さらに数週間経ち、いよいよ夢一は無事退院することになった。始業式には間に合わらなかったが次の日からはちゃんと学校に行けるようになった。
「行ってきます。」
夢一はぎこちなく松葉杖を両脇に抱えながら歩き始めた。ふと自分の家の目の前の家に目がいった。
「完成していたんだ。」
約一年ほど前から家の目の前に新しい家が建てられ始めていたのだ。夢一はそこまで気にしているわけではなかったが、こうして出来上がったのを見て、いったい誰が住むのだろうかと気にはなった。しかしもう学校へ行かないと遅刻してしまう。何せこんな身体だ。いったいどれくらいで着くのかわかったものではない。夢一はその場を後にして、歩き始めた。 夢一の学校は自宅から近くのバスから30分ほど揺られ、そこから少し急な坂道を登って数分のところにある。しかし夢一はバスには乗らずいつも自転車で登校していた。これも足腰を鍛えるためということだ。だが今回はそうもいかずちゃんとバスに乗り、そして坂道を登って行った。まだ慣れない松葉杖に何度も転びそうになったが、そこは自力で踏ん張り歩き続けた。周りの視線が彼に向けられていたがそんなこと気にしていられない。そして何とか学校までたどり着くことができた。
「いつも・・・自転車で・・・こんなところ・・・楽勝に・・登れるのに・・・やっぱ一か月も・・・何もしてないときついな・・・」
夢一は息を切らしながら正門を通過した。彼の教室は下駄箱の入って左に行ったすぐの教室だった。夢一は慣れない松葉杖をつきながら教室に入った。教室の中はガヤガヤしていた。この夏休みにあった出来事やらどこへ出かけたやら宿題の話やらと皆思い思いに話していた。2か月ぶりの教室の雰囲気は何一つ変わっていない。
「下林じゃないか。」
クラスメイトの一人が声を掛けてきた。
「久しぶりだな・・・ってその足どうしたんだ!?」
松葉杖で立っている夢一に驚いている。
「いや・・・ちょっと・・ね。そんな気にするなよ。」
夢一は言葉を濁し、自分の席に着いた。みんなの視線が夢一に注がれた。突然の変化に周りは驚いているのだ。しかし夢一はそんなこと気にしなかった。
「?」
松葉杖を机の脇に置こうとしたとき隣の席の人と目が会った。その人とは初めて会う人だった。とても綺麗な目をしている。
「君、初めて会うよね?」
「えぇ。初めまして。私は昨日からここの高校に転校してきた優坂琴美。あなたは?」
「俺は下林夢一。」
「よろしくね。」
琴美はニコッと笑い手を差し伸ばした。夢一も照れながらも手を伸ばし握手をした。これが夢一と琴美の最初の出会いだった。
「あなた、足を怪我しているのね。」
琴美の目線が夢一の膝に行き、そう言った。
「何かあったの?」
「これか。これは・・・ちょっと転んで打ち所が悪くてこうなっただけだよ・・・。」
夢一は嘘をついた。あまり大っぴらにしたくない気持ちがあったからだ。
「そうなの?大変なのね。」
琴美が心配そうに言った。夢一は苦笑いした。始業のチャイムが鳴った。
「何か手を貸せることがあったら遠慮なく言ってね。」
琴美はそう言った。
「ありがとう。」
優しい人。夢一が琴美に対して抱いた最初の感想だった。
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