早朝の冷たい空気が私の毛布からはみ出た足を冷やし、その冷たさがうつらうつらとした私の脳みそを徐々に解凍していた。 「もう11月か。」 毛布に体を埋めながらぽつりと呟いた。この深い意味もなく呟いた言葉は一人きりの部屋に吸い込まれて消えた。この私以外の人影もなく、叩けばいくらでも埃の出るような部屋はまさに私そのものである。生活に必要なもの以外は何もなく、それでいてがらんどうとしているわけでもない。部屋の床、壁に触れて存在しているものが必ずそこに本来あるべきものとして、また単に新たな変化を恐れるがゆえ(あるいは私の懈怠の表れである)、頑として自らの存在意義を問い返させない空気を持っている。 この部屋の天井に出来ている染みも、斜めに歪んだカーテンレールも全てが何かしらの真理、または秩序にもとづいているのだ。
私は身を動かす度に老人の背骨をひねるような音を出すベッドの上で横になったまま、ふと違和感を覚え両手をピンと頭の上へと伸ばしてみた。伸ばした両手はベッドのすぐ側に置いている本棚にコツンとぶつかり悲しい音をたてた。それは崩壊の知らせだった。
窮屈だ。
この部屋は私にはもう窮屈なのだ。そう感じると私は急に泣けてきた。この狭く古ぼけた私の部屋はもうすでに私を必要としていないのだ。今まで部屋の一部として静かに、またひっそりと同化するように(現に同化していたのかもしれない)生きてきたのだがとうとう勘当されるようである。実はこうなることを薄々分かっていた。最近の私はどうもこの部屋の中で浮いていた。いつも自分を粛々と纏う部屋の空気をざわつかせ、沈黙が部屋を満たすことを邪魔していた。 潮時だ。シクシクと一通り泣いた私は急いでベッドから体を起こし、家を去る用意を始めた。旅行バッグにお気に入りのブランケットを一枚つめたところで、本当に必要なものはこの部屋から引き剥がすことは出来ないのだと理解した。これでいいのだ。 私は最後に玄関先の壁に掛けた鏡に自分を映してみた。 「ひどい顔だ。」 そうひと言つぶやいて、少しだけ笑った。
ひんやりと冷えたドアノブを手に握り、私は振り返って部屋全体を見つめた。見慣れた部屋は今も昏々と時を食べている。
「さようなら。またどこかで。」 私は静かにドアノブを回した。
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