里佳子は飛びあがらんばかりに驚いて携帯に駆け寄った。 「どうした? 大丈夫だったか?」 いきなり岡田の心配そうな声が耳に飛び込んで来た。 「私は大丈夫です。社長は大丈夫ですか?」
「僕は問題ない。ちゃんと戸締りはしたか? ベランダの窓もちゃんと鍵をか けろよ。何かあったら直ぐに連絡しなさい。明日は仕事か?」
多分岡田は、父親が娘を心配するような気持ちで里佳子の事を思ってくれて いるのだろうが、不安な気持ちと同じ分だけ、岡田の心配が鬱陶しく感じた。
最近、自分の中で疑惑が広がり、それが核心に近づいて来たように感じて、 毎日心の中で葛藤し、不安な日々を送っていた。そして……今の出来事。
里佳子はもう自分が抱えられる許容範囲を遥かに超えていて、かなり参って いた。 「それでもこの事だけは祐貴には話せない。それに、また祐貴への秘密が一つ 増えた……」
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