「ふあぁ・・・ん。それじゃぁ、頼もうかな。」
「は、はい!」
俺に撫でられて嬉しいのか、料理出来るのが嬉しいのか解らないが、出会ってから始めてみた満面の笑みで、元気よく頷いた。 ベッドから降りて、背伸びする。そんな俺を見て、優しく微笑むカルカナ。 本当にこの子は、人間ではないのだろうか。 とても綺麗に笑って、泣いて・・・。 人間ではないとすれば、幽霊でないとすれば、一体何なのだろう。 そんな事を考えながら、俺はドアを開けて部屋から出る。 俺の後をテテテッ・・・と足早についてくるカルカナ。 部屋から出ると、凍えるかと思うほどに寒くなっていた。 暖房の効いた部屋は、今も温かみを増していく。 俺はぐっと堪え、冷え切った階段を下りていく。
階段を下りて、俺はリビングに置いてあるテーブルに手をついた。
「食材は好きに使ってくれて構わないから。俺は座って待ってるよ。」
「は、はい!カルカナ、頑張って作ります!」
俺は側にある椅子を引き、腰を下ろした。カルカナは、キッチンにパタパタと駆けていく。 サラリと揺れる真っ白な長い髪に俺は少しの間見蕩れてしまっていた。 そして俺は朝から先ほどの夢のことを考える。
カルカナの正体。 闇と光の狭間での約束。 ミカドと呼ばれる男。
とりあえず、今はそれが一番大事なことだ。 後は光の者が何とか言ってたような・・・。 一体カルカナは何処からやってきて、何者なんだ? あの翼は本物だった。白い髪・・・緑の瞳・・・白い服・・・そして、真っ白な翼。
・・・まるで御伽話や、小説で出てくる”天使”みたいじゃないか。 じゃぁ光の者というのは天使の集団?
「・・・はっ、ありえねぇよ・・・そんなの。」
俺はぽつりと呟いた。行き着いた答えのようなものが馬鹿らしくなってしまった。 もしも、そんなことが本当にあり得るのなら、死神だっているだろう。 神も、悪魔も、何だっていることになる。 そんなものは子供の頃に信じているものだと思っていた。 この時の俺は、そう思っていた。いや、思いたかったのだ。
「キャァ!」
「ッ・・・?!ど、どうした?!」
俺はカルカナの悲鳴に我に返り、ガタンと音を立てて、その場に立ち上がる。 キッチンの横に俺の家はテーブルを置いていたのだ。そこから、いつも母が料理を出してくれている。 まぁ今はいないのだが・・・。
立ち上がった瞬間、何処からともなくボンッという爆発音が聞こえた。 いや、まさかな。漫画や小説じゃぁあるまいし・・・。
そう思いながら、俺はキッチンに居るカルカナの元へ歩み寄る。
「カルカナ?」
「・・・っ・・・みか、ど・・・っ。」
カルカナは俺の方に恐る恐る顔を向ける。涙をいっぱいに溜めた緑の瞳、少し黒く汚れた頬、唇をキュッと噛んで俺を見る。 どうやら俺が怒ると思っているらしい。その顔からは、そう感じざる得ない。
料理を失敗することなど、誰だってある。それに、そんな顔をした女の子を怒鳴るという趣味はない。 俺は服の袖でカルカナの頬の汚れを取ろうと右手を伸ばす。するとびくっと身体を強張らせるカルカナ。 ぐいぐいと荒くだが、頬の汚れを拭う。 するとカルカナは、少し驚いた顔で俺の顔を見つめた。
「どうした?こんな汚して。」
「あ、え、そのっ・・・!」
「怒らないって。これぐらいじゃ。」
「・・・っ・・・あの・・・っ、こちらの世界はとても、ッ・・・寒いので・・・あたたかいものでもと、思ったのですが・・・っ。」
俺はちらりと、横目でガス台を見る。 何をどうしてそうなったのか解らないが、鍋を使った痕跡はある。だが、そのあたたかいものとやらが・・・何故かどす黒い色をしていた。 一体何を入れたんだ・・・?!というより、この色はどうやって出したのだろうか・・・。 そして、異臭が俺の方に漂ってくる。 コゲ臭い。そして・・・溝臭い。
「あ、あのさ。俺が作るよ。やっぱり。」
「え、で、でも!」
「一応俺、此処の家の子だしさ。他人のキッチンなんて使いづらいよな。」
「・・・っ、でも・・・っ。カルカナ、お作りしたいの、ですッ・・・」
「?!」
いっぱいに溜めた涙が一気に頬を伝う。 俺の服の袖が次第に濡れていく。 泣かせた、泣かせてしまった。
泣かせることなんて、いつものことだった。 俺は女を泣かせてしまうのだ。いつもなら、何とも思わなかった。 勝手に泣いてる。そう思ってるだけだった。
だけど、今回は違う。何故か泣かせてしまったことに、焦りを感じる。
「あ、え、カルカナ?!な、泣くなよ!!な?」
「ひっく、は、い・・・っ・・・。」
嗚呼・・・どうすればいいんだろうか。 こうゆう時なんと声を掛ければいいんだろうか。 俺には・・・解らなかった。 自分の無力さがひしひしと感じる。
俺はカルカナの頬から手を引き、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いた。
「あー・・・あー!!カルカナ!」
「は、はいっ!!」
ビクつきながらも、俺の目を真っ直ぐに見た。 これから何を言われるのかと怯えているのか、両手を胸の前でギュッと握り締めながら俺を見た。 別に怒りはしない。怒る必要なんて無い。(というか呆れている。) 言葉が見つからない俺には、これしか出来ないと思ったんだ。
「もう・・・泣くなよ。」
俺は荒くだが、カルカナの頭を撫でた。 カルカナは驚いた目をしていたが、すぐに微笑んでくれた。 もう涙は止まった様だった。そして笑顔で”はいっ!”と元気良く返事をしてくれた。
笑った方がいいんだ・・・。
・・・え?何でだ?何でだろう。そう・・・思えたのだ。
「じゃぁ俺が後はするから。」
「え、で、でも!」
俺の左手を握り、ギュッと唇を噛むカルカナ。 どうやら意地でも作りたいらしい。
・・・だから、こうゆう時何て言えばいいんだよ。
きっと学校の男達は解るのだろうか。 そういえば、女子達も優しく声を掛けてもらうだけで騒いでいたみたいだった。 まぁ顔の良い奴からの場合の話だけども。 だが、俺にはそんな優しい声を掛けることが出来ないのだ。 掛けたことがない・・・と言えば嘘になるが、俺はどうでも良いと思える他人になら、偽れる。 勝手に言葉が出てくる。考えなくとも、言葉が次々に出てくるのだ。
だが、今の俺には何故か言葉が出てこなかった。 いつもの俺ならきっと焦ったり、驚いたりなど他人の前では見せないのだ。 それなのに、俺はコイツと出会ってから、何故か焦ったり、驚いたり・・・と考えられない行動をしている。 俺は今この時はまだ、理由を知らずにいた。 後に起こる出来事で俺は納得してしまうのだけども。
取り合えず、俺はカルカナに二人で作る事を提案した。 カルカナもそれに頷いてくれた。
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