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作品名:cries vanguard 作者:姦姦先生

第1回   1
地球温暖化で海が沸いた。
沢山の魚介類が茹って死んで、蛸もまたその例外ではなかった。
それでも僕は、蛸が欲しかった。
人が幸せのために蛸を拝むようになったのは、いつの頃からだろう。
なんでも、まだ海のお湯が冷たかった大昔、そういうことが少し流行ったという。
 つまり、蛸は英語でオクトパス、置くと(試験に)パスするということで、その霊妙な言霊が受験生の気休めに重宝されたのである。
ところで、現在を生きる僕も、また受験生であった。
 受験生にはやっぱり蛸が必要だと思う。
 聞くところによれば、昔の人は、祀り、崇め、奉って帰依すべき蛸でさえ、置物やなんかで間に合わせていたという。
 僕なんかは、随分不まじめな話だと思ってしまうのだが、どうやら当時は、自らの主体的な努力というものが、お蛸様以上に信じられていたらしい。
おそらく精神的に未開な段階だったのだろう。まったく気の毒な原始人どもめ。
僕ならば俄然、生(なま)の、正真正銘の本物を拝む。そうして、全身全霊で他力本願、人生の一切を蛸に委ねる覚悟があるのだ。
そうでなければ、こうして一時間以上も海に向かって蛸呼ばいの儀式を続けたりはしないだろう。
まったく人が見れば、気の触れたチンドン屋かと思うかもしれない。あるいは、ただのバカだと斬って捨てるだろうか?
 海辺に立ち、ひたすらに鉦と太鼓を打ち鳴らし続ける。
そうして、蛸の名を呼び続けるのだ。
ちんどんちんどんちんどんちんどん。
「蛸や蛸やおーいおーい」と。
 けれども憧れの頭足類は、無情にも僕に応えてはくれないのだった。
 僕は、目の前の光景を見て、さもありなんと思ってしまう。
この冷房都市常陸白熊は、街全体が巨大なドームで覆われているが、このドーム部分は、設計者の悪意で透けている。
だから、滅び行く地球の海と空とが良く見えるのだった。
常夏の海は終日ぐつり。
 まるで炭酸飲料のように、無数の泡が、あわただしく生まれては消え、消えてはまた生まれる。
寄せる波は、冷房都市の外壁に砕かれて、二度と沖へは帰らない。次の瞬間には気化してしまうからだ。
濛々と立ち上る湯気は、重苦しく立ち込める雲の中へと溶けてゆく。
その雲の向こうで、ほんの少しだけ太陽が鈍色に輝いているのが伺える。
そこにあるのは、いつもの地獄絵図。
それは、ちっとも素敵ではない。
本当は分かっていた。こんな海に、蛸はおろかどんな生き物だって住めはしないのだと。
けれども僕は、夢見がち(ロマンティスト)だから、こうして喚いていれば、見兼ねた誰かがなんとかしてくれるのではないかと、淡い期待を抱いていたのだ。
そして果たして、誰かが背後から僕に声を掛けてきた。
「へへ、兄(あん)ちゃんよぅ。何してんだい?」
「しめた」僕はそう思い、振り返る。
だけど、次の瞬間、僕はがっかりしてしまう。
何故なら、そこに居たのは、何か頼りになる誰かではなくて、どちらかと言えばただの社会のクズだったのだから。
 つまり僕の目の前には、ホームレスのおじさんが立っていたのだ。    
おじさんと対峙する僕の全身にどっと嫌な汗が噴出した。
その汗を、吹きつける風が乾かしていく。
 それは大冷房が吹き降ろす、設定温度二十七度の心地よい冷風であった。
 大冷房というのは、皆さんのご家庭にあるエアコンを超(ちょう)大きくしたものを想像していただければだいたい間違いない。
それは四角くて白く、送風口にはビニールのびらびらがいくつもはためいている。
冷房都市の四方の壁には、この超巨大エアコンが埋め込まれ、都市人民に絶えずさわやかな風を供給しているのである。
それはこの、温暖化の灼熱の惑星(ほし)で、人がなんとか生きていくために、出来れば快適に暮らせるようにと。研究に研究を重ねて開発された人類の叡智の結晶なのである。
この大冷房、完全コンピューター制御で、ドーム内の空気を常に最良の状態に保つため、様々な機能が付与されている。空気循環機能、除湿および加湿機能、消臭機能、滅菌機能、K・Y弾圧助成機能。
 けれども、どれだけハイテクな機能がついていても、エアコンはエアコンである。
 そして、エアコンというのは、室内の心地よさと引きかえに外部に大量の熱とフロンガスを撒き散らす、エゴイズムの権化のような機械に他ならない。
 この街の仕組みがこんなだから、日々温暖化には拍車が掛かる。
 嗚呼、蒼い地球が泣いている。母なる大地がかわいそう。
 僕には、この地球(ほし)の痛みが分かるので受験勉強に集中できない。
地球(ほし)ばかりではない、およそ全ての可哀相な人、虐げられた弱者を目にすると、その悲しみがぐっと胸に迫って来てしまうのだ。
たとえば、こんなホームレスのおじさんなども僕の憐れみの対象であった。
 本当に、このホームレスのおじさんの薄汚さと惨めたらしさには胸がキュンとなってしまう。
おじさんの身体は、顔と言わず、腕と言わず、垢で汚れていて、まるで生ゴミのような臭いがした。そうあの吐き気を催す類の臭いである。
おじさんのシャツは何だか分からないもので黄色く汚れていた。
ボロボロに穴の開いたジーパンからは、厭らしい脛毛がのぞき、おじさんの膚の露出した部分は、腕と言わず顔と言わず垢にまみれてまるで赤土のような色をしていた。その厚ぼったい顔の作りと相俟って、それはまるで土偶を思わせた。野放図に伸びた鬚や、蓬髪には何匹もの蠅が集っており。特に前髪の辺りでは蠅の番いが交尾をしていた。
「兄(あん)ちゃん、綺麗な顔してるねえ。女の子みてえだ。へへへ」
無精ひげに縁取られたおじさんの口元は下卑た笑みを形作った。その表情からは知性とか品性を欠片も窺がうことが出来なかった。
 おじさんの下卑た瞳に射すくめられると、僕はもう自由な身動きが取れなくなる。
恐怖心からではない、同情の気持ちからそうなってしまうのだ。
それでいて身体は変にクネクネとして、撥を握る手は小指が立ち、下半身はみっともない内股になっていた。
 僕には、ホームレスを見ると殊更に、こういう女の子っぽい仕草をする悪癖があるのだった。
 そんな僕を見つめる、おじさんの視線が一際ねっとりとしたものになっていた。
 こんなにも濁った瞳なのに、覗き込むと、なんというかその低劣な魂までが透けて見えるようだった(これは些か詩的に過ぎる表現ではある)。
 おじさんは、その声までが粘っこかった。
「お金持ってるだろぉ? ちょっとこの哀れなオジサンに恵んでくれよぉ」
そう言うと、おじさんは、その下卑た指先で、僕の身体をまさぐり始めた。
おじさんのお目当てが、お金だけではないのは確かだった。
太い指が僕の身体をまさぐってくる。
「あひゃん」
 僕は、覚えず艶っぽい声を上げて、おじさんの気分を盛り上げてしまった。
 すっかりおじさんを受入れる淫肉(からだ)の準備が出来てしまっていたのだ。
 僕のような美しい男の子が、一人で海岸に立って居れば、こういう展開になるのは分かりきったことであった。
 僕もこういうのは初めてというわけでもなかったし、もうおじさんの気が済むまで、彼の慰みものになってやってもいいかなと思ってしまっていた。
 おじさんは、僕を押し倒した。
おじさんの吐息が僕の顔に吹きかかる。おじさんはその息までが腐っていた。
 不意に、おじさんの顔から滴るものが僕の頬を濡らした。
 最初は、涎かとおもったけれど、よく見ると、それはもっと素敵な涙という名の汁であった。
おじさんは、おいおいと声を上げて泣き出した。
泣きながら僕の上に覆いかぶさってくる。
「ごめんよぉ。ごめんよぉ。」
 と泣きじゃくるおじさんの頭を僕は、優しく撫でてあげる。
 指先にべとべとの脂やフケが絡み付いてくるけど、そんなことはちっとも気にならなかった。
僕は、おじさんが愛しくてならない。その全てを受入れてもいいと思っていた。

ちょめ、ちょめ、ちょめ、ちょめ、ちょめ,ちょめ、ちょめ、ちょめ(※ここはエッチなシーンなので割愛いたしました)
 
「あーあ酷い目にあった」
全てが終わった後、おじさんの顔は艶やかにてかっていた。
おじさんは、僕の財布から千円札を抜き取ると、意気揚々と自分の塒(ねぐら)へと帰って行った。
だんだんと小さくなるおじさんの背中を見送って、僕はただ、おじさんがこの冷房の風に中って、風邪を引かなければいいなと、そんなことばかり心配していた。
それぐらい僕は、優しいのだ。
ホームレスは、怠惰で不潔で、悪臭を撒き散らす歩く公害だけど、僕は愛おしく思っていた。
僕にはどうしても、彼らを世間並みに見下すことが出来ないのだ。
本当は、僕だってホームレスに対して、健全な差別感情を抱けるようになりたい。
そして彼らを反面教師として受験勉強に邁進していきたいと思っていた。。
どなたか教えて下さいませんか? どうしたら皆さんのように、ガサツで鈍感で無神経な朴念仁になれるのか。嗚呼、僕は真剣に悩んでいるんだ!
もしも蛸を手に入れたら、その事をお願いしようと思っていた。



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