街の本屋さんは、小ぶりだけど中身がぎっしりと詰まっていて、実に頼もしく感じられた。 しかし、その蔵書の九分九厘は、僕ら変態者(サブカル)にとって単なる紙切れの寄せ集め以上のものではなかった。 しかも店内には、今時流行りのJポップが流れていた。そうあの吐き気を催す類の楽曲である。 軽快で軽薄な曲調と歌詞とが、僕の病的に研ぎ澄まされた感性には、とても耳障りに感じられるのである。 店内に陳列される商品は書籍ばかりではなかった。 そのほかにも低所得者向け文房具やら低所得者向けファンシーグッズ、低所得者向け美少女フィギュアなどが所せましと並び、大衆書店としての面目を保っていた。 僕は、『人類の啓蒙に資する、知的遺産としての書籍(所謂書籍A群)』の棚の前を素通りし、一直線に変態書(サブカル)(ちなみにこれは書籍B群である)のコーナーへと向かった。 変態書(サブカル)の棚は、店の隅に隔離されるように存在していた。 実際に行って見ると、そこでは、少女が猫を切り刻んでいた。 少女が猫を切り刻んでいた。 その女の子は、人生において本当に大事なことにだけかかずらっていますといわんばかりの、無頓着な服装をしていた。 にもかかわらず、少女は美しかった。 特にその瞳は、きっと本をたくさん読んでいるのだろう、とても人を見下したようであった。 「あぎー。あぎぃぃぃぃぃ」 少女が啼いた。 少女は何やら訳の分からない奇声を発しながら、平積みされた本の上で惨たらしく猫を解体していく。 何か尖がった「凶器のような物」が、猫の腹を割き、先端のカギになった部分がその内臓を引きずり出す。 瞬間、酸鼻な血の臭いが辺りに広がった。 少女は、機械的な手際のよさで猫の臓器を腑分けすると、それらを本棚に塗りたくっていった。 太宰治の『人間失格』。ヴォードレールの『悪の華』。サド侯爵の『悪徳の栄え』。坂口安吾の『堕落論』。そして何よりも端原姦姦先生のご著書の背表紙が鮮やかな朱(あか)で彩られた。 全ての仕事を終えた少女は、しばらく恍惚とした表情でそれを眺めていた。 けれども、次の瞬間、その顔が怒りに曇った。 少女は、例の「凶器のような物」を振り上げると、棚に陳列された本の中で、正確に一冊だけを狙ってそのおぞましい物を振り下ろした。 大判の本が、ぼとりと棚からまろび出た。 それは、某人気俳優の写真集であった。 「私が、『ヴィ○ッジヴァンガード』に生贄を捧げる神聖な祭壇に、よくもよくも」 激昂する少女。 その手には、血の滴る「凶器のような物」が鈍い光を放っている。この物体の、えもいわれぬ凶悪さを説明することは詩人の筆を持たぬ僕には不可能であった。 その「凶器のような物」を某人気俳優の写真集に突き立てた。 「ここはお前のような者がいるべきところではないのです。畜生畜生畜生ぉぉぉぉ!」 その瞬間、少女の総身がぶるると震えた。 少女は、顎を反らせ、天を仰いだまま の姿勢で固まってしまい、その股座からは、大量の液体が迸った。 微かにアンモニアの臭いが辺りに漂った。 失禁したのである。 少女は、頬を紅潮させ、陶然とした表情でその場に佇んでいた。 さて僕は、怖気を覚えた。 足がすくむ。 僕は、その場から動くことが出来なくなってしまった。 勿論、これは恐怖心からである。 けれども、本当の恐怖はこれからであった。 少女が僕の方を振り返ったのだ。 「あー。貴方ですか」 弾むような声で少女は言った。 少女は、満面の笑みを僕に見舞った。 「お待ち申し上げておりました。貴方に会えて嬉しい、とても」 人懐っこい笑顔を浮かべ、「凶器のような物」をぷらんぷらんさせながら、少女は、一歩一歩嬲るように僕との距離を詰めてきた。 (いけない、何かとんでもないことをされるに違いない) 僕の野生の本能が、ココカラ逃ゲロ、と命じていた。 けれども、都市生活に甘やかされた僕の身体は、その時まるでデクノボーであった。 僕は、全身を恐怖に縛められ、そこから微動だにすることができなかった。 少女は僕の目の前まで来ると、いきなり僕に抱きついてきた。 どきんと僕の胸が高鳴った。 少女の両腕が僕の首に絡みつき、華奢な全身が僕の身体にしなだれかかってくる。 その身体は柔らかく、そして、甘い臭いがするなと僕は思った。 少女は、とてもくすぐったい声で、僕の耳に囁いた。 「『ヴィ○ッジヴァンガード』から来ました、私はサイコパスです。どうか私めを、貴方のお守りにして下さい。このとおり」 「凶器のような物」の感触を、僕は背中に感じていた。
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