私は憂鬱だった。大学を卒業後、入社した会社での飲み会が。
「ハルキちゃん、暗いよー!もっとはじけないと!」
同期や先輩たちの異常に高いテンションが私は苦手だ。いくら飲酒しているとはいえ自分を見失い、人に迷惑をかけるのはどうかと思う。 「はい、じゃあ新人一発芸ね!」 これこれ…、この先輩から新入社員への一発芸の強要。これが一番苦手だ。同期の皆がはりきってやる中、私は腹痛を訴えそっと部屋を出る。毎回使っている手だけど、酔っているせいで誰も気づいていない。 部屋の扉をそっと閉めると、廊下は少し涼しかった。皆の上がりすぎたテンションのせいで、部屋の中はムンムンとしていた。
はああっと溜息をつくと、部屋から少し離れたところにあるベンチを目指した。前にもこの飲み屋で飲み会があったので大体の場所は把握している。
「あら…」
ベンチには先客がいた。しかも、見たことのある。
「あれ、河上さん」 ベンチに座っている人は私の気配に気づいて顔をあげる。私は少し戸惑いながら頭を下げた。 「どうも…」
携帯を構いながらベンチに座っていたのは同期入社の男の子だった。そんなに話したことはないけど、頭がキレるらしく仕事ができると少し有名だった。
「休憩?」 「あー、うん…まあ。夏木君も?」
私はゆっくりベンチの端に腰を下ろす。警戒してしまって夏木君の近くには座ることができない。 「うーん俺は休憩っていうか、なんかあの部屋暑くて。息苦しくて」
私と同じ気持ちの人がいたのか…そう思うと、夏木君に対して少し親近感が湧いた。 「そっか…」
親近感が湧いたのは良いけど、元々ほとんど喋ったことがないので話すことが見つからない。参った…部屋から出ないほうが良かったかな…。
「あのさ」 私が少し困っていると夏木君が口を開く。
「河上さんって、飲み会苦手?」 「え、なんで…?」 急に何を言いだすんだろう、この人は。確かに飲み会は好きではないけれど。
「なんか、楽しくなさそうだった。まあ俺もそんなに楽しくはないけど」
そんなに感情が表に出てたのか。しかも、ほとんど喋ったことのない人まで分かってしまうぐらいに。
「うーん、飲み会が苦手っていうか、テンションを高くあげないといけないじゃない?強要されるのが嫌っていうか…」 夏木君は携帯をパタッと閉めると「なるほどね」と言った。
「というかあの、そんなに私楽しくなさそうだった?」 私は少し焦って聞いてみた。だって、顔に出すぎるのも良くない気がする。その他大勢の人にまでつまらなさそうに見えていれば、それはそれで問題だからだ。 夏木君は目を閉じてうーんと唸ると、少し考え込んだ。
「いや、なんていうかな…」 適切な言葉が見つからないのか、更に腕組みまでしている。
「なんだろう。誰でも人に良く思われたいから、その人のことわざと褒めたりして持ち上げようとするじゃない。そういうのが河上さんには無いっていうかさ。すんごい素直に生きてるんでしょ」 それって「うん」って言って良いんだろうか。確かに夏木君の言う通り私は思ってもないのに人を褒めたり、持ち上げたりすることが苦手。だけど、「素直」と言われて「そうなの、私素直なの」と認めるのって、なんだか恥ずかしい。
「うーん、まあ…そんな感じ…かな」 最後のほうはごにょごにょ言ってごまかしてしまった。夏木君はふーんと言うとベンチに少しのけ反るような姿勢になって
「だけどさ」 と言う。 「ん?」 聞き返すと、夏木君は大きくて少しギラッとした瞳を私に真っ直ぐに向けた。
「それじゃあ、社会でやってけないと思うよ」 「…え…」 「別に素直が悪いわけじゃないよ。だけど素直で良いのは学生のうち。社会に出たら多少の駆け引きが必要なんだからね」
私はベンチの上で少しあとずさりしてしまった。夏木君の、いじわるそうな笑顔がなんだか怖い。
「特に民間企業は利益を出さないとやっていけない。その為にはお客さんのこと大袈裟に持ち上げたり、営業スマイルしたり、必要なんだよ?先輩にも出来ないことをお客さんに出来るわけないでしょ」 「いや、あの…」 どうして急にこんなに叱られないといけないんだろう。というか、物凄く面倒くさい人に捕まってしまったな…。
「つまり、何が言いたいかっていうと、河上さん社会人としては甘すぎるんだよ。ノルマあるんでしょ?そんなんじゃクリアできないよ?」 自分の顔が急激に熱くなるのを感じた。どうしてほとんど話したことがない、しかも先輩でもなく同期入社の人に説教されないといけないんだろう。 私はベンチから急いで立ち上がると、自分の服をぎゅっと掴んだ。
「私、自分のことは自分で解決しますから…!よ、余計なお世話!」 震える声を必死に抑えると、一目散で部屋へと戻った。途中一回振り返ってみたけど、夏木君はクールにベンチに座ったままだった。なんて面倒くさい人が同期なんだろう。これからも会社で会ったら面倒でしょうがない。 部屋に戻ると真っ赤な顔した先輩や同期が「おかえりー!」と声を揃える。
「ハルキちゃん何やってたのさー!ほら、お酌してお酌!」 私は精一杯の苦笑いをすると先輩にお酒を注いだ。先輩は嬉しそうにそれを一気飲みしてしまう。私はというと、すっかり氷の溶けきったウーロン茶を静かに口に入れた。
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