部屋に入ってみると焦げ臭かった。 「今朝、確かに煙草の吸殻を、捨てたはずなのに、何故?」 そう呟くと、台所に行き灰皿を確認したが、朝と変わらない所に置いてあり、焦げた臭いもしなかった。 俺は部屋に行きながら、まさかと思った。 「!」 案の定、そのまさかであった。 いつもミルが居る所が焦げていて、本の燃えカスまで落ちている。 「あれほど火には気をつけろって言ったのに…。しかも、自分で火気厳禁とか言っておきながらなんだよ……」 俺は力無く、ミルが燃えた場所に座り込んだ。 「やっぱり、連れて行けばよかった…」 そう後悔しても始まらない。 数日であるが、ミルと過ごした事を思い出していく。 正直、はじめは辛かった。 でも、いつも側に居て、馬鹿な事を言い合ったり、親兄弟のような、恋人のような、友達のような感じがしてきた。 そんな不思議な関係だったけど、ミルが来てからは、色々な事を思い出したりして、刺激のある日々になってきた。 あの時に煙草なんかすすめなければよかった。 そんな事を思っても、ミルは戻らない。 俺は力無く立ち上がり、ミルの焼け跡を片付ける事にした。 片付けている最中も、ここ数日の事を思い出してしまう。 俺は、思い出さないように無心にかたづけた、するとあることに気がついた。 なぜかカーペットがぬれている。 「?」 よく見ると、濡れているのは焼け跡周辺、後は台所に向かって点々と濡れていた。 「なんだ…この水の雫が落ちたような後は?」 台所に行ってみても、さっぱり見当もつかない。 首をかしげて考えていると、寝室から聴きなれた声がしてきた。 「おう秋。おかえり」 それは、紛れも無くミルだった。 「ミル!お前燃えたんじゃなかったのか?」 「何の事だ?………あぁ、あれか。悪い焦がしちまった」 ばつが悪そうにミルは言った。 そして、言葉を続けた。 「あんまり退屈だったから、本でも読もうとしたんだ。それで、煙草を吸いながら読んでたら、煙草を本に落としちゃって…。でも、一生懸命消したんだぜ」 本が本を読むことにも呆れたが、いつも火には気をつけろといった事をまったく理解していない。 一応は火を消そうとしたから、理解はしているんだろうけど、理屈にならない理屈が、俺の頭の中をぐるぐる回る。 そして、その回転が頂点に達した時、怒りに変わった。 自慢ではないが、俺はここ数年怒った事はない。 若い頃とは違って、怒る事でも力を使うからだ。 そんな事に力を使うなら、他の方に使ったほうがましだと考えている。 なので、怒りの力は自分の想像を絶するものであった。 普段あげあしをとるミルも、何もいえない状態が一時間程続いた。 言う事も散々言ったので、少し心が落ち着いた俺は、何で本に説教なんかしてるのかと思った。 しかも、聞いてるか、聞いていないかわからない本に。 気を取り直して俺は、やわらかい口調でミルにこう言った。 「まぁ、今回はこの程度で済んだからいいけど、明日から俺と一緒に会社にいってもらうからな。それと、会社では静かにしている事。いいね」 「おっ、おう。わかった」 その返事を確認すると、疲れがどっとでた。 腹もすいてきたので、買ってきたコンビニの弁当を食べ、ミルと煙草を吸いながらテレビを見たら、ミルから話し掛けてきた。 「悪かったよ…。もう少し現代の人間社会を理解するべきだった。」 少し引きずっているようだ。 まぁ、無理も無いか。 「秋…。続き読まないのか?」 俺の返事を待たず言葉を続けた。 「……俺も無茶苦茶怒って悪かったよ。でも、ミルがした事は本当に危ない事だから気をつけてくれ。火事や、事故で人が死ぬって事は本当に哀しい事なんだ。そうでなくても、最近は変な事件が多くていっぱい人が死んでるんだから」 「人が死ぬって事はそんなに悲しいことなのか?」 「うーん。言葉では哀しいっていうけど、失った人にとっては言葉ではいいあらわせない事だな」 「そうなのか…」 そんな事を話していたら、高校時代に友達の彼女が病気で死んだ事を思い出した。友達から電話が来て、あいつを励まそうって事になったけど、集まっても何も言えなかった。 出る言葉も無いまま、時間だけが過ぎて、あいつから言葉を切り出した。 「もう大丈夫だから…帰るよ」 俺たちは引き止めることはできなくて、何もできない自分達の無力さを感じた事があった。 ・・・やっぱり変だ。 今まで思い出さなかった事を思い出していく。 最近、自分の過去を読んだから? 「秋、どうした?読まないのか」 「今日は、お互い疲れたからいいや。明日読むよ」 そう言うと俺は、部屋の電気を消し眠った。 嫌な事ばかりだと思っていたけど、本当は今の自分があるために大事な事だったのでは? 心にそんな事が思い浮かんだ。
つづく
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