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作品名:続 闇の権力者たちの近代日本史 作者:佐々木 三郎

第10回   黒幕起訴
黒幕起訴

 黒幕の公判をどうするか、これをどう利用するか、坂本は田中と大平と検討していた。白井さんとアンの意見も参考になるのでないか、田中は二人の女が気に入っている。大平も田中と競っているようだ。それはそうだが我々が原案をつくってからだろう。まあな。求刑死刑、判決死刑執行猶(年財産没収は決まっている。どう執行するか、どう演出するか、の議論だ。
 新東京裁判を開廷しメディアに公開する、自白は東郷に任せよう。執行猶予期間の扱いは。大平が言うように巡礼させるか、農村改造―農家に弟子入りさせ改悛させるのも面白い。議論は盛り上がったが今一迫力にかける、何かうならせるものが欲しい。ヘンリーが黒幕との確証も欲しいが今はそう思うしかあるまい。坂本の思いは田中、大平にも伝わった。東郷、貴子、アンも察していることであろう。

 坂本はヘンリーの写真を山田清美に送った。折り返し「この男の眼は闇を見つめています。白日のことは見えないのでしょう」と返信してきた。さすが日輪の娘、天照大御神の末裔だ。

 被告人ヘンリーウイリアムの裁判が始まった。罪状認否、起訴状の朗読、弁護側の反論は13人の被告のときとほとんど同じであった。被告人本人尋問に立った元東京高検検事正の首席検事は「被告人が人類を憎む理由はなんですか」といきなり切り出した。法廷がどよめく。弁護側も裁判官も顔を見合わす。ややあって「検察官は何を立証しようとしているのですか」と裁判官が質問とする。「起訴状の事実全てです」と検察官が答える。「弁護側は」と裁判官、「しかるべく」と弁護側も苦笑する。
 証人尋問は個々の具体的事実について行われるのだが検察官はいきなり動機を問うたのだ。素人じゃあるまいしと裁判官も弁護側も苦笑した。しかしまず動機が明らかになれば事実の解明、理解は容易である。動機は裁判の当事者が一番知りたいところである。この検察官は老獪といえば老獪である。

尋問 被告人はすべての人類を憎んでいるのですか。
答  すべてではない。
尋問 その割合は。
答  我々同朋は互いに愛す、仇なす者を憎む、それ以外は無関心。
割合は、考えたこともないが1、3、6ぐらいであろう。
尋問 すると1割の同胞とはどういう人たちですかな。
答  我らが神に愛される人間だ。
尋問 どのような神ですか。
答  神を語ることは許されない。
尋問 ではあなた方に仇なす者とは。
答  我々の先祖を辱めた者どもだ。
尋問 それが3割、すると残り6割は。
答  10引く4は6だ。
尋問 なるほど、6割は無関係。
答  そうだ。
尋問 起訴状の事実に依れば無関係の人間も巻き添えを食っているようだが。
答  田畑の草刈りをするとき作物以外の草を選別するかな。

尋問 しませんな、じゃが、人を殺めることは復讐になりますかな。
答  それ程の満足感はないが、我々の先祖を辱めた者どもはそれなりの
償いをせねばならない。
尋問 目には目を歯には歯をもって償わなければならない?
答  そうだ。死には死だ。
尋問 私は生きとし生けるものを殺生してはならないと教えられてきたが。
答  仏教徒なかんずく日本人はそのように考えると聞いている。
自分が生きるために他を殺すのは当然のことである。人を殺すことに抵抗があるのは最初だけだ。 
尋問 満足感はなくとも殺さないと気が済まない?
答  そういうことだ。
尋問 人を殺すのも二人目からはどうということもないのですかな。
答  貴方は人を殺したことがないようだが幸せな人間だ。貴方だけでなく日本民族もだ。地上から消え去った民族と現存する民族とはどちらが
   多いか考えたことがおありかな。


尋問 幸い私は人を殺めた事がない。民族が生き延びるには他民族を
滅ぼすことは自然の摂理とお考えかな。
答  それ以外に方法があろうか。すでに滅び去った民族は現存する民族の数倍だ。他人を、他民族を殺すことなく生きている民族はおめでたい。
   ミクロネシアの島国ならともかく、国家が他民族を支配しようとするのは当たり前であろう。
尋問 では次に儲けた金の使い道を教えていただきたい。
答  それは答えられない。
尋問 買いたいものがあるから金を稼ぐのでは。
答  貧乏人の発想だ。
尋問 あなたたちが荒稼ぎした金は1京ドルを超えるとみていますがどこに
   保管していますか。
答  世界中のしかるべきところだ。
尋問 米ドルの他には。
答  証券、貴金属が主だ。
尋問 日本ではどれくらい稼ぎましたか。
答  それなりに。
尋問 その分の確定申告はしていますか。
答  我々は日本に限らず申告はしない。
尋問 それは脱税ですから東京国税局が査察するでしょう。
答  心配ご無用。日本国政府は我々の配下にある。
尋問 それはそれは。では配下にない政府は。
答  未開地、イスラムのいくつか。
尋問 10か国以上ですか。
答  ご想像に任せる。あと数十年で全世界が我々にひれ伏す。
尋問 私は齢80を超えているがそれを見るまでは死ねませんな。
実現の可能性は。
答  期待していただいて結構、あなたを祝賀式に招待しましょう。
尋問 それは光栄ですな、少し疲れましたので私の尋問を終わります。
   面白い話を聞かせていただき感謝します。

 弁護側の反対尋問にいる前にサラが関連質問に立つ。

尋問 今あなた方の先祖を辱めた者どもとはイスラエルの民ですか。
答  そうだ。
尋問 あなた方の先祖はカナンを初めとする11の部族のいずれかですか。
答  そうだ。
尋問 イスラエルの民に11の部族を滅ぼすように命じた神と
あなた方の神とは同じですか。
答  神について語ることは許されない。
尋問 あなた方の神は何と呼ばれていますか。
答  偉大なる神だ。
尋問 ヤーエではありませんか。
答  無言。
尋問 ではエホバですか。
答  無言。
訊問 ではイスラエルの民に11の部族を滅ぼすように命じた神と
あなた方の神とは同じと考えていいですか。
答  無言。
訊問 答がないようですので尋問を終わります。

裁判官 弁護側反対尋問をどうぞ。
弁護側 ありません。 

 続いて長嶋重雄が尋問する。

訊問 人間とは人と人との間、つまり人は一人では生きられないのでは
ないでしょうか。今を去る数万年前アフリカでは多くの人たちが猛獣の餌食になった。そこで人々は共同で猛獣に立ち向かったのでしょう。
助け合うから人間でないでしょうか。同じ人の類でありながら他人を殺すのは畜生であって人間ではありません。人でなしです。
答  この地上に住めるのは1.5億ぐらいだ。それまでは助け合ってゆく。人類は増えすぎたのでないかな。ネズミは集団自殺をする。
訊問 集団自殺は誰が命じるのですか。
答  我々だ。
訊問 それは不遜でないでしょうか。天は人の上に人をつくらず、
人は生まれながらにして平等でないでしょうか。
答  支配する者と支配される者がいる。
訊問 それは何で決まるのですか。
答  神に選ばれた者がそうでない者を支配するのだ。
訊問 その神は依怙贔屓をするのですか。
答  神に選ばれなかった者たちは存在する価値がないのだ。 
訊問 どのような基準で選別するのですか。
答  神の御心だ。
訊問 じゃあ客観的でない、気まぐれなんだ、選別結果は運不運。
答  無言。
訊問 日本民族はどうですか。
答  一番御し難いと思ったがここ数十年の経過を見ると素直なことが
   わかったので5000万人ぐらいは残してもいいと考えている。
訊問 数十年の経過はどうでしたか。
答  国のため、人のために死んでゆく民族は少ない。我々はこの点を
   研究したが、その原因は家族制度にあると判断した。家族、一族、
   地縁、地方、国と社会が拡大してゆく。されば家の制度を破壊すれば
   この民族は弱体化する。
訊問 憲法第24条ですね、婚姻は両性の合意にのみ基づく。
答  個人主義を普及させると権利意識が強くなる。この民族の控え目で
   他を思いやる文化を破壊すればいいのだ。
訊問 つまりですね、この民族の長所を削いでゆくということでしょうか。
答  そのとおり。日本兵は世界一と聞いている。国のため家族のためには
   死をも恐れない、家、国の概念を希薄にしてゆけばいいのだ。さらに
   言えば過去を簡単に捨て去る特質を助長すればいい。
訊問 過去を悪いものだったと思い込ませる。
答  そうだ、歴史を勉強させないようにすれば簡単だ。
訊問 なかなかの博識ですね。日本国政府はどうですか。
答  優秀だ。我々の意向に沿った政治をしている。
訊問 国民は、いや技術は一流、政治は三流ということでしょうか。
答  そういう質問には答えられない。


 長嶋検察官の訊問というか質疑応答に続いて英国歴史家が尋問する。 

訊問 オレンジ公ことウイリアムについてお尋ねします。
   彼はどのようにして英王室を乗っ取りましたか。
答  乗っ取りとは人聞きが悪いが、イングランド王にUKの王に
してやると持ち掛けたら乗ってきた。
   これは貸付ですから理解できますが、イングランド銀行が銀行券を
   印刷して王室に貸し付ける、その担保に国債を取る、この錬金術を
   解説していただきたい。
答  United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland、
つまりイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド の長になれるとなれば飛びついてきた。権力には目がくらむのだろう。
訊問 印刷物が通貨になり利息を生むカラクリが知りたいのですが。
答  通貨発行権を中央銀行たるイングランド銀行に与えた当然の結果だ。
訊問 当時は金本位制だったでしょう。
答  金と言っても見せ金だ。銀行で保管するほうが安全だ。なるべく引き出さないように持っていけば法定通貨つまり印刷物で十分になる。
訊問 兌換紙幣から法定紙幣に持ってゆくわけですね。そこを詳しく。
答  欲に目がくらむと後先を考えないのはどこも同じだ。
   マゼランがセブ島を支配する時、部族の酋長に島の王にしてやると
   持ち掛けたらキリスト教に改宗した。
訊問 なるほど、王になれば莫大な富を得ることができる、借金は税収で
   支払えばいいということですか。
答  国や国民のことを考える君主などいない、
例外が日本の天皇、ブータンの国王と聞いている。
訊問 よくわかります。近代民主主義はフランス革命に始まると思いますか。
答  国王の財産を市民が分配するとことが民主主義ならそう言えるだろう。
訊問 それが民主主権となるとどうですかな。
答  その国家が我々の意のままに動いてくれれば体制には拘らない。
訊問 民主主義は共産主義につながるでしょう。
答  民主主義は衆愚政治である。民衆が利口にならない限り心配はない。
訊問 現時点では米国つまり連邦準備制度を抑えておけば十分と。
答  そうだ。

訊問 次に核兵器についてお尋ねします。最近核廃絶に方向を変えたのは。
答  核の破壊力が想像以上に大きかったのと、保有国の支配が難しくなるからだ。
訊問 原爆投下は米兵の犠牲を少なくさせるためと説明されているが、核実験は核の威力を試すものか。
答  それもあるが環境への影響もある。人口調整には精子の減退が安上がりだ。中国の産児制限は限界があるようだから別の方法を検討している。日本では家族制度の崩壊、男の中性化、セックスレスに成功したと報告を受けている。
訊問 米国民は米兵の犠牲を少なくするためとの幼稚な説明を信じるのか。 
答  米国民には説明がわかりやすいのがいい。検察官は英国出身かな。
尋問 なるほど見識だ、米国民を単純な思考をするように洗脳したのか、あるいは教育効果か。
答  そういうことだ。
訊問 明快な答えだ。次の質問だが拡散防止は難しいのではないか。
答  保有国の人口を減少さればいい。
訊問 男の中性化、無精化ですかな、
答  そう、有効な方法だ。折を見て強力な方法をとるかも検討している。 
訊問 その方法は、答えられないでしょうな。
答  そのうちわかるだろう。
訊問 最終的人口は。
答  先ほど1.5億と言ったが現状からして10億にして様子をみることになるだろう。日本では20年後には0.5億になるだろう。
訊問 核兵器は人口抑制の手段として開発された。
答  そう、我々の世界連邦は10億位を想定している。進捗状況は良くないから強行手段も選択肢に入れるよう指示した。
訊問 人口は等比級数的に増加するから重要な問題と認識しているが、あなた方に決定権があるとは思えない。全人類で協議して決めることではないかな。
答  人類にも生存する価値がある者とそうでない者とがある。
訊問 先ほどの長嶋検察官の尋問にもあったが、決定権の根拠を示してもらいたい。神の意思では答にならない。
答  神について語ることは許されない。
訊問 被告人は質問に答えようとしない。法廷侮辱だ。尋問を終わります。

裁判官 弁護側反対尋問をどうぞ。
弁護人 被告人は神について語りたくないのでしょうな。ほかの点ではまっとうな答弁であったと思います。ここで被告人の思うところを語っていただくのも向学のためになると思われます。
裁判官 被告人、思うところを自由に述べてください。
被告人 自由に述べろと言われるとかえって話辛いが、好意に応えよう。
    辱めを受けた者はこれを忘れない。辱めた者を許すことはできない。
    そもそも諍いは食糧不足から生じる。食糧不足は人口増から生じる。
    故に人口を調整しなくてはならない。
裁判官 被告人顔色が悪いようですが大丈夫ですか。
被告人 ええ、少し寒気と吐き気がしますので。できれば次の機会に詳しく述べたいと思います。
裁判官 検察、弁護人いいですか。では、次回に。これにて閉廷と致します。


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