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作品名:広がる世界 作者:空谷 碑路

第11回   第壱一話「遠足」
いつもと変わらない朝と言いたい所だが、そうも言えない。
なにせ、あのミルを会社に連れて行かなくてはいけないから。
自分で言ったものの、だいぶ不安だ。
本人は、遠足でも行くような感じであるが、本当に会社というところがわかっているのだろうか?
一応、どんなところか説明したのだが・・・。
「おい、秋。ナシゴレンはおやつに入るのか?」
などと、言っている。
本当に大丈夫であろうか。
そもそも、どこそんな冗談を、どこで覚えてきたのだろうか。
しかも、ナシゴレンをおやつと言うセンス、訳がわからない。
俺は気を取り直してこう言った。
「ミル…。ナシゴレンって、梨が五連串刺しになってるものじゃないぞ」
「?!……そうだったのか。じゃあ…」
「おやつは持って行かない。もう時間だから行くぞ」
そう言うと俺は、渋るミルをバックの中に入れて会社に向かった。
車中、俺がため息混ざりで運転した事は言うまでもない。
いつもの様に午前中は終わった。
流石に昨日あれだけ怒ったので、ミルも静かだった。
昼休みになると、俺は飯も食わずに、ミルに煙草を吸わせた。
俺も、ミルも、煙草の禁断症状がでて、早く煙草が吸いたかったからだ。
こういうところは似てるんだよな。
それに、早目に行かないと人が来て、ミルが煙草を吸うことができなくなってしまう。
「ふぅー、うまいぜ。労働後の一服は、特にだ」
「お前は、働いてないだろ」
「いや、あんな狭くて暗いところにずっと居るんだぜ。肩はこるし。息も詰まる」
確かに、息は詰まるかもしれないが、肩はこらないだろう。
そんな馬鹿な事を考えていたら、ミルは話を続けた。
「なぁ、秋。ひとつ相談があるけど、いいか?」
「なに?」
俺は煙草を消しながら言った。
「さっきも言ったけど、鞄の中は辛い。で、だ。せめて机の上に居てもいいか?俺の見かけは本だし、絶対に怪しまれない」
俺は少し考えた。
「まぁ、そうだけど。確かに鞄の中は辛いよな…。多分、大丈夫だと思うけど、問題はそこじゃないんだよ…」
ミルと自分に、新しい煙草をつけながら俺は言った。
「問題がそこじゃない?もったいぶらないで言えよ」
「じゃあ、聞くけど、お前机の上にいて、多少しゃべってもいいけど、じっとしていられるか?」
「俺も漢だ。大丈夫!」
男・・・。
しかも、自分で「漢」だって言っている。
性別まで考えた事はないけど、それにしても朝から変なことばかり言う。
でも、どこかで聞いたことのあるセリフが多い。
いったいなんだっけ?
「………!」
そうか、俺の持っている漫画本のセリフだ。
確か、子供の頃好きだった漫画が押入れの中に入ってたな。
それで昨日は、寝室から出てきたのか。
子供の頃は、よく押入れにあった本とか読んでたっけ。
何時の頃からだろう、漫画も読まなくなったのは。
「秋?」
「!」
俺は、ミルの一言で我に帰った。
そんな事をしているうちに、昼食をすました同僚達が、喫煙所にやってきた。
俺は、慌ててミルの煙草を消し、同僚に軽い挨拶を交わして、自分の机に戻った。
戻ってきたものの、さっきの事をミルに返事をしてない事を思い出し、俺は無言のまま、ミルを机の上に出した。
するとミルは小声で、
「ありがとう」
と、言った。
なんだか、社内恋愛をしてるような、変な気分だ。
でも、相手が本じゃ…。
そんな気持ちをかき消すように、俺は目の前にある書類に向かった。
はじめに言っておくと、これが間違いの始まりだった。

                               つづく


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