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作品名:少年Jの物語 作者:ideseka

最終回   1
 窓の外を鳥が次々と飛んで行く。一匹……。二匹……。どこへ向かって行くのだろう。
 閑話休題。
 人には、それぞれ、超えてはならない「分限」のようなものがあると思う。例えば、人は、神にはなれない。この世の全てを創り出し、全てを思い通りに動かして。独裁者。一国全てを支配する。天下統一。時代が違う。地球上、全ての国家を統一し、理想の世界を創るのだ。それでも、人は、決して神になることなどはできないのだ。
 できるなら、「この世」の、外へと出たいのだ。ビッグバンによって始まったと言われる、無限に広がるこの宇宙、さらに外側の世界へと出たいのだ。そこには何があるのだろう。もしくはそこには人がいて、巨大な巨大な人がいて、それこそ神のような視点を持って、この宇宙、この世の中を、観察しているかも知れないのだ。「超越」。宇宙の外へと抜け出ること。できるなら、「この世」の、外へと出たいのだ。

 香厳和尚云く、「人の樹に上るが如し。口に樹枝を啣み、手に枝を攀じず、脚は樹を踏まず。樹下に人有って西来の意を問わんに、対えずんば即ち他の所問に違く、若し対えなば又た喪失失命せん。正恁麼の時、作麼生か対えん」。(「無門関」五 より)

 少年は、他人の秘密を垣間見ることが好きだった。子供の頃からそうだった。少年は、大人しいタイプの子供だった。幼稚園に行っても、小学校に行っても、多少、大袈裟な表現をするならば、先生や友だちと一言も会話を交わさない日など、いくらもあった。家庭の中でもそうだった。父親は仕事が忙しく、少年の傍にいることは殆どなかった。母親は、少年と同じく、大人しいタイプの人間だった。だから、少年と母親は、二人切りで家の中にいる場面でも、お互いに何らの干渉もせずに、会話もなく、数時間でも一緒にいることができたのだ。
 母親は新聞を読んでいた。テーブルに新聞を大きく広げて、いつまでも黙々と読んでいた。少年も新聞を読みたかった。スポーツ欄とテレビ欄くらいしか読む箇所はないが、何となく、母親に新聞を独占されていることが嫌だったのだ。それでも少年は、何も言わない。「どうせ、スポーツ欄とテレビ欄くらいしか読まないんだから、いいじゃない」。絶対に、このように言われるに決まっているから。図星だし。だから、少年は、母親が新聞を読んでいる時には、自分の部屋に引き籠り、勉強をするのだ。
 少年の両親は、少年に、いわゆる、玩具、と、いった類のものを与えなかった。子供の頃からそうだった。少年と同年代の友人たちは、ミニチュア模型の車やら電車やら、女の子ならばぬいぐるみ、小学生くらいになるならば漫画やテレビゲームに到るまで、少年の両親は、そのような類の娯楽商品を、殆ど与えることはなかったのだ。幸か不幸か、だからこそ、少年は、勉強をした。勉強以外に、特にやることがなかったから。テレビもなかった。テレビは母親の目の前にあった。新聞を広げて。母親は、ニュース以外には殆どテレビを見ない。だから、少年は、テレビ番組にも全く興味がなかった。だからこそ、少年は、勉強をした。他に興味を惹かれる事象がないならば、勉強も特段、苦痛ではない。だからこそ、少年は、学校の中でも、優等生的な存在でいられたのだ。
 とは言え、時には、少年も飽きる。同じことばかり続けていては、少年も飽きる。数学をやって、英語をやって、古文やら何やら、生物、日本史、etc、さすがに少年も飽きてくる。そのような時に、少年は、他人の秘密を覗くのだ。父親の部屋へと入り込む。こっそりと。母親は新聞を読んでいる。音を立てずに。父親の部屋へと入り込む。仕事部屋。あちこちに、書類が山のように積んである。机にも本が積んである。専門書。少年は、父親の部屋に入っただけで、書類の山に囲まれた、薄暗い空間にいるだけで、何となく、少年は、父親の秘密を垣間見ることができたような、不思議な気分になるのだった。世界が違う。別の空間。異空間。母親が新聞を読んでいる世界とも違う、少年が勉強をしている世界とも違う、父親だけが持っている秘密の世界。少年の気分は高揚した。だからこそ、少年は、父親の机の引出しまでも開けたのだ。そこにはさらなる異空間。引出しを開ける少年の視点。引出しの中の小さな世界。まるで宇宙を外側から見ているような感覚で、少年は引出しを開けるのだ。自分だけが支配できる、小さな世界。もしくは神にもなれそうな。そんな錯覚。だからこそ、少年は、他人の秘密を垣間見ることが好きだったのだ。

 少年は、教室の隅に立っていた。箒を持って立っていた。窓の外を鳥が次々と飛んで行く。一匹……。二匹……。どこへ向かって行くのだろう。
 閑話休題。
 小説を読むための方法論には、二つの種類があると思う。大きく分けて。一つは、登場人物の誰か一人の立場に立って、もしくはその人物に入れ込んで、読者であるはずの自分自身が、まるで、小説の中の世界に入り込んでしまったかのような感覚で、別の世界、小さな世界へと入り込む、「この世」の、ことなどは暫く忘れて、自分が樹木を口でくわえて、自分が質問をされているかのような感覚で、『達磨がインドからやって来た理由は何ですか〜〜?』、え〜〜! 言葉で答えたら木から落ちるし、どうしよ〜〜う! どうしよ〜〜う! とは言え、答えないわけにもいかないし〜〜! と、いった感覚で読む方法。
 小説を読むための方法論には、二つの種類があると思う。大きく分けて。もう一つ。小説の世界の外に出て、それこそ、まさしく、宇宙を外から眺めているような感覚で、いわゆる、「作者」の、立場に立って。そもそも、これは、公案なのだ。参禅者に対して、座禅工夫させるための、難問なのだ。参禅者。読者は、小説の中にある小さな世界。そこから「超越」しなければならないのだ。いわゆる、「作者」の、立場に立って、外から俯瞰してやらねばならないのだ。まさしく、それは、鳥の視点。鳥が我々を眺めるように。小説の中の小さな世界を、外から眺めてやらねばならないのだ。

 和尚が言った。「木の上に上っている人がいる。口には枝を噛んでいる。手には枝など掴まずに、脚も木からは離れているのだ。その時、木の下に人が現れて、『達磨がインドからやって来た理由は何ですか〜〜?』と、でも、問うたなら、答えなければ相手に失礼で、答えたら木から落下する。そのような場面に遭遇したなら、一体どうすればよいのだろう」。(「無門関」五 より)

 少年は、引出しを開けていた。父親の引出しを開けていた。他人の秘密を垣間見ることができるから。父親の引出しの中には、写真があった。奇妙な写真。父親の秘密。だからこそ、少年は、学校の中でも、クラスメートの机の中を、ひっそりと探っていたのだった。
 少年の二つ前の席にいたのは、男子だった。机の中。何も入ってはいなかった。真っ暗な、空洞。つまらない奴。とは言え、それも、逆の発想。もしくは、それが、その席の男子が隠し持つ、ある種のアイデンティティーであるのかも知れなかった。何もない。机の中には何もない。恐らく、彼は、人生にも何もないのだろう。希望もない。夢もない。生きることにも意味がない。だからこそ、彼は、机の中も空っぽなのだ。空洞の人生。思えば、そんな内容の古典の書物があったなぁ……。「なすこともない所在なさに、終日、硯に……」。少年は、勉強以外に為すことを知らない。だからこそ、古典に関する知識は、ピカイチだった。「徒然草」。数日後、少年は本屋に行って、「徒然草」を、一冊、買ってきた。図書館で借りようとも思ったが、返却の義務が生じるし、匿名で借りることはできないし、少年は、本屋で「徒然草」を、買って、数日後、少年の二つ前の席の男子の空っぽの机に、誰もいない放課後の教室に一人切り、ひょいっ、と、投げ込んでいたのだった。
 少年の一つ前の席にいたのも、男子だった。そいつの引出しは、対照的に、教科書やら筆記用具やら、さらには使用済みのちり紙やらハンカチやら、いかにも不衛生な感じの机だった。いかにも思春期の少年らしいというべきか。いやいや。こんなにも汚い机を持つのは、クラスでも、そいつ一人くらいのものだろう。少年は机の中を覗き込む。奥までは見えない。誰もいない放課後の教室。机の中身を全て外へと引き出して、そいつの秘密を垣間見る。少年は、それを、実行した。取り敢えず、まずは、教科書やら本の類を引き出した。さらには筆記用具、ホッチキスやら、セロテープやら、三角定規の類を取り出した。その時だった。少年は、そいつの机の中に、底面にへばりついてでもいるかのような、一冊の書物を発見した。「五輪書」。少年は、その書物を、知らなかった。教科書には出てきていなかったから。少年は、解説を読んでみた。宮本武蔵の「五輪書」。いわゆる、それは、剣術指南の本だった。さらには、それは、精神修養の本でもあった。失笑……。失笑……。最近の会話を思い出す。「今日も父親に殴られたぜ〜〜」「最悪だぜ〜〜」……。劣等感。そいつは、恐らく、父親に対する、露骨な劣等感を持っていたのだ。強くなりたい。だからこそ、そいつは、「五輪書」など、を、持っていたのだ。失笑……。失笑……。少年は、思う。今度、掃除の時間にでも(掃除の班編成は、少年と、少年の二つ前の席の男子、少年の一つ前の席の男子、少年の一つ後ろの席の女子、の、四人だった)、「おや〜〜? こんな本があるぞ〜〜」と、でも、言いながら、「五輪書」を、提示してやろう。そいつの秘密。「五輪書」。みんなに暴露してやろう。そいつはどんな顔をするだろう。もしくは、ひょっとこのような顔をして驚くか。なかなかの見物だ。少年は、思わず、微笑んだ。そうして、誰もいない放課後の教室に一人切り、少年は、「五輪書」を、右手に抱え上げ、秘密の暴露の練習を、何となく始めていたのだった。
「おや〜〜? こんな本があるぞ〜〜」
「おや〜〜? こんな本があるぞ〜〜」
「おや〜〜? こんな本があるぞ〜〜」
 ……。

 少年は、教室の隅に立っていた。バケツを持って立っていた。窓の外を鳥が次々と飛んで行く。一匹……。二匹……。どこへ向かって行くのだろう。
 閑話休題。
 ポイントは。二者択一。相手の質問に答えなければ、相手に対して失礼で、相手の質問に答えたならば、即座に木から落下する。どちらを取るか。どちらも取れない。それならば……。世界の外に逃げるのだ。口には枝を噛んでいる、そんな自分を超越し、世界の外へと超越し、作者や読者の視点に立って、鳥の視点、もしくは、神の視点、この公案の真の目的は何なのか。「世界」を、意識させること。「超越」を、意識させること。今この世界だけが全てではなくて、香厳和尚のいる世界、木にぶら下がり、「達磨がインドからやって来た理由は何ですか〜〜?」と、質問をされてしまう奇妙な世界、いくつも、いくつも、世界があって。今の世界。そこから超越しなければならないのだ。それが、悟り。世界が広がるビッグバン。無限に世界は拡大し、自分は外から眺められ、どこまでも、延々と、超越の連鎖が続いて行くのだ! マクロに。マクロに。そこにこそ、今この世界での悩みを超えた、新しい自分が存在するのだ。

 香厳和尚云く、「人の樹に上るが如し。口に樹枝を啣み、手に枝を攀じず、脚は樹を踏まず。樹下に人有って西来の意を問わんに、対えずんば即ち他の所問に違く、若し対えなば又た喪失失命せん。正恁麼の時、作麼生か対えん」。(「無門関」五 より)

 少年の一つ後ろの席にいたのは、女子だった。女子の机を覗くのは、男子の机を覗くより、多少の罪悪感を伴うのだった。秘密を覗く。その子の全てを知るかのような、罪の意識。それでも、少年は、その子の机の中を覗くのだった。
 少年は、引出しを開けていた。父親の引出し。父親の机は、仕事関連の書類ばかりで、山のように埋め尽くされていた。百科事典のようにやたらと分厚い専門書。文書のコピー。そんな机の引出しを、少年は無断で開けたのだ。鍵のない引出し。そこには父親の秘密があった。一枚の写真。
 少年は、机の中を覗き見た。少女の机。真っ暗な机の引出しの真中に、一冊の本が、無造作に、セザンヌの絵画の静物のように、奇妙な存在感を放ちつつ、一冊の本があったのだった。少年は、それを、取り出した。「春琴抄」……。それは、谷崎潤一郎の小説だった。
 父親の机の中には、写真があった。裸の女性が、縄で体を縛られて、縄で後ろ手に縛られて、宙空に吊り下げられている写真だった。女性の顔は、苦悶だった。苦しむ女性の表情が、その写真に、何やら、奇妙な感じ、敢えて言うなら、芸術的な雰囲気さえ、どことなく漂わせていたのだった。
 その時だった! 少年は、背後に視線を意識した。教室の外から。廊下から。少年は迷った。後ろを振り返るべきなのか。少年の手には、「春琴抄」。少女の机を弄っていたことの証拠だった。無限のような一瞬間。少年は、後ろを振り返る。そこには、まさに、「春琴抄」。その持ち主の、少年の一つ後ろの席にいる、彼女が立っていたのだった。
 少年は、思った。父親は、その写真をどこで撮影したのだろう。裸の女性を後ろ手に縛り上げたのは、父親に間違いないだろう。取り敢えず、女性が、母親でないことだけが救いだった。救いだった? どちらでもよい。写真の女性が母親だろうが、少年には、極めてどうでもよいことだった。父親の秘密。もしくは、それは、秘密でも何でもないことなのかも知れなかった。鍵も掛かっていない引出しに。無造作に、もしくは、これ見よがしに置かれていたのだ。
 少女は、無言で立っていた。机の中を覗かれて。現行犯。ここでは、仮に、少女K、と、でも、名付けよう。少年は、無言の質問を感じていた。何してるの? 何してるの? 何してるの? ……。
 少年は、迷った。父親の写真を、自分はどうするべきなのか。答えはなかった。迷えば迷うほど、深みに嵌ってしまうのだ。外に出る。引出しの世界から、外に出るのだ。少年は、父親の写真を引き出しに入れて、父親の部屋から、ひっそりと外へと出たのだった。
 少年は、迷った。少女Kの姿を前にして、自分はどうするべきなのか。外に出る? どこに出る? 教室のドアには、少女Kの姿があるのだった。少年は出口を塞がれた。外に出ることなどはできなかった。少女K。いつからその場にいたのだろう。少年が少女Kの机の中を覗いていた瞬間から。少年が一つ前の席の少年の机の中を覗いていた瞬間から。もしくは、彼女は、少年が二つ前の席の少年の机の中を覗いていた瞬間から、全てを見守っていたのかも知れなかった。物語の中にいる、登場人物でも見るように。机の中を覗いている少年の姿を、神のように、外の世界から観察していたのかも知れなかった。少年は、彼女に、見られていたのだ。他人の秘密を垣間見ているような積りになって、その実、少年の方が、見られていたのだ。何とも情けない状況だった。少年には、もはや、言葉はなかった。今更、少女に、言い訳を提示したところで何になろう。少年には、少女がその場を立ち去る場面を待つしかなかった。「春琴抄」。その手に持って。
 少女は、ひっそりと、その場を立ち去って行ったのだった。

 窓の外を鳥が次々と飛んで行く。一匹……。二匹……。どこへ向かって行くのだろう。
 少年の物語は、着々と、悲惨な結末へと向かって行った。少女は全てを見ていたのだ。そうして、少女は、全てをすっぱ抜いたのだ。
 掃除の時間。少年は、箒を持って立っていた。窓際にひっそりと立っていた。少女が言った。「こいつさ〜〜。他人の机、勝手に覗いてやがってさ〜〜。この前の放課後。最低だよな〜〜。絶対、制裁が必要だよな〜〜」。絶体絶命。少年の顔は、青ざめた。掃除の班編成は四人だった。少年を除き、三人ともが、少年に机の中を覗かれた者たちだった。「徒然草」、「五輪書」、「春琴抄」……。空間が歪む、と、少年は思った。三名の男女が、少年に向かって歩みを進めていたのだった。教室の三方から寄って来る。窓際の少年に向かって寄って来る。窓の外を鳥が次々と飛んで行く。一匹……。二匹……。少年は、空は飛べなかった。逃げ場は、ない。少女が真っ先に寄って来た。箒を持って。「おいや〜〜!!!!」。少女は、箒を、まるで薙刀のような感覚で、少年の脇腹を突いて来た。ドスッ! 箒の柄が少年の脇腹に食い込んだ。悶絶! 悶絶! 少年は箒を放り出す。脇腹を抱えてしゃがみ込む。苦悶の表情。少女は不敵な笑いを浮かべた。他人の苦悶の表情は、人を喜ばせるものなのだ。少女は、さらに、突いて来た。ドスッ! ドスッ! 背中に箒が突き刺さる。さらには、残りの男子だろう。ボコッ! ボコッ! 少年の背中を、ボコ〜〜ッ! ボコ〜〜ッ! 箒で殴りつけてきたのだった。
 少年は、ようやく、立ち上がる。このまま丸まっていたならば、延々と殴りつけられることだろう。少年の脳裏に、イジメ……。イジメを受けないための方法論は、相手に対して徹底的にやり返す以外に術はない。相手と対等な立場を勝ち得る以外、イジメを受けない術はないのだ。一対三。とは言え、それは、極めて困難な状況だった。箒を持った三名の男女を前にして、一体、どうすればよいのだろう……。
 少年の目の前には、バケツがあった。バケツを、取る? いやいや、それは、無駄だった。バケツなど、相手の攻撃を防ぐ程度にしか役に立たない。たとえ、頭にかぶっても。それならば……。少年は、箒を取っていた。少年は、先刻放り出していた、自分の箒を取っていた。そうして、闇雲に、振り回す。少年の箒は、男子の箒、さらには少女の薙刀をも掻い潜り、まさしく稲妻のような感覚で、三名の男女に見事に命中したのだった。
「痛っ!!!」「痛〜〜い……」。

 和尚が言った。「木の上に上っている人がいる。口には枝を噛んでいる。手には枝など掴まずに、脚も木からは離れているのだ。その時、木の下に人が現れて、『達磨がインドからやって来た理由は何ですか〜〜?』と、でも、問うたなら、答えなければ相手に失礼で、答えたら木から落下する。そのような場面に遭遇したなら、一体どうすればよいのだろう」。(「無門関」五 より)

 少年は、思った。クラスメートがイジメられています。イジメを止めよう! と、でも、するならば、あなたがイジメられるかも知れません。イジメに加担するならば、道義に悖ることでしょう。一体、どうすればよいのでしょう。……。二者択一。世界の外へと、出たいのだ。イジメの存在する空間を超えて、世界の外へと出たいのだ。とは言え、それは、極めて困難な状況だった。「超越」。人は、神にはなれないのだ。自分の存在する世界を超えて、全てを俯瞰することなどはできないのだ。マクロに。マクロに。それは、違う。マクロも確かに重要なのだが、一方、ミクロも重要なのだ。世界の中へと入り込む。どこまでも、どこまでも、悩むのだ。二者択一。どちらの選択も、誤りだった。それではどうすればよいのだろう。第三の選択。傍観者。もっとも安易な選択だった。もっとも安全な選択だった。傍観者。本当のことを言うならば、イジメは続いて欲しいのだ。自分がターゲットにさえならないならば……。他人の苦悶の表情は、人を喜ばせるものなのだ。だからこそ、イジメは続くのだ。誰かがイジメられている限り、残りの人間は安全なのだ。少年がイジメられている限り、三人の男女は安全なのだ。
 閑話休題……。
 閑話休題……。
 閑話休題……。
 だからこそ、少年は、嫌というほど、箒を振り回し続けることになったのだった。

〈了〉


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