いやな夢を見ていた。 でも、それが何なのか覚えていない。 当たり前のように毎日が過ぎていく。 異常な毎日が。 でも、私にはもうわからない。 間違えているのは、私の記憶? それとも…。
『ピンポーン』
インターホンが不意に部屋中に鳴り響いた。 布団の中から聞き耳を立てなくてもはっきりと聞こえる音だった。
『ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン』
しかも、うるさいチャイムだ。 連続した単調な音が鳴る。
これが「相沢 直人」の毎日の目覚めであり、日常だった。
「はいはい、今出ますよ」
直人は着替えを済ませて、玄関に行った。 ひんやりと冷たい金属製のドアノブに手をかける。
「あれ? 開かない。そうか、鍵が掛かっていたっけ」
鍵やチェーンを外し、勢い良くドアを開ける。
何かに当たった感覚がした。
「ちょっと、あんたね」
麻衣子がドアの隙間から、直人をにらみつけていた。 勢いよく開いたドアが彼女の頭に直撃したようだ。
「あ…、おはよう」 直人は、彼女の様子とは対照的に爽やかに挨拶した。
「つぅか……アンタね!」
麻衣子は怒りをあらわにしながら、 こちらをにらんでいる。
「ん?どうしたの? 元気ないじゃない」
「どうしたじゃないでしょ!」
「いったい何をそんなに怒ってるの」
「あんたのせいで頭にたんこぶできたじゃない。私の無限の脳細胞が減ったらどうするのよ!」
「無限だったらいいんじゃ…」
「良くないの。無限にも限りはあるんだから」 彼女が妙な言葉をつぶやく。 「まぁ、機嫌直して。でも、少しは学習しろよ」
これがいつもの日常。 これがいつもの世界。 彼が勢いよくドアを開き、麻衣子がそれをかわすことができずに、直撃する。 この現象が地球の物理法則に基づく不変の方程式だったとしたら、ガリレオも失笑ものだろう。
「あんな猛スピードで開けられたら、避けようがないでしょう!?」
「まあ、もういいじゃない。大した怪我はなかったんだし」
「そういうことしか言えないあんたには、本当にあきれるわ」
「それにしても、猛スピードのドアに直撃したのに、傷一つできないなんて、やっぱり麻衣子、石頭だよね。うらやましいよ」
「毎日くらっていれば、硬くないものも硬くなるわよ」
「その鋼のような防御力は僕のおかげなんだから、少しは感謝したら?」
「あいかわらず、温和な顔に似合わず毒舌よね、あんたは。付き合ってあげる私は神様だわ、ほんと」
「そうなの? 僕は気にしてないけどな……」
「それが一番問題なの! っていうか、そういう態度って私だけだよね、どうしてなの?」
「いや、まあ、ヒミツ」
「ムカつく」
『ドス』 直人の腹部に麻衣子のパンチがクリーンヒットした。 痛い……、直人は思わず脇腹を押えた。 なんて暴力女だ。言葉の暴力を最も原始的な暴力で返すとは。
「麻衣子……それでも女か?」 「女の子です」
「そうだったのか……鋼のような防御力だけが売りの錬金術師だと思っていたが、まさか、猛獣にも勝って劣らぬ破壊力を持ち合わせていようとは」
「はいはい、早くしないと学校に送れますよ〜」
『ドスン!!』 再び直人の腹部に、勢いを増した麻衣子の蹴りがヒットした。 彼女の靴が、内部の消化器官をねじるようにえぐる。
「ぐっ…、それはちょっとやりすぎ。早くしないと学校に遅れるよ?」
「あ!ヤバ!!」
「さてと、ゆっくりご飯でも食べようかな」
「……」
『ズバシーン!!』 直人の腹にパンチがスクリューヒット。 さっきから同じところを狙っている。これは明らかに悪意ある犯行に違いない。 空っぽの腹にダメージが蓄積されていく。
「……もう…行きます………」
「よし!学校行くぞ!」 なぜだか、彼女は元気だ。
「僕の飯は?」
「ない」
「鬼だね」
「誰が鬼だーーー!!私は、『錬金術師』だ。わかったらとっとと歩く」
「言っている意味がわからない」 『ズバシーン!!』 不意にさきほどとまったく同じところにヒット。 彼女はよく訓練された殺人マシーンか何かなのかと目を見張ってしまう。
「どうっは!!」
日本語訳不能の言葉を発してしまった。 そして、彼女に引きずられて学校の通学路へ出る。 この暴力的な女性の名前は、「雛森 麻衣子」 彼女の言葉を信じてあげるなら、「錬金術師」だ。 知ったこっちゃないが。 そして、相沢 直人の幼馴染であり、友人でもある。 一連の儀式を済ませた後、二人は並んで歩きはじめた。 これは、いつものこと。いつもの、日常。
「もう9月だよね……」
唐突に麻衣子が話しかけてくる。
「そうだね、今日で9月1日だったっけ?」
「そう」
もう9月なのか……。 高校生活なんてあっと言う間だ。ついこのあいだ入学したと思っていたら、もう卒業が目の届く範囲にある。
直人は、軽くため息をついた。
「ん?どうしたの? あんたがため息だなんて珍しいじゃない」
「いや、特に際立った高校生の思い出がないなって思って……」
「なんにもないの?」
「友達と遊んだことぐらいしか思いつかない……」
相沢 直人は部活動になど入ってなく、したがって何か頑張ったと言う記憶がない。 このままでいいのだろうかと本当に悩んでしまうことがある。 今は学生で気楽だが、自分達も近い間にそれぞれの進む道を決めなければならない時が来るだろう。 夢に向かって進まなければならない時が来るのだろう。 それがたとえ本人が望まない「悪夢」になり得たとしても。
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