夢一は教室に戻る途中、病院で話した加藤の言葉と先ほど話した川崎の言葉とを思い出していた。
「加藤は野球を辞めて他のことをしろ。川崎は野球を続けろ・・・か。」
そしてもう一人琴美が頭にちらついた。
「いやないな。絶対ない!!」
夢一は首を振った。
「囲碁なんてやるわけないだろ。いくら囲碁部が廃部しそうだからって何で俺が手助けしなきゃならない。そもそも俺とあいつとは昨日会ったばかりだぞ。」
わけもわからない怒りがこみ上げてきた。ただそれは次第に収まった。
「バカバカしい。何ムキになってるんだ。入らなければいい話。それだけ。」
と無理やり納得し、教室へと着いた。そして席に座ると隣からジッと見つめる視線が・・・彼女は弁当をそっちのけで夢一は見ていた。そしてなぜか少し怒っているようにも夢一には見えた。
「優坂さん・・・そんなに見られると食べれないんだけど。」
「それ終わったらちょっと屋上来てくれる?ちょっと話があるの。」
「話?ここではできないようなこと?」
「そう。てか今行こう!」
「えぇ!!??」
夢一は琴美に無理やり手を握られ、引っ張られた。
「俺まだ何も食べてないんだけど!」
「そんなのあと!今はこっちが重要なんだから。」
「俺は弁当のほうが重要だ!!」
「終わったらいくらでも食べさせてあげるから我慢なさい!」
とそんな会話が続く中いつの間にか屋上へと着いた。もう9月ではあるが残暑が厳しく、屋上で立っているだけでもこの暑さが辛かった。
「それで話ってなんだよ。」
「私聞いたわよ。」
「何をさ。」
夢一は琴美の顔を見た。少しムッとしている。
「あなたのその脚!それ転んでできたものじゃないんだってね。」
「あ・・・っと。だ・・・だから何だよ!てか誰から聞いた。」
「加藤くんから聞いた。その脚、野球でできた怪我なんだって・・・。何で私にそのこと話してくれなかったの。」
「何でって。話す必要ないだろ。話すの面倒くさいし。」
「しかも期待の新人ってあなたのことだってことも聞いた。」
「だったら何だって言うんだ。」
と突然琴美の目から涙がこぼれた。
「わわっ・・・どうした。何で泣く。」
「だって・・・私に隠し事をしたのはそれは許さないけど・・・でもそれ以上に下林くんがあまりにかわいそうに思って・・・。せっかくの努力がすべて終わってしまったみたいで・・・」
琴美は声を上げて泣き始めた。
「何でお前が泣く。そんなのもうどうでも良いんだよ。もう終わったことだし。今はもう野球のことは考えないようにしているんだ。」
「どうして?野球が好きなんでしょ?」
「そりゃあ好きだけど・・・こうなって、しかも医者からもう野球できないって言われた諦めるしかないじゃんか。」
「ごめんなさい。私、あなたが野球が好きだってこと知らずに囲碁部なんか誘っちゃって。」
「そんなの良いんだって。困っていたんだから仕方ないだろ。」
「そうだけど・・・もう誘ったりしないから。だから下林くんは好きなことをし続けてね。」
「好きなことって言われても・・・それはもう・・・。」
琴美は涙を拭き、最後に笑顔を見せた後屋上を出ようとした。しかしそれを夢一が止めた。
「待った!!」
琴美はドアを開けようとしたところで振り返らず止まった。
「待った。俺の好きなことってのはもう終わった。だから俺にはもう何かやりたいって気持ちはほとんどなくなっている。でももし優坂さんがまだ俺のこと誘ってくれるならまた何かやりたいって気持ちが芽生えるかもしれない・・・だからその・・・」
琴美の口が一瞬ニヤリと笑った。しかし夢一に振り返るときにはその表情はなく本当にうれしそうな顔が彼に向けられていた。
「ほ・・・ほんとうに?本当に下林くんは私がもう一度囲碁部に誘ったら来てくれるの?」
「も・・・もちろんだ!」
夢一は赤くなりながらも決心がついたように返事をした。
「ありがとう!」
と琴美は思いっきり夢一を抱きしめた。あまりの勢いのよさに倒れそうになった。
「下林くん、是非うちの囲碁部に入ってください。」
「わ・・・わかった。」
夢一は照れながらも承諾した。 こうして夢一は囲碁部へと入部することになった。だがこれは加藤と琴美が作った夢一を囲碁部に誘うための作戦であったことは夢一自身この時点では知る由もなかった。
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