いつもと変わらない朝と言いたい所だが、そうも言えない。 なにせ、あのミルを会社に連れて行かなくてはいけないから。 自分で言ったものの、だいぶ不安だ。 本人は、遠足でも行くような感じであるが、本当に会社というところがわかっているのだろうか? 一応、どんなところか説明したのだが・・・。 「おい、秋。ナシゴレンはおやつに入るのか?」 などと、言っている。 本当に大丈夫であろうか。 そもそも、どこそんな冗談を、どこで覚えてきたのだろうか。 しかも、ナシゴレンをおやつと言うセンス、訳がわからない。 俺は気を取り直してこう言った。 「ミル…。ナシゴレンって、梨が五連串刺しになってるものじゃないぞ」 「?!……そうだったのか。じゃあ…」 「おやつは持って行かない。もう時間だから行くぞ」 そう言うと俺は、渋るミルをバックの中に入れて会社に向かった。 車中、俺がため息混ざりで運転した事は言うまでもない。 いつもの様に午前中は終わった。 流石に昨日あれだけ怒ったので、ミルも静かだった。 昼休みになると、俺は飯も食わずに、ミルに煙草を吸わせた。 俺も、ミルも、煙草の禁断症状がでて、早く煙草が吸いたかったからだ。 こういうところは似てるんだよな。 それに、早目に行かないと人が来て、ミルが煙草を吸うことができなくなってしまう。 「ふぅー、うまいぜ。労働後の一服は、特にだ」 「お前は、働いてないだろ」 「いや、あんな狭くて暗いところにずっと居るんだぜ。肩はこるし。息も詰まる」 確かに、息は詰まるかもしれないが、肩はこらないだろう。 そんな馬鹿な事を考えていたら、ミルは話を続けた。 「なぁ、秋。ひとつ相談があるけど、いいか?」 「なに?」 俺は煙草を消しながら言った。 「さっきも言ったけど、鞄の中は辛い。で、だ。せめて机の上に居てもいいか?俺の見かけは本だし、絶対に怪しまれない」 俺は少し考えた。 「まぁ、そうだけど。確かに鞄の中は辛いよな…。多分、大丈夫だと思うけど、問題はそこじゃないんだよ…」 ミルと自分に、新しい煙草をつけながら俺は言った。 「問題がそこじゃない?もったいぶらないで言えよ」 「じゃあ、聞くけど、お前机の上にいて、多少しゃべってもいいけど、じっとしていられるか?」 「俺も漢だ。大丈夫!」 男・・・。 しかも、自分で「漢」だって言っている。 性別まで考えた事はないけど、それにしても朝から変なことばかり言う。 でも、どこかで聞いたことのあるセリフが多い。 いったいなんだっけ? 「………!」 そうか、俺の持っている漫画本のセリフだ。 確か、子供の頃好きだった漫画が押入れの中に入ってたな。 それで昨日は、寝室から出てきたのか。 子供の頃は、よく押入れにあった本とか読んでたっけ。 何時の頃からだろう、漫画も読まなくなったのは。 「秋?」 「!」 俺は、ミルの一言で我に帰った。 そんな事をしているうちに、昼食をすました同僚達が、喫煙所にやってきた。 俺は、慌ててミルの煙草を消し、同僚に軽い挨拶を交わして、自分の机に戻った。 戻ってきたものの、さっきの事をミルに返事をしてない事を思い出し、俺は無言のまま、ミルを机の上に出した。 するとミルは小声で、 「ありがとう」 と、言った。 なんだか、社内恋愛をしてるような、変な気分だ。 でも、相手が本じゃ…。 そんな気持ちをかき消すように、俺は目の前にある書類に向かった。 はじめに言っておくと、これが間違いの始まりだった。
つづく
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