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作品名:あらがんさま 作者:袴垂レ

第2回   ヒンナ神(1)
 しかし、本当に久しぶりやな。確か、高校卒業以来だから・・・足掛け10年ってとこか。いやいや、時間が経つのは早いもんだ。
 それにしても、驚いた。電車で目が覚めると、隣の席にいるんだもんなぁ。乗り合わせたのが昼間の副都心線で良かった。この路線は、昼間はびっくりするくらい空いてるから、やろうと思えば、同じ車両にいる奴らを見渡すことができるしな。
 ファミレスのドリンクバーですまんが、まあゆっくりしようじゃないか。色々話したいこともあるしな。
 なに、俺の仕事か。はは、天下のジゴロさんだよ。だから、時間は気にすんな。は、むしろ気にしろだと。お前も出世したな・・・。
 そういうお前はこんな真昼間に何してんだ。へぇ、作家か。そりゃ、おめっとさん。お前、昔から小説とか好きやったしな。趣味と仕事が両立してるってのは、とても幸せなことや。
 で、今はどんなのを書いてらっしゃるんですか、先生。・・・ほう、天狗様が主人公の小説か。確かに、俺たち利賀の人間は、子どもの頃から山によく親しんどった。天狗様ってのが何なのか、口じゃ上手いこと説明できんが、何となくは分かる。本当に、お前らしい作品やな。
 道州制こそ導入されてはないものの、あのあたりも大分変わったと聞く。今じゃ、「 南砺市(なんとし)」なんて地名もかなり一般的らしいな。「「北斗の拳」かいや・・・」ってのは、親父の口癖だったな。まあ、俺はパチンコでしか知らんけどな。それは置いといて、ともかく、あのあたりは大分変わった。北陸新幹線の開通の影響もあったんやろ。あれで潤ったのは黒部くらいやったしな。新黒部駅なんて、黒部ダム観光のためにあるようなもんやろ。おかげで、関西からの観光客が皆あっちに行ってしまった。挙句、合掌集落だけじゃどうにもならんってことで、誰が言い出したか知らんが、原点回帰しようという意見が広まった。まあ、五箇山は白川郷ほど有名じゃないからな。そんで、昔の民話とかを引っ張り出してくる始末や。しかも、それが最近の妖怪ブームに乗ったもんで、現地の我々にとって見れば何やら変てこなもんやったなぁ。先生には是非、現代の柳田國男になっていただかないと。冗談じゃねぇよ、俺は大真面目や。
 ・・・そこでだ。お前を見込んで、是非聞いて欲しい話があるんや。お前ならば、きっと良い小説に仕立ててくれると思う。いやいや、そんな勘ぐらなくてもいい。今日会ったのは本当に偶然や。その意味でも、俺は今日お前に出会えたことを嬉しく思っとる。
 
 今でも当時の状況を整理しきれずにおるんで、筋の通った話じゃないかも知れんが、そこは堪忍な。だが、俺は一点だけ確信しとる。ありゃ、「ヒンナ」の仕業や。
 そう変な顔すんなって。俺だって、妖怪が実在すると鼻から信じとったわけやない。でも、そうでも思もわんと話がつかんのや。
 「ヒンナ」については、事件後にそれなりに調べたつもりや。今でもメモの一部を持ち歩いとる。ええっと・・・、あった。天狗小説の先生に今更言うまでもないかも知れんが、ヒンナってのは・・・、
 「墓場の土を持ってきて、三年の間に三千人の人に踏ませたもので作る土人形で、その間絶対に人にみられてはいけない。これを祀ると欲しい物は何でも持ってきてくれるので 忽(たちま)ち身上がよくなる。しまいに欲しい物がなくなっても、今度は何だと催促するので困る位だという。三、四十年前まで、急に身上がよくなるとヒンナを祀っているのではないかといったものである。」(佐伯安一, 1951, 『砺波民俗語彙』高志人社: p.166-167)
 まあ、そういう妖怪らしい。もう一つメモがあったんやが、今は見当たらん。・・・まあいい、メモは追々出てくるやろ。ともかくも、俺は、まさにこの妖怪に遭ったんや。

 当時俺は、金沢におった。まあ、やってることは今も昔も変わらん、ジゴロやったけど。
 あれは確か・・・、そうだ、2020年の6月、ちょうど今日みたいなよぉく晴れた日やった。あの年は、入梅が事のほか遅かった。日本海側では珍しく、毎日のように乾いた風が吹いとった。
 乾燥した風にのどをやられたんやろう、あのとき俺は風邪をひいとった。だが、俺は何も心配しとらんかった。それもそのはず、俺には同居人、まあ養い人がおったからな。
 名前はもう忘れたが、あれは良い女やった。ああ、器量がじゃないぞ。見てくれは、正直微妙やった。顔は丸っこく小太りで、身長が低かった。その割には背をかがめて歩く癖があり、やることなすことが自信なさ気に見えた。唯一、目だけはぱっちりと大きく、自己主張をしていたが、本人はどうもその目があまり好かんようやった。
 まあ、例えるならば、 鬼灯(ほおずき)みたいなやつやった。見た目は丸っこく不恰好で、中身を食べようにも不味くて食えん。しかし、大事にしてやっていると面白い一面が見えてくるんや。それがまた飽きない。鬼灯の笛みたいにな。どうや、俺の比喩も上手いもんやろ、先生。・・・いや、すまん、調子に乗りすぎた。
 あの女とは2年間寝食を共にしたが、その間に聞けたやつの身の上話は驚くほど少ない。やつはあんま過去を話したがらんかったんや。だが、一緒におるうちにぽろぽろと話は聞けるもんや。そのどれもが波乱に富んだもんばっかで、聞いている側は、他人事として聞いている分には面白く聞ける内容やったが、我が身の事ととして聞いてると冷や汗が止め処もなく噴出したもんや。高校時代の男に三又をかけられ金づるにされたのを咎めたら、男の先輩で暴走族に入っとる人に家の窓を全部割られた話。大学の登山部で知り合った先輩が実は毒キノコマニアで、あやうく実験台にされそうになった話。他にも色々あったが、忘れてしまった。
 何にせよ、あの女は苦労人やった。年齢を聞いても適当に誤魔化すばかりで、正確な年齢を教えてくれんかったが、身の上話などから察するに、恐らく20代後半ってとこやったろう。しかし、どう見てもそうは見えんかった。知らんもんが見れば、30代半ばと答えたろう。眉間には常にしわが寄っており、唇の皮はよく噛んでいるせいかボロボロやった。
 職業はOLやった。職場では、それなりに上手く立ち回っていたようやったが、結局は「便利な人」としか思われてなかったみたいやったな。突然の土日出勤は当たり前で、帰りも遅かった。俺はよく会社の前まで車で迎えに行ってやったもんさ。そして、帰り道はずーっと愚痴とった。
 え、なぜ嫌にならなかったかって。そりゃ、最終的には別れたよ。あいつが他の男と結婚したからな。でも、俺はあの女を気に入とった。ああいう少し不幸な女にちょっと良い思いをさせてやれる、そういうのはジゴロ冥利に尽きるね。ジゴロの中には、女にたかることしか考えてない、ろくでもない奴もいるみたいだが、俺は違う。俺は、女の利他的な満足感を満たすことを目的としていた。つまり、養わせることで自分よりも不遇な人間がいると女に思わせる、そういう狙いが俺にはあったんよ。
 おおそうけ、興味深いとな。じゃあ、お前もジゴロになればよくね。はは、そりゃそうや、お前はもう作家の先生だもんな。
 さてさて、ヒンナの話やったのに、いつの間にやら俺のジゴロ論になっとるな。いや、こう見えて、実はこの話も結構重要なんよ。ヒンナが出てくる発端となったのは、俺とその女とのいざこざが関係しとるわけやからな。


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