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作品名:囲碁始めました。 作者:上坂 コウ

第7回   7
バスの中ではお互い沈黙が続いた。夢一は脚が悪いということで一人用の椅子に座らされ、琴美はその傍で手すりにつかまり立っていた。まだ一言二言くらいしか話していないのでお互いどう話を切り出して良いかわからずにいた。それでも先に琴美が話を切り出した。

「どこのバス停で降りるの?」

「川谷寺」

「じゃあ一緒だね。」

「そうなんだ。そっから近いの?」

「うん。歩いて5分くらいかな?」

「そっか。」

話が終わった。なかなか会話が続かず、またしても沈黙が流れた。お互いどうして良いかわからずそわそわしている。

「優坂さん。」

今度は夢一から話を切り出した。

「どこか部活入るとか決めた?」

「部活?うん!囲碁部に入ろうと思うの。」

「え?」

琴美が突然表情を輝かせていることに夢一は少し引いた。

「囲碁・・・部?そんなのあったっけ?」

「ある!下林くん部活一覧表とか見なかったの?」

「いや・・・たぶん見てない。」

この高校に入ったときから野球部と決めていた夢一にとって部活一覧表など興味なかった。琴美が肩に背負っていたカバンを下ろし薄い本を取出しパラパラとめくった。

「あった。」

と琴美はある1ページを夢一に見せるように見せた。たしかにそこには「囲碁部員募集」なるものが書いてあった。

「たしかにあるね・・・。」

「言った通りでしょ。私そこに入ろうと思うんだ。」

「そうなんだ・・・優坂さんは囲碁打てるんだ?」

「うん。小さい頃からよくおじいちゃんと打っててね。小学校入ってからは碁会所にもよく通ってたな。」

「碁会所?」

「お金払って囲碁を打たせてくれる場所のこと。色々な人が来るから楽しいよ。でも年配者の人ばっかだけど。」

「へぇ・・・」

夢一はさして興味なさそうに聞いていた。

「下林くんは囲碁打てる?」

「そんなの打てるわけないだろ。第一つまらないし。」

ついそう言ってしまった。悪気はなかったがその一言が急に琴美を悲しませた。そして先ほどまでの表情が一変し、そしてみるみる険しくなった。

「つまらなくない!!」

それはいきなりだった。その声はバス中に響きわたりまわりを驚かせた。運転手も驚き、あやうく隣の車とぶつかりそうになった。何とか立て直したがそれでも一歩間違えれば大事故につながるものである。しかしその中でも一番驚いたのは夢一だった。彼は口を開けっ放しにしたまま茫然と琴美を見た。琴美の顔は怒りの表情で今にもくってかかってきそうだった。バスの運転手があまり大声を出さないようにと注意のアナウンスが流れたが、琴美の耳には入っているようには見えなかった。

「囲碁はつまらなくない。」

「ご・・・ごめん。言いすぎたよ。」

「ふん。」

それからまた沈黙が流れた。今度は重い空気となった。もうそれから話すこともなくなり、お互い川谷寺でバスから降り、歩き始めた。

「さっきは本当ごめん。でも根拠がなくて言ったわけじゃないんだ。」

「どういうこと?」

琴美はまだ少しむすっとしていた。

「俺もまだ子供の頃はおじいちゃんや父さんに囲碁を打たされていたんだ。」

「え・・・」

琴美の表情が少し和らいだ。

「下林くんも囲碁打ってたの?」

「かじったくらいだけどね。おじいちゃんも父さんもそれなりに打てる人でさ。特におじいちゃんか。俺もプロの碁打ちにしたかったのか、そりゃあ毎日打ったよ。けど毎日打ってもちんぷんかんぷん。それよりも外で遊んでいるほうがよっぽど楽しくてさ。そのうちおじいちゃんも諦めたのか、打つのを止めるようになったよ。」

「そうだったんだ。そんなことがあったんだね・・・。」

琴美は少し反省の表情をした。

「でも何でそこまで嫌いになっちゃったの?」

「何で・・・それはやっぱりつまらなかったから。」

「つまらなくないって!」

「俺にとってはつまらないの。」

「つまらなくない!何でそういうことを言うの。ちゃんと理由を言ってよ。納得できないよ。」

「何でって・・・そう言われても・・・」

夢一はそれ以上言葉が出てこなかった。自分でも止めた理由はわからなかった。ただつまらなかっただけ。本当にそれだけだったのだ。

「理由がないんじゃあ私は納得できない。だからさ・・・その・・・」

琴美は急に恥ずかしそうに話した。

「だから・・・何だよ。」

夢一も少しじらされた感じでイラッとした。

「だから・・・さ・・・私と・・・一緒に囲碁部に入ろ!」

一瞬時が止まった。

「・・・はぁ!?」

そして夢一は嫌そうな顔をした。

「何でそうなるんだよ。」

「今日私囲碁部の部室に寄ったのね。部室って行ってもそこは理科室だったんけど・・・そんなことは良いや、行ったら一人もいなくて・・・ね。顧問の先生のところに行って聞いてみたら、今現状で3人はいるらしいんだけどどうやらほとんど幽霊部員らしくて今年中には廃部になるかもしれないことを言ってたのよ。」

「それがどうした。俺には関係ないだろ。」

「私には関係なくない!私が入って幽霊部員入れても4人にはなるんだけど学校の規則だと5人入らないと部として認められないみたいなの。だからお願い!下林くんが入ってくれれば部は存続するみたいなの。」

琴美は手を合わせ、懇願した。

「何だよそれ。そんなお願いされても困るっての。他あたれよ。」

「もちろん他の人にも頼んだ。でも無理だったのよ。」

「それなら俺も無理だね。そもそもつまらないって言ってるんだから無理なのわかってるだろ。」

「でも打ったことあるんだよね。だったら・・・」

「しつこい!無理なものは無理!!何で少し打ったくらいでそうなるんだよ。」

「少しでも知っている人のほうが楽しさも知ってるかなって思ったから・・・」

「楽しくないっての!てかどこまでついてくるんだ。もう俺ん家まで着いちまったぞ。」

「え?」

「ここが俺ん家だ。」

と夢一は自分の家を指差した。

「たしかに心配してくれてここまで来てくれたのはうれしいけどここまでついてきてくれなくても良かったんだぞ。」

「えっと・・・なりゆきでここまで来たんだけど・・・」

琴美は恥ずかしそうに夢一の向かいの家を指差した。

「私の家は・・・ここなのよ。」

そこは今日の朝夢一が気になっていた家であった。誰が住むことになっていたのかすごく気になっていた家である。

「はぁ!!??」

夢一はあまりの驚きに腰を抜かしそうになった。


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