僕は改めて自分で言うのも馬鹿らしいのだが、これといった才能もなければ、異性を引き付ける魅力もないさえない男だと思う。平たく言えば普通だ。今年で21になるにも関わらず、女性と1度もデートをしたこともなければ付き合ったことすらない。それだけなら言いのだが、プライベートでは友人すら少ない。そして、仕事ではミスの連発で上司からも見捨てられ、同僚達の間では笑いものにされている。こんな何をとっても上手くいかない男なんて小説だけの話だろうとでも思うかもしれないだろう。 たまに飲み会や合コンの話などを持ちかけられたとしても、それは数合わせで呼ばれることが大半だ。それに、女性を目の前にすると何を話していいかもわからず、終始沈黙し続けるしかない。仕事場でもそうなのだが、販売業で商品の売込みをする仕事柄に関わらず、コミュニケーション能力が乏しい。 初めに自分を普通と評価したがこうして自分をいろいろ整理してみると、異常だとさえ思えてきた。
実家を離れて一人暮しをし始めて、早3年近くが経とうとしている。実家までは、今住んでいるマンションからそう遠くはない。だが親元を離れて早く自由に生活がしたくて、就職内定が決まり、高校を卒業したと同時に一人暮しをはじめた。1週間に何回か母親から電話がある。だが、ほとんど電話に出ることはない。出てみても、「食生活に気をつけなさい」だの、「明日雨降るそうだから傘を持って行きなさい」だの、「洗濯はちゃんとしてるの?」と、説教染みた内容しかないのだ。これではせっかくの一人暮しの意味がまったくないとつくづく思う。 家族構成は父親、母親、姉、僕の4人家族。父親は警察官で、その職柄のせいか、口数も少なく、家ではめったに口を開かない。なので父親との思い出が僕の中にはこれといってないのだ。子供に関して無関心なのかとさえ思うほどだ。母親は専業主婦で、面倒見はいいのだろうが、若干、説教交じりの口調などが昔から面倒であった。 姉は出来損ないの僕と比べ、容姿端麗で、これといって欠点もなく、まさに才色兼備だ。僕とは違う遺伝子ではないかと疑うほどに、差がある。姉は今は大学進学の都合で上京し、地元にはいない。普段から姉弟の間での会話も少なく、連絡を取り合っているということも全くない。客観的に見れば、普通の家族だと思う。 普通が一番だと思うかもしれないが、普通すぎれば、今度は退屈になってくる。何か大きな行動を起こそうにも、そんな行動力など全くない。ましてやアダルトビデオを借りるのにも躊躇するような人間にそんなたいそれたことなど出来るはずがないという話だが。 毎日、朝決まった時間に起きて、仕事をこなし、家へ帰り、質素な夕食を食べ、風呂に入り寝る。こんなサイクルを永遠と続けていくのかと思うと気が遠くなる。せめて一つ秀でたものがあればと無駄な考えがいつも頭を過ぎる。親を恨むわけではないが、姉との差を考えてしまうと、あまりの不条理さに苛立ちが抑えられなくなる。通勤の電車の中で、目の前に座っていた女子高生と目が合うだけで、まるで人間じゃないものを見るような目でにらみ返される。慣れているわけではないが、やはり悲しくなるものだ。 こんな僕でも女性と付き合ってみたいとはよく思うものだ。同じ同僚の仕事のできる奴は、仕事ができる上にイケメンだから、ただ存在しているというだけで、他の女性社員の視線をすべて奪い去る。こんな絵に描いたような人間ばかりがもてはやされるのが現実なのうだろうが。ここまでネガティブだと運も逃げてしまうとは思う。だが長年積み重ねられてきた負の念は僕の肉体にとどまらず精神までも蝕んでしまっている。取り返し様がないのだ。 過去に1度本気で女性と付き合ってみようと、出会い系のようなサイトを使ってみた。自分のプロフィールを少々偽って登録した。すぐに女性が僕に食いついてきた。しかも年は1つ下の大学生。メールで互いに顔も知らないままやり取りを続けていたメールの文は今まで見たこともないようは華やかさをおびていた。そんなある日、彼女から「会ってお話がしてみたい」というメールが来たのだ。もちろん僕も会いたい。しかし、この顔じゃ会ってもきっと嫌われるだろうと思い、まだ時間が欲しいと伝え、会うのを断った。もちろん本当の恋愛は顔が全てではないとは思っている。だがやはり第一印象ほど大切なものはないだろう。自分を変えるためにあらゆる努力をその時はしたものだった。ファッションから、髪型まですべてに、金をつぎ込んだ。多少が付いた頃、もう一度会おうとメールを今度はこちらから送った。すぐに了解との返事が来た。しかしその後に、彼女から「顔を初めに見ておきたいから写真欲しいな」といいうメールが送られてきた。彼女からそのメールと一緒に送られてきた写真がった。見てみると、垢抜けてはいないけれども、今時の女の子っぽい子が写っていた。そしてこちらも写真を送った。しかし、送ってから10分、30分、1時間と全く返信が返ってこなくなった。彼女にその後もメールを送るが全く返信がないのだ。次の日の朝、彼女からメールがあった。 「ごめんなさい、やっぱりあなたと会えません」この一文だけだった。この結末に予想はできていたが、現実になるとやはり辛いものである。この件をきっかけに完全に女性にたいして僕の中にあった卑屈な精神がむき出しとなることとなる。 今日も仕事でミスをしてしまった。上司からは、「お前には営業スマイルが足りん」とこっぴどく怒鳴られた。しかしそんな説教など右から左へ流れてしまう。今月に入ってからすでにこの調子だ。どれだけ怒鳴られようが、いただくべきものは毎月いただいているのでこんなことはお茶の子さいさいだ。きっと、真面目に仕事をしている人間からすれば僕は大いなる反感を買うことになる。だが、僕だってふざけているわけではない。真面目に自分なりに頑張って、結果がこれなのだから救いようがないと思う。仕事を終わらせ、デスクの上の私物を片付けていたとき、隣のデスクの田中さんとう年配の女性から話しかけられた。「今からみんなで飲みに行くんだけどどう?」と食事の誘いだった。断る理由もないので参加させてもらうことになった。 職場から近い場所にある、居酒屋に入った。ここはよくこの職場の人間なら来る場所だ。席に着いてからとりあえず全員ビールを注文した。飲み会には僕を含めて7人だった。テーブルを囲むようにそれぞれが座るスタイルだ。隣にはさきほど僕を誘ってくれた田中さんと、同じ年の鈴木君という真面目な男がいる。ビールが運ばれてきたところで乾杯を済ませ、一口喉へ潤いを送る。なんともいえない満足感だ。アルコールが入ったところで話は仕事での話しになった。
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