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作品名:広がる世界 作者:空谷 碑路

第13回   第壱参話「時間」
気分も晴れ、今は何でもできるような気がする。
実際、子供の頃から学生時代まで、見るより先に行動してた。
でも、社会人になって、色々な責任が肩にのしかかり、新しい事へ挑戦する意欲が、なくなってきてたような気がする。
別に社会のせいではないと思うけど、自分自身が勝手にレールをしき、その上に乗って歩んでいけば楽だと知ってしまったんだ。
気がつかないうちに。
とにかく、明後日までは自由だ。
後の事は、その時に考えればいい。
まず初めに俺がしたのは、昨日ミルが焦がしたカーペットの交換と、部屋の掃除だった。
料理は好きだけど、掃除は今まで苦手で、重い腰が上がらないとなかなかしなかった。
好きな事は今まで以上に好きになって、嫌いな事は避けるのではなく、うまく付き合っていこう。
そう考えたら、掃除も苦ではなくなった。
ぶつぶつ言いいながらも、ミルも手伝ってくれている。
季節外れの大掃除も夕方には終わり、あらためて部屋に入ってみると、自分の部屋じゃないように見えた。
窓を全開に明け、夕日を眺める。
子供の頃見た夕日と、同じ感覚がした。
自分とミルの煙草に火を付け、沈むまで黙って夕日を眺めた。
「ミル、本の続きを読んでいいか?」
窓を閉めながら俺は言った。
「いいけど。せっかく気分がよくなったのに、これ読んでまた気持ちを落ち込ませなくても、いいんじゃないか」
「まぁ、それもそうかもしれないけど、今、読まなくちゃいけない」
「本人が、そう言うならいいけど」
ミルは自分の吸っていた煙草を消し、読んだところまでのページを開いてくれた。
「ありがとう」
俺はそう言うと、自分の物語の続きを読み始めた。
今までは読んでいると、辛かったり、無理やり読んだりしてたけど、今はそんな感じはしない。
人間とは不思議なもので、気の持ちようでいやな事でも、自然と受け入れる事ができる。
それだけ、自分を見つめる余裕ができたのかもしれない。
考えれば、ミルが来るまでは、心の余裕なんてなかった。
それどころか、無理やり余裕をつくったり、現実から逃げる事で、自分を安定させていたのかもしれない。
そんな自分自身に、疲れていた事も気付かずに…。
1時間ほどで、本は読み終わった。
自分が何をしてきて、これから何をすればいいのか、わかってきたような気がする。
気がするだけで、これから今まで感じ取った事を、実行するのは難しいかもしれないけど、今の自分ならできそうな気がした。
読み終わった事をミルに言おうとしたが、寝てしまったようだ。
「色々小さい体で今日は手伝ってくれたからな」
そう言うと俺も、眠くなってきたので、寝る事にした。
次の日…。
気がつくと、昼になっていた。
一瞬、遅刻か?!と、思ったが、昨日有休休暇を出した事を思い出し、煙草に手を出した。
煙草に火を付け、一服するとミルがいないことに気がついた。
また、テレビでも見てるのかと思い、隣の部屋に行く。
案の定テレビを見ていた。
しかも、情報番組を。
「まったく、相変わらずだな」
そう言うと俺は、ミルに煙草を渡し火を付けた。
「ふぅー。うまいな」
そして、自分の煙草にも火を付けた。
無言のまま時間が過ぎていく。
ただ動いているのは、テレビの中の人と、煙草の煙だけだ。
そんな緩やかな時間が流れる中、ふと俺は思った。
1週間の期日は明日、その後ミルはどうするんだ?
最近はあまりにも普通にいすぎて、考えた事もなかったが、いずれ、本人から言ってくるだろうと思い、俺は考えるのをやめ、今過ぎる時間を楽しんだ。
しかし、その疑問はすぐに解決された。
「読み終わったか?」
「なんとか」
「じゃ、約束通り、やり直したい時間に戻してやる。と、その前に、わかっていると思うが、やり直したところから帰ってきたら違う人生が始まる。そして、その時には俺はもういない」
「あぁ。わかってるよ」
「簡単に言うな。まぁ、煙草がうまかったぜ」
「俺も楽しかったよ」
「じゃあ音浦 秋に聞くが、戻りたい時間はいつだ?」

                                つづく


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