両親が帰ったあとも夢一はただ茫然とするだけだった。突然の宣告に頭が真っ白になってしまっていた。
「もう野球ができない・・・。」
今まで積み上げてきたものが一気に崩され、それを止める間もなく散らばって行ってしまった。それを拾い集め、また積み重ねていくのがどれほど大変なことか。 夜になっても夢一は眠れなかった。未だに父親から言われた一言が頭の中を駆け巡り、夢一を苦しめていたのだ。涙が流れた。突然の涙だった。自分でもわからず涙がこぼれたため慌てて涙を拭いた。しかしその涙は止めどもなく流れ、数分間止まることがなかった。
「あれ・・・どうして止まらないんだ。別に泣きたいと思って泣いているわけじゃないのに・・・。」
理由は簡単だった。それは心から野球が好きだったからだ。野球ができる。それだけが夢一にとっての生きがいだったのだ。それが奪われてしまったのである。
「くそっ・・・くそっ・・・くそっ!」
夢一は自分の左膝に思いっきり殴った。強烈な痛みが夢一の前身を駆け巡った。
「くそ・・・」
左膝を抱え弱々しく一言そう言った。 次の日から夢一はすっかり無気力となり、誰かが声を掛けても適当な返事しかせず、いつも上の空だった。食事のほうもあまり喉を通さず、すっかり痩せてきてしまった。そんな状態が数週間過ぎ、もうすぐで9月となるところで夢一をよく知る人物がお見舞いにやってきた。
「よっ 夢一。元気か?」
その人物は夢一の親友の加藤だった。彼は野球部ではなかったが、中学からの友人で高校も同じ学校へ進学したのだ。
「なんだ加藤か・・・。」
「なんだとはなんだ。せっかく来てやったのにさ。今日発売された漫画も買ってきてやったんだぜ?お前の好きな漫画だ。 ほらよ。」
と、加藤は夢一のベッドの上に漫画本を放り投げた。しかし夢一は反応することがなかった。
「しかし随分痩せたんじゃないか?」
加藤は夢一の顔を見てそう言った。
「それに元気もなさそうだ。」
「別に良いだろ。」
「良くないだろ!!」
加藤は急に声を荒げた。
「何そんなに怒ってる。」
夢一もさすがに驚いた。
「だってそうだろ。お前が怪我したときどれほどまわりの人たちが心配したか。野球部の監督さんだって相当責任を感じていたんだからな。そしてお前に怪我させた相手のバッターの人だって。」
たしかに監督は一度この病院にお見舞いに来ていた。夢一はその時寝たふりをして監督とは目を合わせずにいたが。
「みんなお前を心配しているんだ。早く元気になってみんなに心配させないようにするべきじゃないのか。」
「お前こそ、俺が2度と野球できないことを知ってそう言ってるのか?」
「もちろん知ってるさ。」
「知っていてなおそんなことをお前は言うのか・・・」
夢一の表情がだんだん険しくなってきた。
「俺はもう投げれない、走れない、打てない。もう野球ができないんだぞ!それなのにお前って奴は!」
夢一は加藤の胸倉をつかんだ。
「そんなのは言い訳にしかならないだろ。」
「なんだと・・・。」
「野球ができなくなっただけで簡単に人生終わったみたいな顔しやがって。お前の人生はそれだけじゃないだろ!」
夢一の手が緩んだ。歯を食いしばり、俯いた。
「つらいのはわかるけどだからっていつまでもそのままで良いのか?」
「知らん。」
夢一はごろんと加藤からそっぽを向き布団にもぐりこんだ。
「やれやれ。」
加藤は「じゃあな。」と一言言い残し、病室を出た。
夢一は布団に潜り込んだまま1時間ほど出てこなかった。
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