「・・・あの時もこうして泣いてくださりましたね…。カルカナはもう大丈夫なのです…ミカドが哀しむ必要はないのです…!」
そう言って、カルカナは小さく泣いた。俺の頭の上で小さく泣いていた。 声を出さぬよう、必死に堪えながら。 そんなカルカナの背に腕を回し、優しく、優しく抱きしめた。
まだ解らぬ事だらけで、頭の整理もつかない状態だ。 だけど今は、この今だけはこの少女の涙が止まることを、俺は最優先事項とした。
何も言わず、ただカルカナの涙が止まるのをじっと俺は待った。 優しく互いに抱きしめながら、俺達は互いを必要としているかのように抱きしめ合う。 不思議なことだと俺は思った。 だって、そうだろう? 俺は見ず知らずのこの少女を、愛しく思ったり、懐かしいと思うのだ。 不思議すぎる。おかし過ぎるだろう。絶対に。
だが、それは嘘のような真実なのだ。俺が思うこの一つ一つの感情に、嘘偽りなど一つもないのだ。
カルカナの涙も止まったのか、カルカナは俺から離れた。 俺も涙を拭い、カルカナの肩をガシッと掴んだ。 カルカナは涙で濡れた瞳を拭うことなく、俺を見つめた。
「・・・カルカナ。まだ、聞くことがある。」
「…。」
そう。一番気になっている事だ。 これからのことにも関係してくる事なのだ。
「俺は…人間なんだよな?」
これは大事だろう。
「…今は人間です。」
カルカナは少し躊躇いはしたが、小さく返答を返した。 俺は安堵ともに何故か申し訳ない感情を抱いた。
ん・・・?いや安堵はともかくだ、何故申し訳ない感情が・・・?
そこに疑問はあったが、今の俺では何も理解出来なかった。 一人悩む俺に向かって、カルカナは必死な目で俺を見つめてきた。
「ですが、またこうして会えたのです!住む世界が違えど、カルカナとミカドは…こうして会えたのです!!」
そう。さっきからカルカナの言う、”会えた”と言うのはどうも気がかりだった。 だが、そんなこんなをしていると、知らぬ間に昼の12時になる頃だった。 どれだけ話をしていたのかさえ、忘れるほどに俺はカルカナに質問攻めを繰り広げていたのだろう。 だが、動いてもいないせいか、俺の腹は空腹でもなかった。
「はぁ。カルカナ。腹減るか?」
「え?」
いきなり俺がこんなことを聞いたせいなのか、カルカナは拍子抜けの顔で俺を見つめてきた。 別にカルカナが空腹だとしても、まぁ作りはするが・・・。 とりあえず、聞いてみることにした。
「どうなんだ?」
「あ、いえ!大丈夫です!というか、また食事なのですか?」
・・・だよなぁ。 さっき食べた感じにしか思えない。そりゃそう言いたくなるよな。 俺は頭をぐしゃぐしゃっとかき上げ、天井を見上げた。 このまま質問攻めでもいい。だが、カルカナもきっと疲れているのではないかと、俺は少し心配になった。
「いや、もう昼飯時だからさ。一応聞いておこうかと思ってな。」
「そ、そんな!カルカナは平気です!大丈夫です!」
カルカナは二つ拳をつくり、ガッツポーズをする。 どうやら、本当に大丈夫らしい。 何もすることのないこの部屋で、一つするとなると・・・ 俺の部屋にあるパソコンぐらいなのだ。 かといって、それはあくまで俺がするだけのこと。カルカナはただ見ているだけになる。 それじゃぁ今の質問攻めの方がマシではないだろうか。 俺は先ほどから気になっていたことを聞くことにした。
「なぁカルカナ。」
「はい?」
「カルカナ、何故此処にいるんだ?」
「……っ!」
「何となく不思議だった。また会えたというより、お前は俺に会いに来た。また会えたわけではない。」
カルカナが何度も言った、”また会えた”という言葉。 俺はそれが不思議でたまらなかった。また会えたとは出会うべくして偶然に出会うもの。 会いに行く時点で、それはまた会えたとは少し違う。
カルカナは俺の言葉に何も言わなかった。 部屋にある時計の針の音が俺には煩く感じる程にお互いに無言になった。
その無言を破ったのは俺だった。
「俺はまだ何もと言って言いほど思い出していない。カルカナ、確かにお前を知っているのかもしれない。だが、それはまだ確信とはなっていないんだ。」
「…はい、貴方様がカルカナを覚えてらっしゃらないのは解っています。」
カルカナは悲しげな声で話す。俺の目を見つめたままで。 俺が覚えていない事を解っていながらも、カルカナは必死に俺に約束を思い出させようとする。 思い出すことに何の意味があるというのだろうか。 だが、思い出さなければならないような感覚に陥っていた。 だからといって、簡単に思い出せるのならば話は早いのだが、それが中々思い出せないのだ。 先ほど見た、映像は俺とカルカナに何か関係するのだろうか。 俺はゆっくり瞼を下ろす。先ほど見た映像をゆっくりと思い出す。 カルカナが笑う。今と同じ姿で。だが、一緒に居る相手が全く見えない。 それどころか、俺がカルカナを見ているような、そんな感覚に陥る。
「ミカド・・・?どうかなさいましたか?」
「・・・え、あ!いや・・・何も。」
カルカナが声を掛けてきたので、俺は咄嗟に瞼を開けた。 そりゃそうだ。いきなり一緒に居た相手が目を閉じれば、誰だって声を掛けたくなる。 ましてや、話の最中で目を閉じられるということは、何かを考えてるか、眠いかのどちらかなのかと思うだろう。 確かに俺は前者ではあったが、それと同時に眠気もあった。 学校を休んだということは、俺にはそれだけの暇があったのだから。 そんなことを考えていると、本当に眠気が俺を誘った。
「ふああぁ・・・。ねみぃ。」
「え、そ、それは、眠った方が良くないでしょうか?」
「いや・・・俺が寝れば、カルカナは何をするんだよ。」
「カルカナは、お側に居ります。」
「・・・そっか。なら、少し眠らせてもらおうかな・・・。」
俺は立ち上がり、ベッドの掛け布団に手を掛けた。 カルカナは寂しそうな表情で笑って”はいっ。”と言った。 一人にするのは可哀想な気もしたが、俺は眠気には勝てず、布団に潜り込み瞼を下ろす。 俺の意識はだんだんと遠くなっていく。脳が思考を停止していく。 もう何も考えられなくなる。というより、どうでも良くなっていく。
カルカナの正体も、カルカナが現れた事も、全て。
眠りにつくというのは暗闇に包まれる感覚、というのだろうか。 夢を見る前はいつもそうだった。 何故だろうか。流石に暗闇がとても居心地がいいとまでは言わない。 ただ、何もかもを許してくれる。そんな感じがするのだ。
視界に映るものは、漆黒の闇。 俺は普段、夢をあまり見る事が無かった。
そういえば、学校の女子達が夢の事について熱心に話していたことを思い出す。 勿論、俺にではなく、友達と喋っていたのだろう。 俺の席は、教室の一番後ろの窓側の席。 本当にこれでもかというくらいの、素敵な席だ。 その席で、俺はいつも休み時間を過ごす。ただ空を見上げ、ぼーっとするだけなのだが。 友達が居ないわけではない。いや・・・上辺だけならば、沢山いるだろう。 心から親しむ友達は居なかった。だからその上辺だけの友達と、俺は無理に話そうとはしない。
授業は特に面白みもないが、休み時間は更に面白みがなかった。 何もしないということは、本当に面白くなどなかった。 そんな時に、近くで騒ぐ女子。
「ねー知ってる?夢で自分が死んだら、いい事があるんだって!」
「そうなの?!へぇー、知らなかったー!!」
「夢っていうのはねぇ、自分が普段想ってる逆の事らしいよー?」
”そうなのー?!”と周りの女子達が騒ぐ。 俺は、空を見上げながら”夢を見ないのはどうゆう意味なんだろう。”などを考えていた。 たまに見る夢さえ、訳の解らん夢ばかりだ。 宇宙人が出てきたり、見知らぬ人たちに囲まれたり、猿に追いかけられたり・・・。 良く解らない夢ばかりだ。 誰かこの夢を解明できるものなら、して欲しい。
そしてこれから見る夢は、いつもと違う始まりだった。
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