「なぁカルカナ。何を作ろうとしてたんだ?」
「え、あ、あの・・・こちらの世界で言われるカレーというものを・・・。」
「・・・。」
あ、あれがカレーだと?!具自体入ってもいないじゃないか! いや、スープとかじゃないのか?!いや、でもまぁスープだとしても、全くもって液体の様な物は跡形も無かったのだが。 沸騰しすぎて、水がなくなったとか?だが、それじゃぁどれだけ沸騰し続けたっていうんだ・・・?! というか、まず水なんて入れないし!
一体カルカナはどうやって作ろうとしたのだろう。 そんなことに俺は悩まされていた。というより、驚きを感じ動けなかった。
「あ、あの・・・ミカド・・・?」
「え、あ、嗚呼!か、カレーな!・・・うん。」
俺はカルカナの声で我に返った。 取り合えず、俺は鍋を水につけた。コゲが落ちるかどうか解らなかったが、水につけて置いておこう。うん。 母さんに怒られるかもしれねぇな・・・。 その時の言い訳はまた考えればいい。取り合えず、新しい鍋をだし、カレーの材料を冷蔵庫から取り出す。 豚肉、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン。そしてカレーのルーだ。 調味料は後から出すとして、二人でするとなると、簡単なものをカルカナにさせた方がいいと俺は思った。
俺はジャガイモを手に取り、カルカナに渡す。
「ほら、皮むいてくれるか?」
「は、はい!!」
俺はその横で玉ねぎの皮をむき、水で荒った後、まな板と包丁を取りザクザクと切っていく。 玉ねぎは早めに切らないと、目が痛い。というか涙が溢れてくる。 ネギも同じようなものだと、母親が嘆いていた事を思い出す。少し懐かしく感じる。 優しい母だ。そして厳しいがあたたかい父。 俺はきっと、恵まれていたのだろう。だからこそ、俺は幸せだったんだ。・・・いや、はずだった。 子供の頃は良く三人で出かけていたのを覚えている。 だが、二人の仕事が次第に忙しくなり、県外や、海外への出張が多くなっていく度、俺は心を閉ざしていった。 よくある話だ。誕生日の日には帰ってくると二人は言っていた。 だが、帰ってこなかった。その代りにと言わんばかりの沢山の誕生日プレゼント。 宅配便の人が持ってくる豪華な料理とケーキ。俺はそれを一人で食べた。 あれは確か、まだ小学三年生の頃だったと思う。 そして思ったのだ。
”おとなはウソツキなんだ。”と。
今では仕方の無いことだと解っている。 それでも、子供の頃はやはり寂しかったのだろう。 プレゼントなんていらなかった。ケーキも、豪華な料理もいらなかった。 ただ俺は二人に祝って欲しかったんだと思う。
その頃から俺は心を閉ざした。周りの人にはとても愛想の良い子だと言われていた。 そりゃそうだ。いつも笑っているのだから。何があっても笑っていた。笑うことがあの頃の俺には武器だった。 まぁそんなことがあったせいとまでは言わないが、まぁきっかけではあった。 それから両親とも俺は距離を感じている。 両親はそれに気づいているのか、いないのか俺には解らないが。 嫌いではない。だが、好きではないのだ。
「よし、切れた。」
切り終わった玉ねぎをボールに入れる。あとはニンジンとジャガイモと肉か。 そう思いながら、ふとカルカナに目をやる。 一生懸命ジャガイモの皮を・・・皮を・・・。
「って、ええぇえ?!カルカナ?何をしてるんだ・・・?」
「はい!皮をむいております!でも、何故でしょう?こんなに小さくなってしまいました。」
「か、カルカナ・・・料理はしたこと・・・「ないですよ?」
俺は愕然とした。 流石に、ジャガイモの皮をむく程度ならば平気だと考えていたことが甘かった。 俺の拳よりも少し大きなジャガイモが・・・赤ん坊の拳ぐらいの大きさと化していた。 カルカナは頭にハテナを浮かべているかのように、気難しそうな顔でジャガイモを見ていた。 何故そんなに小さいのかが不思議な様だった。
「カルカナ・・・むきすぎだ・・・。」
「え、えぇ?!だ、だって!カレーの中にはこのぐらいの大きさで入っているではありませんか!」
「普通は・・・皮をむいて、切るんだよ・・・。」
「そ、そうだったのですか?!」
カルカナは頬を真っ赤に染めた。というか、顔全体? 耳まで真っ赤になっていた。 余程、恥ずかしかったのだろう。どう考えても普通ではない行動をとったからだろう。 俺は小さくため息をつき、そのジャガイモを取り別のボールに水を張り、その中に入れた。 すると、カルカナが”あっ・・・。”と声を上げたが、関係なかった。
「・・・まぁ食えるし、入れる。」
「すみません・・・ミカド・・・。」
「いや、俺の方こそ・・・。じゃ、じゃぁ冷蔵庫からバターとってくれるか?」
「はい・・・。」
沈んだ表情で冷蔵庫を開けに行くカルカナ。 涙がやっと止まり、やっと笑ったと思えば次は落ち込んでしまった。 やはり何と声を掛ければいいか、解らない。 気分を変えようと、バターをとってくれとは言ったものの・・・どうしたらいいものだろうか。 俺は小さくため息をつき、ニンジンと豚肉を手際よく切る。豚肉を鍋に入れ、火をつけた。
「カルカナ?あったか?」
「は、はい・・・!ど、どうぞ・・・。」
「ん?いや、ちょっと持っててくれよ。」
「え、あ、はい・・・。」
俺は火の通った豚肉を違う更に入れ替える。俺は”よし。”と呟き、ジャガイモのボールの水を捨てる。 カルカナはポーッと俺を眺めていた。 まるで、初めて見た光景かと言わんばかりの目をしていた。
「んじゃーカルカナ!そのバター。」
「は、はい!」
「カルカナが入れてくれよ。」
「え・・・。はいっ!!」
カルカナは俺の横に歩み寄り、俺に分量を聞きつつ鍋に入れた。 そして俺は鍋に火をかけ、野菜を入れ炒めていく。じっと俺を見つめるカルカナ。 そんなカルカナに俺は、炒めるのを代わる。 わたわたとカルカナはしていたが、無理やり持っていたヘラを渡す。 そして楽しそうに炒めているカルカナを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
その後、二人でわいわいとしながらカレーを作り上げていった。 楽しそうに笑うカルカナを見て、俺は心が安らぐのが解った。 これまでにない感情だった。 カレーが出来上がったのは、時計の針が十時を指す前だった。。 俺達は空腹なことを忘れ、楽しく料理をしていたのだ。
「さて、出来た事だ。食うぞ。」
「はい!」
テーブルに並べたカレー。 見た目は普通のカレーだ。味見もした。きっと大丈夫だ。
俺はスプーンにすくい、口へ運ぶ。 その姿をカルカナはじっと見つめていた。
「ど、どうでしょうか・・・?」
「・・・うん。うまい!」
「っー!!」
カルカナは声が出ない程、喜びの顔で俺を見た。 そんなカルカナに俺は微笑み返す。 ”早く食わねぇと、冷めるぞ?”と言うとカルカナはニッコリ笑って首を縦に振った。 俺もカレーをまた食べ始める。 カルカナもおいしいと言わんばかりの幸せな顔でカレーを食べていた。 俺は食べながら不思議に思っていた。 今日朝に出会ったばかりの幼い少女と、俺は同じテーブルで食事を二度もしている。 そして、一緒にカレーまで作った。
俺はいつから面倒見の良い奴になったのだろう。 いや、なってはいない筈だ。 他の女だったら、俺はきっと追い返している。
だけど、何故カルカナを追い返さなかったのだろう。 それに・・・カルカナのことを懐かしく思ったり、笑っていて欲しいと思ったり・・・。
本当に俺は、カルカナと会ったことがあるのだろうか。 あるとするならば、やはりカルカナの言っていた『闇と光の狭間』と呼ばれる場所なのだろうか。
だが、そんな場所俺は知らない。 何処までが本当で、何処までが嘘なのか。 もしかすると全てが夢のような嘘で、今こうしている事も俺が見ている夢なのかもしれない。 現実と感じるには、程遠く感じる程に今の状態が俺にとって、不思議な事だらけなのだ。
俺達は夕食を食べ終わり、俺は風呂に入ることにした。 カルカナに風呂に入るかと尋ねたが、首を横に振り”大丈夫です。”と笑った。 俺は、湯を溜めていない事に気づいたが、今日はもうシャワーだけで済まそうと思った。 そこまで動いていないからだ。汗もそこまでかいちゃいない。
カルカナはリビングで、テレビを見ていた。 何もないと、きっとまた寂しいと感じさせてしまうかもしれないからだ。 取り合えず、俺は脱衣所に行き服を脱ぎ、風呂場へ入った。 蛇口をひねれば、少し熱めの湯が上から降り注ぐ。
「一体、アイツは何者なんだ・・・。」
ぽつりと吐いた言葉が水音に掻き消されていく。 この場で考えていてもラチがあかないので、さっさと風呂を出る事にした。 だけど考えてしまう。考えないようにしようとすればするほど、頭の中に最初に見たあの映像が流れる。 きっとあの最初の映像の時、カルカナの側で笑っていた男はミカドと呼ばれる男だ。 確信はなかったが、確信づいていた。だが、そうだからといって何なんだ・・・。 俺はタオルで頭を拭きながら、脱衣所からリビングへ向かった。
「カルカナ、やっぱ聞きたい事があるんだが・・・っ?!」
リビングでテレビを見ていたはずのカルカナ。 だが、そこには誰もいなかった。
テレビの中でニュースキャスターの女性が話す声だけが部屋に響く。 今さっきまでその場所で座っていたはずの女の子、カルカナ。 そのカルカナの姿が何処にも無かった。
「・・・ったく!!それはねぇだろ?!」
俺は頭に乗せていたタオルを握り締め、床に叩き付ける。 玄関の鍵は開いていない。ならば、俺の部屋か? 俺は急いで部屋の階段を駆け上がり、部屋の中へ入る。 だがそこにも、カルカナの姿はない。 いきなり、何処に行ったというんだ・・・?!
「いきなり現れて・・・いきなり消えるのかよ・・・。」
部屋の中で俺は膝をつき、右手で頭を支えた。 時計の針の音と、リビングでつけたままのテレビの音が小さく俺の部屋に響く。 本当に居なくなったのだと、思わせるほど静かだった。
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