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作品名:鬼録 作者:永堅

第5回   五見宅にて2
作業服の男は、静かにただ佇んでいるだけで、
別に何も行動を起こすような感じでは無かった。
はっきりとその姿が見える感じから、
私はその人がまだ亡くなって日が浅いのだろうと分かるのだけれど、
それ以外のことは姿を見ていても何も伝わっては来ず、
どうしてそこにいるのか分からなかった。


死んでからもなお、この世に未練を残している人たちは、
死んでしまった時が近いほど、
はっきりとその姿をとどめているものだ。
死んでしまって月日が経ち、
自分の生きていた頃の姿を覚えている人が少なくなった人ほど、
その姿はぼんやりとしたものになってくる。
でも、
長い時間が経っても、なおその思いがもの凄く強く、
いわゆる執着しているといった感じで、
そして、死後に供養して貰える人が少ない場合は、
元の姿と大きく変化することもある。
俗に言われる妖怪とか鬼とか言われるものだ。
昔から語り伝えられている妖怪とか鬼は、
本当に実在する。
元は人間だったり、動物だったり色々なのだけれど、
この21世紀の世でも、
昔ほど世の中を闊歩はしてはいないが、
実在している。

人間ってのは、心のあり方一つで、
鬼にも仏にもなるものだ。
誰でもが持っているこの心はとても恐ろしくもあり、
そして神々しくもある両刃の剣なのだ。

目に見えない形に無いものを、侮ってはならない。
見えない物の方こそが、実は目に見える物よりこの世を司っている。

この世を本当の意味で形成しているものは、
肉体や物体といった手で触れて見えるものではなくて、
実は生きている人間の心だったりするのだ。

その話は、また後の機会で。





台所に佇んでいるその作業服の男は、
一体何者なのだろうと勘ぐっていても、
叔母さんがいる脇で叔母さんには見えない男に、
「あんた誰なのさ、人ん家に勝手に入ってさ」
などと、怒鳴ることも出来ず、
ただ見ていることしか出来ないので、
そして直接悪いことはしなさそうなので、
その男は放っておいて、
取りあえず、私が今夜ここの家に呼ばれた義務をまっとうしようとした。


「五見、あんた高校でも苛められてるんだって?」
私が聞くと、五見は問題集から顔を上げ台所の叔母さんを見て、
ははあ、お母さんに言いつけられたなという表情をした。
「別に大丈夫だよ」
五見は言う。
「大丈夫って、本当に大丈夫なの?」
私が言うと、
「だって、私学校では口きかないし」
「は?」
私は聞き返した。
「私、学校では口きかないの」
五見が言う。
「何で口きかないの?だから苛められるんじゃないの?」
私が言うと、
「だって、言ったじゃん。私、死んだ人と生きている人の声の差別が出来ないんだもの」
私はちょっと言葉を失ってから、続ける。
「だからって、全く学校では口きかないの?」
「正面を向いているときに、前から話しかけられた人で、
 知っている人だったら話す時もあるけど、後ろからとか、
 見えない場所からとか、知らない人とかに話しかけられた時は無視してる。
 だって、答えると後々面倒なことになることが多いんだもの。
 中学とか小学校ではさ、それで何度も面倒くさい目にあってたから、
 今度は徹底して、なるたけかかわらないようにしてるの。
 しかし、どうして学校ってあんなに死んだ人たちが集まってくるのかね」
うーん、と私は唸ってしまう。

人の集まる場所には、死んだ人も良く集まってくるものだ。
学校しかり、私の勤める居酒屋しかり、
ラッシュのホームしかり、人の多い場所ほど、
死んだ人はうろうろしている。
よく、幽霊スポットと称されている場所なんかよりも、
実は金曜日の満員御礼の居酒屋の方が死んだ人がいるものだ。
時々は、一緒に働いている他のバイトの子たちも、
声が聞こえるらしく不思議そうな顔をしていることがある。
「今、すみません!って呼ばれたんだけど、誰かな・・」
「うん、私も聞いた。男の人で若い人だったよね」
「うんうん、で少し甲高い声であの席の辺りからなんだけど」
「そうそう、でもあの辺り若い男の人いないよね・・」
「げっ、そうだよね。えーーーー、でも絶対聞こえたよね」
「うんうん、はっきり聞こえた。不思議だなー」
って、まさか天井のあたりにその声の主がいるとは思わないのだろうけれど。
店が忙しい日ほど、こういった騒ぎを良く小耳に挟む。
「でもさ、なんでいつも『すみません』なのかね」
「うんうん、必ず『すみません』なんだよねー。どの声を聞くときも。
 『生中一つ!』とは言われないんだよね」
頻繁にそんな現象が起こるもので、
バイト仲間の間では、そういった会話すら聞くことが出来るようになった。

「すみません」
お客さんが、居酒屋で店員の気を引きたいときは、
この言葉で話しかけることが多い。

「すみません」
気を引きたい、それだけのために、
この世にいない人の声が音声という物体に変わって、
私以外の人にも届くようになる。
どれほどのパワーがいるだろうか。
少なくとも、私は自分が死んだ後、
居酒屋で「すみません」と、
店員に話しかけるほどの力は持っていないだろう。
酒は好きだけど、そこまで根性が無いもので。





死者と生きている人の区別・・・
例えば、道を歩いていて、
「すみません」
そう話しかけられとき、私は声だけで、
その話しかけてきた人が死んだ人か生きている人か、
区別をする事が出来る。
なんというか、少しエコーがかかっているような声に聞こえるからだ。
そして普通に生きている人に話しかけられるよりも、
少し遠いような場所から聞こえるのが常だ。
近くで聞こえるのに、遠くから聞こえるという感じ。
感覚的なものなので、説明するのは凄く難しいのだが。

それを五見に教えたところで、どうしようもないだろう。
人が物事をどう感じるかを同じように感じろと教えることは不可能だ。
だって、いくら同じように死んだ人が見えると言っても、
私と五見は違う人間だからだ。




五見は結構可愛いほうだと思う。
だけど、小さい頃からこの特殊な不必要な能力のおかげで、
私もそうなのだけれど、
いろんな過去の人たちの苦労や悲しみを垣間見ることがあるだけに、
物事にあまり動じなくなってしまっている傾向がある。
早く言えば実際の年齢よりも、精神的に老けてしまっていると言う感じ。


「死国の子役やってた栗山千明みてーな見てくれで、
 それじゃなくても根暗に見えるのに、口もきかないんじゃ、学校でも浮くわな」
私が呟くように言うと、
「ほっといてくれる?私は自分のやり方でやるだけなんから」
五見は言った。
「だって、誰かに自分の人生の代わりを頼むわけにいかないでしょ。
 野球みたいに代打で八木登場ってわけにはいかないんだから」
何で八木なんだ。
清原とか江藤ぐらいに言っとけよ。
ま、こんな冗談口が叩けるなら、まだ大丈夫だろう。
なんだか、ほっとして帰って来たのだった。


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