夜の宴
秋も深まり日増しに日が短くなってきた季節の夕暮れ、こくみん王朝の主権者であり統治者である、こくみん大帝の宮殿に久しぶりに皇太子一家が遊びに来ている。 これから夜の宴が始まろうとしている。
こくみん大帝は現在66歳。幼いときに即位したため在位は既に60年以上となっている。皇太子は35歳、成人してからは東宮宮殿に居を移したため今はこくみん大帝とは別々に過ごしている。皇子は10歳、そろそろ自分の意見も言い出す年齢になってきた。
大帝 皇太子よ。今日はよく参った。別々に暮らすようになって以来なかなか会う機会も無いな。皇子も元気でやっておるか? 皇太子 お久しゅうございます。ご無沙汰をいたしまして申し訳ございません。皇子もようやく小学5年生になりましたので、世の中のことにも興味を持つようになってまいりました。もうすぐ中学ですが教育のことなど悩みも多くございます。今日はご馳走でございますね。 大帝 おぬしたちが来るというのでいろいろと宦官に用意させておいた。すし、てんぷら、皇子は肉がよいだろうから、ステーキも用意しておいたぞ。皇太子はワインをだいぶ好んでおる様だな。いくつかよいものを用意しておいたから、どれでもたのしむがよい。 皇太子 父上はもうすぐ70も近いと申しますのに相変わらずご健啖でございますね。 大帝 おう、わしらの若い頃は、まだまだあまり日本も豊かとは言えなかったからな。食べ物もよいものを食べることはなかなか難しかった。その上、兄弟が多かったこともあって、いろいろ取り合ったものよ。そのときの習慣がまだ残っているのかも知れん。今のようにモノがずいぶん安くなって、世界中のうまいものが食べられるとなれば、どうしても今日はこれ明日はこれといろいろと食べ比べることになるな。まあ医師からはいろいろ言われるから、抑えるようにはしておるのだが、小さいときに付いた癖というものはなくならぬものでな。
こくみん大帝の生活は多くのサービスを提供する宦官に支えられて成り立っている。食事も宦官に指示すれば何でも用意することが出来る。弁当、中華料理、ピザ、すし、日替わりメニューのケータリングなど、世界の珍味を味わうことが可能だ。また、世の中や政治の動向を伝えるニュース宦官、あるいはお笑い宦官、うた宦官、各種の講座をうけもつ文化宦官など。こういった宦官に囲まれてこくみん大帝はとても便利な生活を送っている。
食事の間にもいろいろな宦官が入ってきては何かの芸をしている。皇子がお笑い宦官の話を聞いて大声で笑っている。 皇太子 こらこら皇子、食事のときにお笑い宦官と遊ぶのはやめなさい。お前たちももう下がれ。 皇子 でもこの宦官面白いんだよ。いつも笑わしてくれるんだ。だから僕はこいつらが来るのをいつも楽しみにしているんだ。 皇太子 お笑いは止めてニュース宦官の話でも聞きなさい。ニュース宦官、今日の話を聞かせなさい。
王朝の財政
ニュース宦官 えー、現在議会では宰相が来年度の予算の話をしておりますが、なかなか難航しておるようでございます。何せ当王朝では長い間赤字の財政が続いておりまして、国庫は非常に疲弊しております。来年度の予算を組み立てるにもなかなか苦労があるようでございます。 あまりこういったお食事の席で数字のことを申してもどうかとも思いますが、来年度の見込みといたしましても、歳出は自然に増える予想ですが、税収の予想がその半分にも届きませんので、また新しく大量の王朝債を発行しなければいけないという状況が続いております。王朝債を毎年銀行などに出しておりますけれども、金融業者もだんだんと不安になっているようで、先行きが危ぶまれるところでございます。
皇太子 父上、この国の赤字の話ももうずいぶん長く問題になっておりますが、いかがなものでございましょうか、私どもといたしましてはだいぶ気を揉んでもおる話でございます。 大帝 ああ、そうじゃな。どうも慢性的な赤字が続いておるな。どうしたものかのう。まあ困った事だとは思っているんだが。かといって、出すものを出さんと言うわけにもいかんだろうしな。税金を上げるのもみんないやじゃとうるさいし。 皇太子 父上。父上は割合気楽に申されますが、これは将来私どもが背負わねばならないことになりますので、何とかしていただかないと困るのですが、いかがでしょうか? 大帝 おぬしそう言うが、これは別にわしが一人でやっておるものではないのだぞ。基本的には政治家どもに任せておることだし。もちろん皇太子や皇子の為の国の予算でもあるのだから、おぬしも自分のの問題として考えてもらわないと困るな。 皇太子 父上、お言葉ではございますが、私どももこの10年来いろいろと申し上げたこともございますが、私どもの意見はなかなか通っておりません。このように赤字がたまりますと、将来の私どもの負担になりますので、もう少し何とかなりませんか、ということも申し上げてきたつもりです。しかし結局ずっとこのような状態です。父上がもう少し腰をいれて考えていただければ、と思いますが。 大帝 うーん。そのことについてはなあ、宰相たちのほうにも、時々言っておるんだが。あいつらも大体いいことを言って、「いやいや、大丈夫です」といった感じだろう。また「ではこのようなことで大帝に少しご負担いただきましょうか」というようなことを言ってくると、わしがなあ、ついそういったものどもを排除した、といったこともあったかも知れん。何せあやつらもわしの機嫌をとることに躍起じゃから、なかなか思い切ったことを言ってくるものもおらんわ。それと何より正直に言って、わしもあまりよく分からんところも有るし、あいつらが何とかするだろうと思ってもいるんじゃ。 皇子 おじいちゃん。この前お笑い宦官が漫才で国の借金の話してたよ。雪合戦の話なんだけど、投げる雪がだんだん大きくなって、そのうち月や火星を投げたり、太陽を火箸で挟んで転がすって言う話なんだ。最後に片方の宦官が、「お前の話は国の借金と同じで大きすぎて分からんわ」って言うんだ。国の借金ってそんなに大きいの?いくらぐらいあるの? 大帝 いくらぐらいといわれてもなあ。 皇子 おじいちゃんはすごいお金持ちなんでしょ。それでおじいちゃんが国を治めてるんでしょ。それで国には大きな借金があるの?なんだかよく分からないね。 大帝 そういわれると、わしもよく分からんような。 皇子 でも国は可哀想だね。僕が助けてあげようかな。
皇太子 どうやって助けるんだい? 皇子 お金のことなんでしょ。僕お年玉をためたお金があるし、それにこの前おばあちゃんに宝くじをもらったんだ。これがあたったら3億円もらえるんだって。それあげたら払えるんじゃないの?そしたら僕が払ってあげようか、国の借金も。 皇太子 3億円ではちょっと足りないな。 皇子 3億円で足りないの?でも宝くじに当たると家が何軒も立つっていってたよ。いったい国の借金ていくらぐらいあるの? 皇太子 うーん。まあよく国全体では1000兆円というようなことが言われているなあ。 皇子 1000兆?1000兆ってどれくらい? 皇太子 1000兆円というのは1兆円の1000倍だ。で、1兆円は1億円の1万倍だな。3億円と比べるとだな、えっと、いくらだ?ざっと333万倍ということかな。 皇子 えー、宝くじに333回も当たらないとだめなの? 皇太子 333回じゃない。333万回だ。 皇子 333万回?ちょっとよく分からないけど、それじゃ一人じゃ無理だね。こくみんみんなで宝くじを買ったらいいんじゃない? 皇太子 当たりくじはそんなに無いかもな。確か年末ジャンボ宝くじで一等は60本ぐらいだったように思うよ。それに皇子のように当たったら国にあげようという人はあまりいないだろうな。 皇子 ふーん。なんかよくわからないけど、おじいちゃん、大変だね。僕お菓子食べたから、向こうでお笑い宦官と遊んでこようっと。 大帝 皇子に心配されてしまったわ。 皇太子 父上、このような膨大な借財を引き継がねばならないと思いますと、私としても先行きの見通しが立ちません。もう少しお考えいただければと思いますが。 大帝 むー。そのようにわしばかりを責めるではない。まるでわしが一人でやったように聞こえるではないか。わし、ではないだろう。悪いのは今までの政治家どもであったり、まーマスコミ宦官どももいろいろなことを言って結局よくわからんようでもあるし。わし自身も正直言ってよくわかっておらんのだよ。 皇太子 父上、父上はこの国の主権者であられますから、そのように頼りないことを申されても困ります。宰相どもを選んだのも、宦官どもを使うのも父上のほうでございますので、よくお考えいただきませんと。 大帝 うーん、そういわれてもなあ。困ったな。
楽しいはずの晩餐も、王朝の借財の多さという話になって雰囲気が暗くなってしまった。なんとなく決まり悪そうにする大帝と、不安そうに見つめている皇太子。それとは別に皇子はもう先ほどの話は忘れたように、お笑い宦官の話を聞いてゲラゲラと笑っている。ほかの宦官どもは、そんな難しい話は置いておいて、歌でも歌いましょうか、お芝居はいかがですか、と誘いかけてくる。
しかしこの王朝の未来はどうなるのであろうか。皇太子や皇子に明るい将来はあるのだろうか?
こくみん王朝の仕組み
ここでこくみん王朝のメンバーを紹介しておこう。今の皇帝は初代こくみん皇帝であり、小さいときに皇帝になったことから在位は既に60年を超えている。初代こくみん皇帝であり、在位期間の長さからいまや「こくみん大帝」と皆に呼ばれている。皇太子は35歳、皇子は10歳である。 大帝は今66歳1944年(昭和19年)の生まれである。生まれてすぐ終戦、その後ベビーブームとなり一年間に200万人というような多くの出生を見た。皇太子の生まれた頃は第二次ベビーブームとも呼ばれ、一時的に出生率が上昇した頃であった。 こくみん大帝の宮殿は中国の歴代皇帝や日本の朝廷、幕府に比べてさして大きいものではない。都心から約30キロのところに一戸建ての宮殿が建っている。敷地は約50坪2階建てである。皇太子はもう少し都心に近いところで75uほどのマンション住まいだ。宮殿と東宮宮殿は30分ほどで行き来できる距離にある。
さて、ここで王朝、すなわち日本国の人口分布の状況を見てみよう。この人工分布図を3つに分けてみる。50歳以上、20〜49歳、19歳以下、の3つである。なぜ50歳で分けるかということだが、この物語で問題になろうとしているのは累積した国家債務の問題である。この巨大な債務はおおよそこの20年間で作られた。この20年という期間の財政赤字について責任を持つべき世代はどこか、について「世代責任」というポイントで考えてみる。その時代に発言力があったという基準で見ればざっと現在の50歳以上が大方の責任を持つべきであろう。それ以下の世代に責任が無いというわけではないが、責任の大きな分岐点はこのあたりにあると考えられる。このため世代を大別して主たる責任世代、その下の世代、それからまったく責任の無い、選挙権の無い世代の3つにわけて見たわけだ。おのおのの世代の人口を加重した平均年齢を見ると、若年層は10歳、中青年層は35歳、50歳以上の平均年齢は66歳になっている。この物語にでてくる大帝の年齢が66歳であることは、ここに由来している。
こくみん王朝の仕組みを改めて説明しておこう。こくみん王朝の領土は日本国、構成員も日本国と同じである。主権者はこくみん皇帝であり、一応世襲の王朝である。王朝は政治家と官僚との二手に分かれて運営されている。政治家のメンバーはまず議員という名前でこくみん皇帝の指名によって選び出される。こくみん皇帝の指名によって選ばれた後はメンバー間での話し合いによってその中から宰相と各省ごとの大臣が選ばれる。政治家の中には自然とグループが出来るので、グループの数が多いものが主導する形となり、宰相をそのグループから選ぶことが今までの形式となっている。こくみん大帝が生まれてから10年ほどたって、自民党というグループが出来、この党が長い間政治部を主導してきた。しかし20年ほど前から変化が起き、自民党以外の別の党が政治を預かる内閣の中に入ることがしばしば見られるようになった。 内閣のほかに日常のさまざまな問題について対応していく役割を果たすのが官僚というグループである。官僚は科挙という国家試験制度に従って選ばれている。大学を出た若者のなかでこの試験に通ったものたちが官僚という役につき日々の王朝の業務の執行に当たっている。
皇帝は議員を選ぶという行為を通してこの国の政治を動かしている。議員を選んだあとは、その選ばれた者たちに任せており、日々の政治行動に直接指示を与えることは無い。
このほかに王朝の運営にかかわるものとして、数多くの宦官たちがいる。宦官は後宮に仕えるものとして表の制度ではないが、皇帝の日常に身近に接するという意味で、実質上いろいろと大きな機能を持っている。宦官の中には、皇帝の日常の生活、食事であったりその他各所の日常生活にかかわるサービス宦官というものもある。そのほかに世の中で今何が起っているか、知らせるニュース宦官や、娯楽スポーツなどで皇帝を楽しませるための娯楽お笑い宦官などもいる。こうした多くの宦官たちにとり囲まれて、皇帝は世の中の様子、政治の様子などを知ることが出来る。 中国の歴代王朝でも宦官たちは後宮の中に仕えるものとして、地位は低かったが実質日常の皇帝に近いという立場から多大な権力や栄華を誇るものも出ている。もちろん大体は皇帝にすぐに飽きられたり、怒りを買ったりして、杖でたたかれて死んで行ったり、忘れ去られて寂しい老後を過ごす、といった悲惨なケースが多かった。しかし皇帝の寵愛を得て成り上がると大変な力を持つという性格を持っていた。
大帝の憂鬱
さて、皇太子と皇子から厳しい追及を受けたこくみん大帝はやや暗い気持ちになっていろいろと考えてみた。
「ここまで戦後の社会の中でわしも懸命に働いてきたつもりである。日本の社会も発展し、成功し、みんなの暮らしもよくなったと思っている。しかし皇太子や皇子はこの国の借財のことが気にかかっているようだ。どうしてこんな大きな借金を作ってしまったのかと。あの顔つきから見るとどうも責任はわしにあると思っておるようだ。そんなことを言われても困ってしまうがな。しかしどうしてこのようなことになったのであろうか?」
第1章おわり (グラフ、イラスト版は、jidai.exblog.jp に掲載)
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