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作品名:広がる世界 作者:空谷 碑路

第10回   第十話「煙草」
部屋に入ってみると焦げ臭かった。
「今朝、確かに煙草の吸殻を、捨てたはずなのに、何故?」
そう呟くと、台所に行き灰皿を確認したが、朝と変わらない所に置いてあり、焦げた臭いもしなかった。
俺は部屋に行きながら、まさかと思った。
「!」
案の定、そのまさかであった。
いつもミルが居る所が焦げていて、本の燃えカスまで落ちている。
「あれほど火には気をつけろって言ったのに…。しかも、自分で火気厳禁とか言っておきながらなんだよ……」
俺は力無く、ミルが燃えた場所に座り込んだ。
「やっぱり、連れて行けばよかった…」
そう後悔しても始まらない。
数日であるが、ミルと過ごした事を思い出していく。
正直、はじめは辛かった。
でも、いつも側に居て、馬鹿な事を言い合ったり、親兄弟のような、恋人のような、友達のような感じがしてきた。
そんな不思議な関係だったけど、ミルが来てからは、色々な事を思い出したりして、刺激のある日々になってきた。
あの時に煙草なんかすすめなければよかった。
そんな事を思っても、ミルは戻らない。
俺は力無く立ち上がり、ミルの焼け跡を片付ける事にした。
片付けている最中も、ここ数日の事を思い出してしまう。
俺は、思い出さないように無心にかたづけた、するとあることに気がついた。
なぜかカーペットがぬれている。
「?」
よく見ると、濡れているのは焼け跡周辺、後は台所に向かって点々と濡れていた。
「なんだ…この水の雫が落ちたような後は?」
台所に行ってみても、さっぱり見当もつかない。
首をかしげて考えていると、寝室から聴きなれた声がしてきた。
「おう秋。おかえり」
それは、紛れも無くミルだった。
「ミル!お前燃えたんじゃなかったのか?」
「何の事だ?………あぁ、あれか。悪い焦がしちまった」
ばつが悪そうにミルは言った。
そして、言葉を続けた。
「あんまり退屈だったから、本でも読もうとしたんだ。それで、煙草を吸いながら読んでたら、煙草を本に落としちゃって…。でも、一生懸命消したんだぜ」
本が本を読むことにも呆れたが、いつも火には気をつけろといった事をまったく理解していない。
一応は火を消そうとしたから、理解はしているんだろうけど、理屈にならない理屈が、俺の頭の中をぐるぐる回る。
そして、その回転が頂点に達した時、怒りに変わった。
自慢ではないが、俺はここ数年怒った事はない。
若い頃とは違って、怒る事でも力を使うからだ。
そんな事に力を使うなら、他の方に使ったほうがましだと考えている。
なので、怒りの力は自分の想像を絶するものであった。
普段あげあしをとるミルも、何もいえない状態が一時間程続いた。
言う事も散々言ったので、少し心が落ち着いた俺は、何で本に説教なんかしてるのかと思った。
しかも、聞いてるか、聞いていないかわからない本に。
気を取り直して俺は、やわらかい口調でミルにこう言った。
「まぁ、今回はこの程度で済んだからいいけど、明日から俺と一緒に会社にいってもらうからな。それと、会社では静かにしている事。いいね」
「おっ、おう。わかった」
その返事を確認すると、疲れがどっとでた。
腹もすいてきたので、買ってきたコンビニの弁当を食べ、ミルと煙草を吸いながらテレビを見たら、ミルから話し掛けてきた。
「悪かったよ…。もう少し現代の人間社会を理解するべきだった。」
少し引きずっているようだ。
まぁ、無理も無いか。
「秋…。続き読まないのか?」
俺の返事を待たず言葉を続けた。
「……俺も無茶苦茶怒って悪かったよ。でも、ミルがした事は本当に危ない事だから気をつけてくれ。火事や、事故で人が死ぬって事は本当に哀しい事なんだ。そうでなくても、最近は変な事件が多くていっぱい人が死んでるんだから」
「人が死ぬって事はそんなに悲しいことなのか?」
「うーん。言葉では哀しいっていうけど、失った人にとっては言葉ではいいあらわせない事だな」
「そうなのか…」
そんな事を話していたら、高校時代に友達の彼女が病気で死んだ事を思い出した。友達から電話が来て、あいつを励まそうって事になったけど、集まっても何も言えなかった。
出る言葉も無いまま、時間だけが過ぎて、あいつから言葉を切り出した。
「もう大丈夫だから…帰るよ」
俺たちは引き止めることはできなくて、何もできない自分達の無力さを感じた事があった。
・・・やっぱり変だ。
今まで思い出さなかった事を思い出していく。
最近、自分の過去を読んだから?
「秋、どうした?読まないのか」
「今日は、お互い疲れたからいいや。明日読むよ」
そう言うと俺は、部屋の電気を消し眠った。
嫌な事ばかりだと思っていたけど、本当は今の自分があるために大事な事だったのでは?
心にそんな事が思い浮かんだ。

                               つづく


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