「はっ・・・何焦ってんだ・・・俺・・・。」
そうだ。俺は焦る事なんて、何一つ無いはずだ。 だってそうじゃないか。いつもの生活に戻るだけだ。 今日一日がきっと夢幻だったのだと思えばいいんだ。
明日からまたつまらない日々が始まる。それだけじゃないか・・・!
”再び我等出会う時、口づけを交わし永遠の愛を誓おう”
「・・・!!」
頭の中で男の声が響く。この声は・・・ミカドと呼ばれるあの男の声だ。 俺は辺りを見回すが誰も居ない。この家には俺だけしかいないのだ。 ゆっくりと立ち上がり、また階段を下りていく。 テレビを消さなければいけない。
・・・あのコトバは、何なんだろう。
何処か懐かしく、何処か寂しく、何処か・・・愛しい。 だけど、なんだって言うんだ・・・!! そう感じるからといって、なんだと・・・。 俺はじっと足元だけを見つめ、階段まで下りていく。
リビングに足を踏み入れ、ゆっくりと顔を上げる。
「あ、ミカド!!遅かったではないですか!!」
「・・・え・・・かる、かな・・・?」
「?どうかなさいましたか?」
「〜〜〜っ・・・。」
俺は何故か安堵していた。全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。 先ほどまでそこにいなかったのに、何故かカルカナは今までいたかのような振る舞いで俺を見ていた。 優しく微笑みながら、俺を見ていた。 俺は立ち上がり、カルカナの側に歩み寄った。カルカナはニコニコと未だ微笑んだままだ。 そんなカルカナの頭に手を置き、優しく頭を撫でる。
「み、みか「寝るぞ。」
撫でていた手を頭から離し、俺はテレビを消して、リビングの電気も消した。 俺とカルカナは昼間のように二人で階段を上った。 そして暖房が効いている部屋に入り、カルカナを俺のベッドに座らせた。 俺は両親の部屋に置いてある布団を取りに行った後、自室に置いた。
「ミカド?」
「あ、嗚呼。俺はこっちで寝るから。俺のベッド使えってくれ。」
「で、でもっ・・・。」
「大丈夫だって、手なんかださねぇって。」
「・・・っ・・・!」
俺は布団を敷きながらへらっと笑って見せた。カルカナは顔を真っ赤にして俺に背を向けた。 多分カルカナは、俺のベッドを使うのに気が引けるんだろう。 それが解ったからこそ、俺は流すように話を逸らした。 普段の俺なら絶対に言わない言葉でもあるのだが。 俺は布団を敷きおえ、時計に目をやる。もう夜中の十二時半を過ぎていた。 色々とまだ考えたい事があるが、明日は土曜日。学校は休みだ。考えるなら、明日明後日と考えればいいか。
「電気、消すぞ。」
「は、はい!」
電気を消し、俺は布団に潜った。カルカナは未だベッドの上にちょこんと座ったまま窓の外を眺めている。それも、正座で。 俺は不思議になり、身体を起こす。窓から差す月明かりがカルカナの真っ白な髪を照らす。 月明かりに照らされるカルカナは、幼い少女ではなく、何処か大人びた空気を纏っているように見えた。 そんなカルカナをただただ、じっと見つめていた。・・・いや見蕩れてしまった。
カルカナは俺の視線を感じたのか、俺の方を向いた。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや・・・寝ないのかな・・・と。」
「・・・眠るのは得意じゃないのです。」
「得意じゃない・・・?何で?」
「はい・・・。苦手・・・なのです。」
「だから、何で?」
カルカナは言葉を詰まらせた。 何故か申し訳なさそうな顔で俺とベッドの布団を交互に見ていた。
そしてゆっくりと口を開いた。
「あの・・・その、闇が・・・怖いのです。」
「そ、そうか・・・。」
何故だろう。胸がちくりと痛む。 闇が怖いなんて、子供じゃぁあるまいし。といつもなら笑い飛ばすところだが、それが出来なかった。 カルカナの言葉の”闇”というものが、俺には未だ理解出来ていなかったからだ。 そして俺が何故傷ついているのかさえ、理解出来ていなかった。
「それじゃぁ・・・寝ないのか?」
「あ、その・・・一人で・・・眠るのが怖いのです・・・。」
「・・・それはつまり、一緒に寝たいと?」
「・・・っ!・・・あの、その!そ、そんなっ・・・!!」
どうやらそうらしい。 カルカナは、俺と寝たい・・・というより、誰かと一緒に眠りたい様だった。 俺は軽くため息をつき、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。 手は出さない。そうだ、手なんて出すものか。相手は子供だぞ? 確かに綺麗な顔立ちだが、俺はロリコンじゃない。
それに、そんな事してはいけない。そんな気が・・・する。
俺は諦めたかのように、布団から出てベッドの前に立った。
「ほら、カルカナ。布団には入れ。」
「え、あ、で、でも!」
「一緒に・・・寝てやる。」
「・・・お、おねがいします・・・っ!!」
カルカナは布団に入り、奥に詰めたので俺は手前に入ることにした。 カルカナは頬を真っ赤に染めている。だが、俺だって恥ずかしいのは同じだ。
こんな経験・・・俺にはないっていうのに・・・。
向き合うように俺達は寝転んでいた。 それが何とも・・・恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
俺は、仰向きになり天井を眺めた。
「ほら、寝ろよ?」
「は、はいぃ!!」
「何もしねぇって。大丈夫だから。」
ビクビクと身体を震わせながら、目を閉じるカルカナ。 だが、俺が微笑を見せたせいか、その震えも次第に無くなっていった様だ。 俺はちらりと横目でそれを確認し、俺も静かに目を閉じた。
耳元でカルカナの寝息が聞こえる。
・・・まだ三秒も立ってないぞ・・・。お前はの○太くんか!!
と、心でつっこんでおいた。
嗚呼、今日は何だか寝てばっかりだな・・・。
そんな事を思いながら、俺の意識が遠のいていくのが解る。 何も考えられなくなっていく。
そして、昼間見た夢をまた俺は見た。 少し違ってはいたのだが・・・。
暗い暗い闇。その中に浮かび上がる二つの存在。 ランプの光が淡く光りで照らされていた。
『ミカド!』
『カルカナ・・・久しぶりだね。』
『ミカドに会いたくて、また来ました!』
『・・・そう。』
カルカナは、いつも笑っていた。だが、何故だろうか。何処か切なげで、儚げな顔をしていた。 それを気づいたのか、とても男は悲しい表情で微笑んだ。
『ミカド、元気がないようですがどうかなさいました?』
『そんな事は無いよ。いつも通りだよ。』
『・・・そうですか。カルカナの勘違いみたいでした!』
カルカナは、笑った。気づかれないようにきっと笑ったのだろう。 だけど男には悟られた様で、何も言わず男はまた悲しい表情で微笑んでいた。 俺はやはり思う。
カルカナのこんな切ない笑顔はみたくない、と。
その後、二人は何をする訳ではなくただ歩いた。アテがあるのか無いのか解らない。 ただ歩いて楽しそうに話していた。 そんな時に男は立ち止まり、カルカナも立ち止まった。
『カルカナ、もう此処に来てはいけない。』
『どうしてですか?!』
『・・・闇に染まってしまう。そんなの僕には堪えられない。』
『闇に染まらないのです!カルカナは大丈夫なのです!』
『カルカナ、君のお姉さん達が心配しているだろう?』
『・・・カルカナのこと嫌いになったのですか?』
男は黙って首を横に振る。そして長い前髪の隙間からカルカナをじっと見つめた。 何も言わず、ただじっと見つめるだけ。 すると、カルカナは自棄になった様な顔で男を見た。
『・・・っ。なら・・・ミカドも一緒に・・・!』
『それは…出来ない。』
『どうし『君はもう此処に来てはいけない。』
男はカルカナの言葉に割って入った。カルカナは涙ぐみながら唇をキュッと噛んだ。 そして男がカルカナの後ろを指差す。 振り返ったカルカナの後ろに光り輝くあの扉。
カルカナは引かれるようにドアを押した。 そして振り向き、男に叫ぶ。
『ミカド・・・!カルカナがミカドを助けます!!此処から助けます!だから・・・!』
『再び我等出会う時、口づけを交わし永遠の愛を誓おう。』
『・・・!!』
『さようなら、カルカナ。』
カルカナは何も言わず扉の向こうに吸い込まれていった。 男は確かに言った。
¨再び我等出会う時、口づけを交わし永遠の愛を誓おう。¨
と。
男は消えゆく扉に向かって小さく呟いた。
『・・・もう二度と会うことはないだろうけども。』
小さく小さく呟いた。儚げに悲しみの混じった声で、呟いた。
男はクルリと扉のあった場所に背を向け歩きだした。
『嗚呼…また君か。駄目だと言ったじゃないか。』
誰に言ってんだ? 俺はそう心で呟いた。 だってそうだろう?これは夢なんだから。 それも男は誰に言っているのか解らない。俺のはずがない。
『君だよ、君。帝と呼べば解るかな。』
だが男は俺の名を呼んだ。確かに帝と。
俺は夢を見ているのではなかったのか・・・?
『夢、か。違うよ。これは今でもあり、過去でもある。夢の様なものではないよ。』
だが今だとすれば、カルカナは俺の横で眠っているはずだ。 それに・・・百年前に約束をしたとカルカナは言っていた。
過去の事だとすれば何故コイツは俺の言葉が聞こえるんだ・・・?
『君は僕だよ、帝。僕には名前なんてないけれど。』
いや、カルカナが呼んでいた。コイツの名はミカドだ。 無い訳が無いんだ。 そうじゃなきゃ、カルカナはコイツを呼べるわけが無い。
『・・・あの子が勝手につけたんだ。名前をつけたのさ。名もなき僕に、ミカドと。』
・・・そうだったのか。・・・じゃなくて・・・!
『そうだね。そうじゃない。カルカナは今君の側にいるんだね。嗚呼・・・もう二度と会わないはずだったのに。』
そんなのお前の勝手だろう?!カルカナはお前を・・・。
『君を愛している。僕を愛している。だけど報われないのさ。僕は此処から出られない。』
どうして出られないと言いきれる?最初から諦めるなよ!!
俺は何故か自問自答しているかの様だった。 本当にミカドは俺なのか?
『受け入れられないんだね。解るよ。だけどこれが運命、必然なんだよ。君だって馬鹿じゃない。だから解るはずさ。僕は君で、君は僕だと。』
・・・理解はしている。だけど、心がどうも追いつかない。 こんな馬鹿げた事を受け入れるなど、俺らしくないとも思える。
コイツは冷静に言葉を紡ぐ。 俺だっておかしくなっている訳ではない。冷静な筈だ。
だが何故か冷静でいられなかった。 俺がまた悩み始めていると、ミカドは言った。
『そろそろ僕は戻るよ。君は今何をすべきか、もう解っている。見ないふりをしなくていい。僕のようにならなくていい。今君はその世界にいるんだ。』
プツンといきなり視界が真っ暗になった。 まるでテレビを消されたかのように。
次、目が覚めるときに待ち受けている事に俺はまだ知らずに、深く深く眠りについた。
|
|