20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:長い箸のはなし 作者:ゴイモンゴル科

最終回   1
長い箸の話
龍賢和尚は、ハタと立ち停まった。
何かが足りない、そう感じていた。
およそ、百万の読経、民の謡いまで、心に刻んできた和尚にまだ一抹の不安、愁いがあった。
「わしは、あらゆる修行をしてきた、狂人とも呼ばれたわ、それから女と駆け落ちさえした、されど、何事もしたようには思えぬ…」
龍賢の苦悩は、表だっては見えぬ、ただ心の底に溜まって、鉛のように重かった。
「眠りやせ、眠りやせ」
と遊女は団扇を扇いだ。
およそ、徳らしきもの、また罪も同じく味わい尽くした龍賢の心は一重に重かった。
「のう、カラス、わしはおまえと話をしたとさえ、総山の者共に罵られた、しかるに、わしは依然、何事も為し遂げぬ、かの天竺のいかなる坊主が開いたというあの悟り、それさえわしには見えなんだ。」
「わしはいかなる牛車にも乗り込んだわ、鳩も喰ろうた、しかるに、それを山海の珍味とか、雲上人とか呼んでいいか分からぬ、またそれらを罪と呼ぶべきかも分からぬ、」

龍賢の心は、煎じた薬に抑えられ、愚鈍に太りさえした。
養豚場で働くことさえ、叶わぬ程に、その心は腐り果てた。酒場の灯籠に水を吹きかけ、酔うままに語りさえした。
「わしは女達の関心を買おうと、麦酒から、焼酎、安酒を呷ったわ。女達はお返しにチョコさえくれた、まあそれだけだ。」
龍賢とは名ばかりに、龍でも賢くもなくなったある日、龍賢という名だった男は、仙界に迷いこんだように、ある村の入り口を右往左往した。
そこにはどこの村とも変わらぬ村人達が忙しく働いていたが、その片方は濁り、片方は清く見えた。
なぜ、同じ村の東側が濁り、西側が清んでいるのか。
龍賢は五行の気を読みながら、新に何かを感じていた。
それは、箸だった。
箸が長いのだ、およそ4尺もあろうか、それは立派な箸に見えた。
そしてそれは見窄らしくも見えた。
龍賢は、この世とあの世を分かつあの箸を思って、坊主にも似ず、ぞっ、とした。
しかるに、それは食堂の方へと運ばれていった、幼い童が胸に抱いて。
東の室では、
大層、大釜な料理が次々と運ばれた。
西も同じく。ただ少しく、柔らげな空気が漂っていた。
龍賢は茶を飲みながら見るともなく、二つの室、二つの人衆を見ていた。
東は暗く、
西は明るい。
「しかるに問題はあの長い箸じゃ、あれをどうしたものだろうか、」
龍賢の胸に一抹の不安が過ぎった。
龍賢の思いは東の室で姿を見せた。
およそあらゆる食物、豆、鶏、魚、菜は、長い箸に摘まれながらも容易に各人の口には入らぬ。
終いには阿鼻叫喚のうちに、鍋は砕け、人々は罵り合い、掴み合い、鬼相を表にした。
さもありなんと思いつつ、龍賢が西の室を見ると、こちらはどうも様子が違う。
腐り果てた龍賢の心には浮かばぬ光景がそこにはあった。
なんと、長い箸を互いの口元へ持って行き、互いが互いに食べさせあっているではないか!
龍賢の頭にこの様な光景はなかった。
今の今までなかったのである。
西の室の住人は、和やかに、健やかに笑いながら、口々に物を食べていた。
 
 さて、龍賢はこの里から帰り、急ぎ、国王にこの法を説いた。『長い箸』を。

                                了


■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 476