俺の視野には未だ暗闇が広がっていた。 唯一違うことは、オレンジ色のあたたかな光がぽう・・・と照らされていた。 その場所で、誰かが話している。どうやら、二人いるようだった。
『ミカド様!』
聞き慣れた声というのは、おかしいのかも知れない。 だけど、先ほどまで何度も名を呼ばれ、聞き慣れてしまっていた。
・・・そう、声の主はカルカナだった。 そして俺の名を・・・呼んでいた。 俺が返事をするか、否か悩んでいると、カルカナへ誰かが声を返した。
『カルカナ…またこんな所に来てしまったのかい。』
俺は一瞬自分が答えてしまったのかと焦ったが、その声は俺ではなかった。 俺の声は十七歳らしい、低めの声だ。声変わりはとっくに終わっている。 いや、十七歳にしては低すぎるのかもしれない。そう言えば、音楽の時間の合唱ではいつも低音パートだった。 そんな俺の声よりも、少し高めで爽やかな声質。 俺と同じ名前の男だ。
『ミカド様に会いたくて…えへへっ』
『その…ミカド様は止めてくれないかい?』
『じゃぁ…ミカド…?』
『嗚呼、そうだね。なんだい?』
『呼んでみただけです!ミカド、これは知っていますか?』
『…なんだい?』
『ふふふっこれは紙風船というのですっ。』
『初めてみたよ。』
『こうやって遊ぶのですっ!』
・・・何だ、これ。 暗闇の中、カルカナの白い服が淡いオレンジ色に照らされる。 どうやらその男の持つランプでカルカナの服がオレンジ色に染まっていたらしい。 男の持つランプは一般的に想像するようなランプの形ではなかった。 四角い箱の様な形で、底に四角く出っ張っており、その四隅に金属のような物が連なっていた。 持ち手の部分は、輪になっており、そこを右手の指先でつまむように持っていた。 男が歩くたび、下についている金属がこすれて、シャランと音が鳴った。
男の髪は茶色く、サラリとした髪質。 前髪が、鼻の上ぐらいまであり、目は見えない。 カルカナは楽しそうに手に持っていた紙風船を上に投げ、掌でぽんぽんと飛ばしていた。
俺はただその夢をじっと見つめていた。 俺と会ったときのカルカナの顔というのは、喜びで満ちていた。 だが、すぐに変わった。それは、悲しみだった。 此処に居るカルカナは、心から笑っていた。 俺は・・・必死に笑っていたのだと、痛感した。
幸せそうに、嬉しそうに笑うカルカナ。 ミカドと呼ばれる男も口元を緩ませ、笑っている。 あたたかな気持ちになるのは、きっとランプのせいだ。 ・・・感じたこともない感情に、俺は戸惑いを隠せずにいた。
隠す事も無いのだ。誰も見ていない。これは俺の夢の中なのだから。 俺はどれくらい、あの二人を見ていたのだろう。 結構見ている気がした。
『カルカナ、そろそろ帰らないと…。』
『はい!また来ても宜しいですか?』
『…あまりこちらに来ては…。』
『また来ますっ!カルカナ、ミカドに会いに来ます!』
『…。』
『それじゃぁまた会いましょう。ミカド!!』
カルカナはミカドと呼ばれる男の手をとり、にっこりと笑った。 その瞬間、闇しかなかった場所に光り輝く扉がカルカナの前に現れた。 カルカナはその光の扉の奥に吸い込まれるように消えた。
…何だ、これは。 俺って意外にドリーマーなのか? それともカルカナに言われた言葉の数々のせいで、こんな夢を見ているのか?
『カルカナ…または無いんだよ。』
俺が困惑していると、男はぽつりと言葉を呟いた。小さく小さく呟いた。 この場所には俺意外誰もいないと言うのに。 そして持っていたランプで闇を照らしながら歩く。 闇の奥へ歩いていく。何もないであろう闇の奥に。
すると、ミカドと呼ばれる男がいきなりくるりと、こちらを振り向いた。
『嗚呼…君か。駄目だよ、あまりこちらを見ないほうがいい。』
そう言い、ふっと笑みを見せてまた前を向き歩いていく。 一体誰に対して言ったのだろう。こちらを向いたのは確かだが、夢の人物が俺に言うか? だが、夢は夢。だからこそ、変な事があってもおかしくは無い。 男はランプを持ったまま、歩いていく。金属のこすれる音が闇中に響き渡る。
その音は何故かとても、俺の胸を締め付ける音だった。 ギュッと締め付けられる胸に俺は手を当てた。 ふと男をみるが、男の姿はそこには無かった。
すると視野が、次第に光に満ちていく。夢から醒めるのだと、気付く。
・・・起きないと。
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