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作品名:続 闇の権力者たちの近代日本史 作者:佐々木 三郎

第2回   決定的証拠、動機
決定的証拠、動機

決定的証拠

 坂本も決定的証拠が欲しかった。ゴルゴ13が入手したマイクロフィルムは闇の権力者たちの議事録が写されていた。イングランド銀行設立からイラク侵攻までの議決事項が羅列されているが、日時、場所、出席者、審議内容等の記載はなかった。それ以前の議事録もどこかにあろう。
 大平さん、自白させるしか無いですか。法律の専門家に訊いてみないとはっきりしたことは言えませんが、傍証に過ぎないでしょう。しかし、大平、奴らがあれほど隠匿しようとするからには余程重要なものだろうが。田中が苛つきながら声を荒げる。法廷というリングで試合しているのだ、判定者は裁判官だ。しかし、リング外のプロレスは面白いぞ。観客を喜ばすのも必要ですかね。坂本さんまで、そうしたいのは山々ですが法廷で一本勝ちを決めたいですね。
 リング外、ルール違反でも、相手にダメージを与える点では有効ですわ、証拠がなければ做ればいいのではありませんか。白井貴子の大胆な発言にさすがの田中も驚く。日本人は綺麗に勝とうとするが、まず勝利だ、綺麗汚いは二の次だ、と坂本が言いかけて止める。田中、大平も同じ思いだろうと感じたからである。
 白井貴子はアメリカナイズされているのか、国際化されているのか。美しい女が平然と言い放った言葉は男たちに思考を揺るす影響を与えた。朝鮮李王朝の血を引くこの日本女に不気味さを感じたのであった。かつて白井貴子は連中に使われていた。坂本に仇なす事もした。しかし坂本は忘れているようであった。そこがこの男の魅力である。内心はともかく、過去は過去、人は信じなけれ付き合えない、生きて行けないと言うであろう。

 どのような弁論も証拠も否定する被告人らに対し、捏造した証拠もむしろ有効かもしれない。被告人らの常用する手法ではないか。しかし見事に一本勝ちしたいのは皆同じなのだ。やはり日本民族である。頭ではルール違反スレスレの危険球も時には必要と考えるのが、実行するとなると美学が働く。 

 一度ベンチとフロントで協議するか、田中が思いついたように言った。そうだな、大平も貴子の不気味さから逃れるように同調した。四人は翌日検察弁15名と会った。この二つの情報の証拠能力及び証明力について専門家の皆様のご意見を伺いたい、と大平が静かに話す。弁護団も四人がフロントであることを十分認識している。
 一つは被告人らの遺伝子鑑定です。もう一つはこの議事録です。被告人らの遺伝子鑑定の結果、彼らの遺伝子が通常人と一箇所だけ異なることが判明しました。この部分です。3万語単語の中の1語、しかもJとTのだけの相違です。次に議事録ですが、これが被告人らによって作成されたことをどのように証明するか、また、証明されたならば証拠能力、証明力はどうか。以上2点、ご教示賜りたい。

 団長格の東京高検の元検事正が挨拶する。お話の趣旨は、二つの情報の証拠能力及び証明力についてお尋ねですがかなりの自信をお持ちのようですな、早速検討致しますが質問よろしいですか。どうぞ。

 遺伝子のJとTのだけの相違がどのような結果を招来するのですか。
 それは現時点では解明されていません。被告人ら13名の遺伝子に相違が
 無いこと、つまり共通の遺伝子であることは事実と言えるでしょう。
(気になるカナンの遺伝子は被告人らの遺伝子と共通であったが、カナンは この法廷の被告人ではない今は何も言及されなかった)

 議事録が被告人らによって作成されたことを立証することは難しいと思わ れます。他の証拠、つまり自白が要求されるでしょうが、有力な証拠となることは明らかです。
 それを伺って安心しました。皆様のお力で自白させることができますよう祈っております。(リング外で自白を強要するなど品の悪いことは口にできない。しかし日本の官僚は目的がはっきりしていればこれを達成してゆく優れた能力を持っている。いい政治家がいい立案をすれば日本が世界をリードすることも可能だ、坂本は大平の応対を観ながらそう思った)

 では頂きました情報の証拠能力及び証明力について検討してご期待にお応えしたいと思います。何分良しなに。団長と大平の会話が英訳されると期待に応えるとは、良しなにとはどういう意味かと質問が出る。証拠として有効に使うであり、それを期待しているとの意味ですと白井貴子が説明する。
 ならば何故そう言わないのか。どうしてでしょうか私にもわかりませんが日本人にはいいのでしょう。日本文化。多分。私も日本文化について質問があると次々に手が上がる。ええ、皆様には大変な仕事をお願いしまして日夜努力を重ねられていると存じますのでその慰労会を設けたいので今晩是非ご出席賜りたいと田中が申し出る。大平が英訳すると検察団大いに興味を示す。
 ご好意はお受けするが、その慰労会の目的はなんですか。連帯感の醸成ですかね、まあ、体験されたらわかるでしょう、日本独特の文化かもしれません。そうだ、後で感想を伺いたいな。

 動機

 慰労会は築地の料亭で開かれた。検察官15名は車に分乗してできるだけ目立たぬようにホテルから移動した。では皆様の日頃の労をねぎらって、また、ご健康を祈念して乾杯、坂本が音頭を取る。日本に少しは慣れたとはいえ、外国人には物珍しい日本文化のようだ。
 酒が出てくると坂本は元検事正に一献。本日はうまい料理をご馳走になり感激ですな。ここのネタがいいでしょう。魚河岸の活きの良さですかね。まあ、もう一杯。いやいや、ご返杯しないと。ああいうことは給仕にさせればいいと思うが、二人のやり取りを観ていた一人がつぶやく。
 言われてみるとそうですが、日本人は意義など考えませんが、まあ、言うならば同じ徳利の酒を呑むことで運命を共にしようということかな、大平が英語で答える。そんなものか。仮にこの酒に毒が盛られていたらあんたも私もお陀仏だ、故にだ、作法とすれば自分が先に飲んでから注ぐのだ、田中が話を引き継ぐ。同じ盃を使うのは衛生的に問題ないか。問題ない、酒には殺菌力がある、また、お清めと言って宗教的意味もある。
 ほう宗教的意味もあるのか、どのような。そもそも酒は、米のエッセンスである、豊作を感謝して神に捧げるものである。しかしてそのお下がりを人間は頂戴するのである。神とはどのような神か。稲の神様に決まっとる。
 稲の神様!他に神がいるのか。古来より日本には八百万の神々がオワシマス、有名なのは、海の神、山の神、土地の神、産土神、商売の神でしょうか、
白井貴子が注釈する。8ミリオン。お産の神、商売の神?

 被告人らが闇の権力者たち全員かはさて置き、その動機もはっきりしない。金儲けなら何に使うのか、使わなければ印刷物に過ぎない。やはり恨み、怨恨か、坂本は頃合いを観て誰とはなしに訊いてみた。それはですね、金儲けが趣味なんですね、ええ、人生が何であるかを知らぬ奴は金に生きがいを見つけるのです。日本人は長島重雄の回答に吹き出す。
 白井貴子が通訳すると座が湧いた。夢に向かって突き進む、これが人生最高のよろこびですねえ。長島検事はムードメーカーなのだ。お兄さん、お一つどうぞ、サラが酌をする。こんな綺麗どころに注いでもらうと手が震える。ワチキにもお流れくんなまし、サラは花魁に興味があるそうだ。姐さん源氏名は。高尾太夫でありんす。その心意気やよし。指切りして。
 高尾太夫の話で盛り上がったところで、サラは怨恨説を展開する。エデンの園はメソポアミアにあったというのだ。農耕を象徴するカインを神が振り返らなかったのは、エデンの園を離れると砂漠では農耕は難しい、牧畜に業を改めよとの警告だというのだ。
 するとエデンの東はイランかな、アフガンかな、エデンを追われた人は農耕では食っていけないということね、貴子がこれに同調する。そうなの、二つの川に守られた地を親元と考えると理解しやすいわ。耕作できる地は少ない、仮にあったとしてもそこに定住できる人数には限りがある、多くの人は砂漠に生きるしかないのね、つまり人口を抑制しないと可住人口を超えてしまう。あら、私の言わんとする事を言われてしまった。
 ごめんなさい、サラ、私が漠然と考えていたことを貴女が言葉にしてくれた、だからつい、貴女の話を盗ってしまった。いいのよ、私の考えを理解してくれて感謝するわ。私夢中になるタイプなの、じっくり貴女と語りたいわ。
私もよ、今度の日曜、どう。是非、あら慰労会の席で、雰囲気を壊しちゃった。そんなこと無いよ、もっと続けてもらいたいな、長島。

 地球上で人類が採取だけで住める人口は1.5億人という数字がある、坂本が水を向ける。サラは坂本に酌をする。今の話興味とても深いですわ、エデンに住むことができるのは限られた人数です、それ以上の人間はエデンを出て砂漠を棲家としなくてはなりません。残る者、出てゆく者をどのように選別するのでしょう。誰にも答えられない質問である。
 日本では、中世以降長男が跡を継ぎますね、これは世界的に珍しいと思うのです、砂漠の民は上から順に親元を離れて行きます。何れにしても跡継ぎは一人、その他は親元を離れて独立してゆかねばなりません。そうすると人口は等比級数的に増加してゆくことになります。集団自決が必要かな。多分そうでしょう、でも誰が決めるのでしょうか。

 サラ、その質問は難しすぎるわ、仮に神が決めるとしてイスラエルの民に追われた11部族のその後を貴女はどう考えるかはなしてほしいな、と白井貴子が軌道を変える。そうね、怨恨説に話をもどすわ、闇の権力者たちは11部族の一つの末裔と考えています。それは逆にイスラエルを乗っ取り、後の世にフェニキア人と呼ばれた。そうなの、時代が下るとオランダを支配すると英国に手を伸ばす。で、英国の次が米国ね。ええ、カナンと呼ばれてる。
 怨恨の内容は神の不公平に対する恨みなのかしら、サラ。それが一番大きでしょうね、貴子。他にもあるの。わからないけど、そんな気がする。弟殺し以上の恨みかな、と大平が助け舟を出す。と思います。愛される者と愛されない者と以上の恨みとはどんなものなのでしょうね、サラ。そこが私も一番知りたいところです、大平さん。
 しかしですね、そのカナンですか、それと他の10部族と条件は同じでしょ、つまりですね、その部族は恨むのが好きな、いや、生きがいなんですよ、長嶋重雄が詰まったところをかき回すように言った。そうかもしれません、他の10部族は神に従うことが人類を絶やさないためにやむを得ないと考えたのでしょう。聞き分けの無い奴らなんですよ。これは面白い。
 神に見放されただけで人は悪魔になりうるのか、白井貴子は叫びたかったが盛り上がった慰労会の雰囲気をぶち壊すので堪えた。やはり坂本に思いをぶつけるしか無いと思った。しかし、それは坂本も同じであった。決定的証拠と動機はいつも空回りする、坂本も苛立つのである。


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