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作品名:老人と乙女の恋 作者:佐々木 三郎

第7回   四章 新しい家族  男と母娘孫プラス1
四章 新しい家族

 男と母娘孫プラス1

 百合子は亜耶に乳を与えると買い物に出かける。亜耶のお守りを和美に押し付けるのだ。食材酒などを買ってきたが3時間たっていた。百合子は亜耶のおしめを代えると夕食に取り掛かる。百合子の料理は手が込んでいる。作戦は目に見えるがすましているから和美は文句が言えない。敵が上手だと和美はため息をつく。
 片山がやってきた。『お帰りなさい。お風呂沸いてますよ』と百合子が迎える。それ私の台詞と和美は言いたかった。片山はありがとうと風呂に入る。和美は無視された感じだ。家族とは助け合う集団ではあるが時として個性がぶつかる。日本人なら譲り合いの精神、和をもって貴とし、と為すべきではあるが現実にはなかなかそうはいかない。
 百合子は料理を並べると片山を呼ぶ。お前もおいでと和美を招く。まるで私は付けたしではないか、ここは私の城よと言い出しそうになった。『さあお父さん』と片山にビールを注ぐ。『お父さん?誰の』『香奈と亜耶だよ』語るに墜ちるとはこのことだ。『あなた亜耶のお父さんなの』と矛先を片山に向ける。百合子はしまったと思ったが『これから一緒に住むのだから亜耶のお父さんにもなってもらうの』と切り抜けようとする。『お母さんの部屋はありませんからね』とパンチを繰り出す。
 百合子の手料理は『料理上手は床上手』と思わせる。これも和美には面白くない。が、食欲が出るのも確か。今夜も枕を濡らすか乙女子よ、母となりても。世間常識では珍しい、いや、異常な家族である。和美を片山雷蔵の内縁の妻とみなしても百合子は何なのさ。彼の姑、香奈の祖母にして亜耶の母。香奈と亜耶は姉妹になるのか、叔母と姪。

 日がたち、月がたつと香奈は片山に懐いた、これはいい。では亜耶はどうか。百合子は掃除を始める前に『あなた亜耶を抱いていて』と百合子は言う。あなたとはなによ、和美は眉間を寄せる。百合子は頭に姉さん頭をして『あなた天気がいいからこどもたちと散歩でもしたら』という。『何がこどもたち、ふん、この色きちがい』と和美は公園に向かう。片山が香奈を抱き上げるので亜耶は和美が抱くことになる。

 和美のぐち

 和美は智子にぐちる。今日は片山も百合子も出かけている。智子を呼んだのだ。『赤ちゃん二人じゃ大変ね』『それは我慢できるけど母がね』『うーん、むずかしいわね。そういうの前例がないのじゃない。週刊誌が飛びつくわね。それで和美の将来は』『わからなあいけど、ずっとこのまま片山と一緒にいたい』『そうかあ、前からききたかったのだけど彼のどこがいいの』『そうね、傍にいるとまず安心できる。話が楽しい。それとあれがいいの』若い男の話はありふれている。セックスもがむしゃらなだけと聞く。片山から飛び出した精液が和美の子宮を濡らしたとき妊娠したと和美は確信した。
 智子は驚いた顔になる。『そんなにいいの、精力絶倫なの。うちなんかちょろちょろよ』『ほかの男知らないからそれはわからないけど、抱かれるととっても幸せと思うのよ。コンチェルトいや二重奏かな、相手がこうくればこう応える』『愛の木霊か、生活もセックスも』和美は雷鳴と閃光の話をする。智子も身を乗り出し『私も一夜くらい演奏してもらおうかな、冗談だけど』『ダメダメ、智子は一途なところがあるから。雷蔵さんを盗ったら智子と決闘よ』『ルチアの狂乱の場ね』

 親友は話を聴いてくれる。適当に話を合わしたりしない。意見を求めるとはっきりと言ってくれる。つまり正面から向かい合ってくれるのだ。『智子に話して気が楽になったわ』『そう男親は女の子ができると顔つきがやさしくなる。大西もそうだった。香奈ちゃん可愛い、お世辞抜きよ。で片山さんは和美にとって何なの』(そう、片山もお世辞など言わない、私をしっかり見てくれるわ。愛とは相手のことを自分のこと以上に見つめて考えることだわ)『うーん、どう言えばいいのかな、ベターハーフではありきたりだし、まあ心のよりどころね。それにね彼、私に心の底から可愛いって顔してくれるの。頼んだら不渡り割引は出さない。絶対的に受け入れてくれる。難しい時は約束できないというけどね』『でも和美の期待を裏切らない』『まあね、ほとんど期待以上』
(これに勝るものなし、他に何が要る、、。片山にしても着痩せのする和美は白い妖精と思われた。大人しいが勝ち気だが近頃は妖艶さが出てきた)『そうかあ、それって最高じゃない。あとは彼に健康で長生きしてもらうことね』和美はうれしかった。やはり持つべきは友か。『香奈の誕生日にご家族できて。そう、おかあさまもご一緒に』『連れて来る。母も父を亡くして少しさびしそうだから喜ぶわ』
 親友との話はつきないが智子も長居できない。妻にして母なれば。『そろそろかえらなくちゃ。鈴をつけるしかないわね』どういうことか?片山の携帯電話をGPSで追跡するのはどうかと言っているのだ。さりとて常時監視するわけに行かない。毎日行動記録をチェックしなければならない。相方の携帯電話との距離が近くなると警報で知らせるソフトが必要だ。アイディアはいいが現実に運用するには問題点も多い。

 香奈の誕生日

 香奈はよちよち歩きを始めていた。片山の身体に登るのが好きだ。よくそのまま眠ってしまうことがある。人も動物も自分を愛してくれるものに身を任す。和美は私の分まで甘えなさいと思っていた。片山に父の面影を、そして香奈に幼い自分を見ているのかも知れなかった。
 誕生日は智子の子供とあわせてこども四人、女が四人、そして男は智子の夫と片山雷蔵だ。総勢十人、にぎやかなこと。一番よろこんだのは香奈。こどもは大勢が好きらしい。ここでも仕切るのは百合子である。『大勢で食べると倍以上美味しゅうございますねえ奥様』『ほんに今日はお招きありがとうございます』『何をおっしゃる、奥様今度は二人でうなぎを食べましょう』『お母さん、今日は香奈の誕生日なんです。主役は香奈よ』『ホイ。うるさい娘でねえ。香奈ちゃんお誕生日おめでとう。いくつになった』よく言うよ。

 女の話は複数の話題が同時進行する。話題の時間差は苦もなくつながるようだ。智子の母が百合子に話しかける。『奥様お若いのにお孫さんが二人』『いえ一人は孫ですがね。(もう一人は何というのでしょうね)奥様、彼氏のほうは』『あらいやだ、もう歳ですもの』『まだまだいけますよ、なんでございますか、使わないとクモの巣がはるというじゃありませんか』ここであと一人はなどときくのは野暮である。
 和美は黙って聴いている。まさに有言は錆鉄、沈黙は金である。『(夫と別れて)私も長いこと孤閨をまもったのでございますよ。ええ、でも夫と別れる前にお花大権現に詣でて開眼したのでございます、はい』お花大権現とは巨大な男根と膣をご神体とする神社である。子宝にご利益があるので訪れる夫婦は多い。

 百合子はきかれもしないことをまくしたてる。『それでそのう。男根にさわったのですよ。するとですね、その月に生理がとまったのです』『でお嬢様が』『さようでございますとも。霊験あらたか。やっとの思いで生んだのに、この娘は一人で大きくなったような態度をするのですよ』『うちのもそうですよ。こどもを生むたびに親をないがしろにしますわ』『でも智子さんはよくできてらっしゃるから』
 ここで和美が攻勢に出る。『お母さん、ご神体の触り方がちょっと少なかったんじゃないの』『お賽銭分はさわったよ。上も下も』『男根は放水管で、睾丸で精子がつくられるのよね』『そう精液は精嚢、だからこっちの方がずうっと大事』ここで和美と智子が話を取り上げる。『大きなものに目が行くのもわかるけどね』『それは仕方ないけど、事の軽重よね』『おや、私を侮辱するのかい』『別に。にわとりは飲まず食わずで卵抱いて子育てするけど、子に老後の面倒をみろとは言わないわ』百合子はすかさず反撃に出る。『親の面倒をみるから人間じゃないか。人間だけだよ、親の面倒見るのは。親の恩は海より深いからだよ。お前なぞ今に罰が当たるさ』『そういうの子離れができていないって言うの』

 親子間の断絶である。『智子、精子精液は毎日つくられるから毎日放出するのが自然だって』『かもね、卵子の生涯数は450ぐらいだって』『それは生理と一致するわね。排卵は年12個として40年間ぐらいか』『初潮を15とすれば50過ぎれば閉経ね』『和美、私への当てつけかい』『一般論、一般的な妊娠育児の話よ。精液は精子が泳ぎやすくするためのものだって』『和美、女を喜ばすためじゃないの』『結果としてそうなるの』『おっぱいは赤ちゃんのためにある。お父ちゃんはお相伴に預かるのと同じか』ヒャッヒャー。
 百合子も負けていない。『奥様、茶飲み友達でも見つけられては。それからできたときはできたときで』(何ができる)『でも長いことしてませんので』『大丈夫ですよ。昔取った杵柄。いい男にめぐりあったら忘れた歌を思い出す』『いい男はなかなか』『日々これ努力でございますよ。ハライソで言うところの叩けさらば開かれん。求めよさらば、与えられんですよ』『私でもいけますか』『いけますとも奥様。おきれいだったでしょうから』つい過去形で言ってしまい百合子はしまったと思った。『奥様、女は男ができるときれいになるというじゃありませんか』
 娘の和美がきれいになったのはわかるが片山が若くなったことはどうしてかと百合子は思う。女は男を知るときれいになるのは常識だが、年寄が若返るのはやはり若い女のフェロモンによるものか。しかし百合子は片山が人知れず太極拳を柔軟運動をジョギングを続けていることは知らない。片山は健康でボケないことが和美への愛情と心得ているのだ。

 智子の夫は国家公務員である。公務員特有の傲慢さがある。本人はそれに気づいていないことが多いのだが。『今の話は女がきれいになるのは男を引きつけるためということでしょうか』『そのようですな』『お若い奥さんをもらわれて大変でしょう』何が大変か、日本語は最も大切な言葉、主語をださないのが特徴だ。読解力が問われる。
片山は少しむっとした。言葉にしないが、その歳で生殖能力があるのは稀である、と言っている。公務員の人をばかにする言動にだ。ここで大西の言動を考察すると『片山の射精が和美の子宮を濡らすこと』が原因と言えよう。やっかみではあるが、智子はこの事実を大西に告げたことは疑いない。大西にすれば『あなた元気ないわね』と言われた気がしたのであろう。同情の余地はある。
かような背景を知らない片山は大西を懲らしめにかかかる。『世に美しきものは数あれど女に勝るもの我知らず。私は妻に惚れていますから』『ほう、愛情ですか。でお勤めは毎日』『そうですな、最低でも1回は』『それはすごい。何か秘訣でも』『若者よ身体を鍛えておけ』片山は中学時代陸上をやっていた。この年齢では心肺が身体の大量の酸素要求に見事に応える。運動は血の巡りを良くするから頭もよく活動するようになる。わずか中学3年間の陸上部での練習は片山の大きな身体的財産となって累積されているのだ。ここ一年、射精量が逓増してきているので累積財産を取り崩している。可愛いい和美を見るとせめてジョギングだけでも続けておればと思う。しかし片山の操業は若い頃に劣らぬほど上がっているから思い過ごしである。大量受注、大量出荷は操業度をアップさせる。注文に生産が追い付かないのは事実であるが夫婦生活には結構なことである。在庫が少ないのは男の心身に良いことである。仕事にも集中できる。
 大西は片山の攻勢にたじたじとなる。『その日のために、ですね。私は近頃仕事に追われていまして欠勤することも』片山は智子を見やる。顔は並だが肉付きも身体の線もいい。あんたには過ぎた女房と言っているようであった。
 大西は反撃に出ようとしたが敵は『勤務態度で愛情が知れます。継続は力なり。何事も鍛錬です。何事も1万回すれば様になります。それも妻の愛があればできます』とたたみかけきた。妻の愛とはその都度片山を官能の世界に誘い、またよろこばしてくれる和美を抱くこと以上の興奮があろうかということである。和美には片山雷蔵をよろこばす先天的女の性能がある。俗に言う名器である。名器とて奏者によると言外に語っている。
 男女の愛とは精神的なものと肉体的なものとの総合芸術である。『うらやましい。しかし毎日では年365回30年かかりますよ』と防戦一方。大西は自分の言葉に片山に対する嫉妬が尊敬に変わりつつあることを感じていた。が、敗北は認めたくない。当然のことながら降伏しない以上片山の追撃はゆるまない。『心底、惚れてこそ女がわかります。愛するものの喜びが自分のことのように思えたら本物です』大西はダウンを奪われたのだ。そして「茫洋とした男には気を付けろ」という課長の言葉を思い出した。そして彼が片山であると確信する。、和美は(智子のおしゃべりめ)と心中ほくそ笑んでいた。片山の言葉は自分にも当てはまる。彼の喜び、香奈の喜びは自分のよろこびである。

 男の話が気になるのか百合子がちゃちゃをいれる。大西への援護だ。『益男さん、智子さんも頑張って。でもたまにはヴィジターでプレーすることも』『そんなことはありません。ホームグラウンドだけですよ』『私も和美以外の女には興味ありませんな』
 和美は、これは尋問と言わんばかりに雷蔵の尻をつねる。『でも精子精液は毎日つくられるから満タンになると身体に毒では』『お母さん、変なこと言わないで』『だって和美、女には生理があって休みをとるだろう。そうそうお前だって妊娠すると毎日和合とはゆかないだろうよ』『お母さんの世話にはなりません』と雷蔵の尻を再び(乱暴な尋問である)。片山は和美の目が好きだ。清純だが怒ると凄みのある妖艶な目になる。これは妖精であると思う。故に和美を愛おしく見つめる。和美は調子が狂う。これでは喧嘩にならない。でも私にほれ込んでいることは間違いないと和美はにんまりと満足するのではある。

 そこへ香奈が片山の膝に。『おお、私の天使だ、香奈は』まさに救いの女神である。これを観ていた智子がくすくす笑う。(片山は和美に逮捕起訴され、多額の保釈金を積まなければならないところを香奈に助けられたのだが)『智子。思い出し笑いなんていけませんよ』『だってお母さん。ククク、、。またあとで説明する』『変なこだねえ』益男も怪訝な顔。百合子は何のことと言いかけたが和美もにやにや笑っているので口を閉ざした。やれやれ香奈のお誕生日は何時果てることか。


 和美のリサイタル

 百合子は子守として貴重であるが雷蔵に対しては危険である。和美は出かかけるときには雷蔵に赤いゴム糸を結ぶ。「これは私でないと解けないのよ」「わかった。けどもっと緩くしてくれ」「他の女に使ったらすぐわかるのよ」「使わない」和美は帰宅前には雷蔵に連絡を入れる。雷蔵は仕事が忙しい時以外たいてい近くの公園で待っていてくれる。恋人の待ち合わせのようである。
 今日は大学から呼び出しがあったのだ。大学は世界的走者を招いて演奏会を開催している。イメージアップ学生募集の宣伝のためである。退職している和美にホステスを依頼してきたのだ。日当五万円と聞いて承諾したのだ。二人半の子と百合子を抱えているので生活も楽ではない。世界的フルート奏者が演奏後和美を見初め写真を撮ったのだがその友人が和美の写真を見て来訪するという。彼は演奏条件に和美に会うことを加えたのだ。
 和美は雷蔵に尋ねる。「行ってもいい」「だあめ」「どうして」「和美を盗られる」「まさか、大丈夫、私はあなたのものよ」「心配だ。そいつスケベな顔しとる」「私はもう二児の母よ」「スケベには関係ない」「女は弱し、されど母は強しよ。お願い行かせて。今晩可愛がってあげるから」しかし雷蔵に感は当たるのであった。
 演奏会の打ち上げでスケベは和美を離さなかった。理事長以下の関係者の目も気にせず迫る。「カズミサン僕の演奏どうでしたか」「ブリリアント」直訳すれば輝かしいであるが意訳すればけばけばしいとなる。そばにいた智子は和美らしいわと思った。スケベはフルートを吹き出した。拍手が起こる。「カズミサンあなたも」「私なんか」「そう言わず、世界的走者に望まれるのは名誉なこと」と理事長。その妻も商売人だ。「こんなチャンス二度とないわよ、さあ」と押し付けてくる。「こんな話は聞いていません」と撥ね付ける。
 妻は日当3万円上乗せと耳打ちしてきた。「伴奏は大西先生にお願いします。日当は同じ」妻はうなずく。仕事となれば別だ。和美はスケベのフルートを受け取って歌口をていねいに拭いた。間接キスなんてできないということだ。アルルの女のメヌエットはあまりに有名だ。いい度胸だ。和美は自殺する若者の気持ちになって譜面通りに演奏した。素晴らしいとスケベは和美の手にキスをした。「ウィーンでも演奏してください」とスケベは叫んだ。「すごいわね、世界的演奏者のキスを受けるなんて」「でもあの演奏、あの爺さんに似ていない」「あああの偏屈ね。確かに」「飯田さんの弟子になったそうよ」

 これが契機になって大学から和美にリサイタルを開くよう要請があった。出演料100万、悪くない。「衣装持っていませんから」とやんわり断った。衣装代50万が上乗せされた。和美も商才がある。プログラムにはかの世界的奏者の祝辞が載せられた。「和美の音楽は作曲つまり素材の味を損なうことなく引き出している。変な味付けはしない名シェフだ。名曲は譜面通りに演奏すれば味がおのずと出てくることを教えてくれる。たいていの場合、作曲者は演奏者より頭がいいから当然である。演奏者は変な自己主張を入れるべきではないことを和美は教えてくれる」
 入場券はすでに完売されている。興行収入は300万あったから大学としても黒字であった。さらに会場録音CDも好評で和美には印税が入ってきた。和美は雷蔵に仕立てのシャツをプレゼンした。色は緑である。雷蔵は晴れの衣装として愛用した。色にうるさい雷蔵にはめずらしいことである。和美のリサタル成功には雷蔵の衣装選びが大きかった。和美は感謝をこめてプレゼントしたのだ。
緑色は着こなすのが難しい。しかし色白の和美にはよく似合った。肩を丸出しにしたものだが腋毛も丸出しであった。和美は嫌がったが「腋毛をそるのなら前の毛も剃れ、頭も丸めろ」と雷蔵が強硬に主張した。衣装は生地もよかったので和美はしぶしぶ了承した、毛が見えるからエロチックなのだ。そういえば世界的奏者も今度のスケベも私の脇をみつめていたわ。雷蔵もスケベなのでは。と思ったが口には出さなかった。
 というのも昔和美は雷蔵の手首の毛を見てセックスアピールがあると言ったことがある。「雷蔵さん毛が深いのね。私感じてくる」「毛が深いのは情け深いということだ」これには参った。確かに雷蔵は情け深い。牛や馬にも小屋を建てた。ヤギも鶏も雨の日には小屋に避難する。嵐の日には雨よけのシートをかぶせる。動物たちも雷蔵にすり寄る。
智子は羨ましがった。「和美のおかげでいいバイト(伴奏)になった」と感謝するのだがやっかみも入っている。あの衣装はスポットライトで映えると感心もした。「私も選んでもらいたいわあ」「ええよ、頼んであげる。けど雷蔵に手え出したらあかんよ」「手出さない。嘘言わない」「智子は美人でないけど味わいのある顔ってゆうとったから危ない」「それってどういううこと」「雷蔵は智子のような女に弱いの」

 私が死んだら

 三女有里の二歳の誕生日は家族旅行とした。有里は片山の三女だが和美の次女である。では亜耶は、片山の次女にしてわが娘にあらず、、。考えるだけで腹が立つ。和美は百合子の列席を拒否すべく泊り掛けの誕生会としたのだ。遊園地、水族館と回ったのでこどもたちは大満足だ。香奈と亜耶は雷蔵の手を引いてどんどん先に行く。有里は遅れまいとするがこの時期の年齢差は大きい。「香奈ちゃん、これ香奈や有里を置いてきぼりにしないの」「はい、雷蔵さん。でもアイスかって」「お父さん亜耶はサイダーがいい」
 娘たちが駆け回るのを見やりながら雷蔵が言った。「娘たちが自分で生きてゆけるように育てるのが和美の務め」「自分でって、人に頼らず」「そう。悪い男に引っ掛からないよう人生の目標を持たす」「どうやって」「和美のように芸を身に着けるもよし、仕事を持つのもよし。財産はすぐなくなる。金を稼ぐ方法を見つけさす」「芸は身を助ける」「だけでない。人生を豊かにしてくれる。娘たちにはヴァイオリンを習わせる」「どうして」「純正調の音感が養われる」「一つやってたらほかの楽器も似たようなものだから」「勿論自分がやりたいことを見つけたら応援してやるのが親だ。習い事はやりたいことを見つけるきっかけになる」「そうね」「和美、娘たちのことを頼む」「あなたの娘よ」「父親は女に弱い。ここは母親が」「はいはい、教育費高いわよ」「和美の娘なんだから安くしてくれ」
 話は前後するが香奈亜耶が四歳になると和美は友達にヴァイオリンの指導を依頼した。有里は少し後だったが同じ様に習わした。こどものヴァイオリンとていい音を憶えさせるべきだと雷蔵は高価なものを三人の娘に買い与えた。雷蔵はかなりの散財であった。さらに小学校になると夏休みには百合子、碧の店で働かせた。「金の値打ちを知るには働くことだって片山が言うの」「なるほど理屈だね、うちはいいよ」「叔母ちゃんよろしくお願いします」百合子も承知してくれた。「自分で生きてゆけるように育てる。本当の愛情だねえ。子は可愛いから甘やかす親が多いけど」
 和美は片山雷蔵の言動に驚くことがある。ヴァイオリンは一つ50万円、三つで120万円。この掛け算は理解できるが120万円はこどもには高価過ぎる。「金は使うためにある。娘たちがいい音楽を演奏したら安いものだ」と言うのである。商家では仕入れた商品を売って価値を実現する。金は始まりであり終わりである。金を増殖させることが資本主義の原理である。ところが雷蔵は金を便利な道具と考えているようだ。和美はカルチャーショックを受けた。『欲しいものがあったら金を貯めろ』という哲学だ。万札は印刷物である。メモ用紙にもならない。120枚でヴァイオリンを買った、いや交換したのだ。
和美は百合子、翠、智子に話してみた。「そうだねえ百合子が言うように、売上を仕入に回すと残りはわずか、金に使われている気がしないでも」「ストラディバリウスも凡人にはただの箱、使える奏者は少ないのじゃない」「そうかあ、使ってなんぼか。私の名器も優れた演奏者でないと値打ちがわからない」「和美、おのろけはいい加減にして」

 宿で風呂に浸かり疲れを取った。夕食もにぎやかなこと。女三人で姦しい、四人なら。和美が立ち上がって方山の手を引く。「抱いて」片山が抱き寄せて口づけする。「和美ずるい、香奈も」「おいで」「あ、チューした。亜耶も」「はいはい」「有里いつも最後つまんない」「香奈も亜耶もお嫁に行ったら有里だけになるぞ」「香奈お嫁に行かない、雷蔵のお嫁さんになる」「亜耶も」「だーめ。雷蔵は私の旦那さん」「和美ずるい」「お母さんずるい」「旦那は自分で見つけなさい」「どうやって」「それは、大きくなったらわかる」「お父さん本当」「本当だよ」「もしいなかったら」「お父さんがみつけてやる」
 香奈が抱きつく。「私雷蔵が好き」「雷蔵も香奈が好き」「亜耶はお父さんが好き」「お父さんも亜耶が好き」「有里も」「ありがとう有里好きだよ」「私も」「和美はだめ、奥さんでしょう」「もうお嫁さんなんだから」「私はだめなの」「だめでーす」和美が泣き出す。「ママ泣かないの」「有里はやさしいね」「和美甘えん坊」「お母さん、でれでれしないの」「子どもは寝なさい」「いーつもこうなんだから」「すぐいばる」「そうそう」「雷蔵、どうして和美にほれたの」「やさしいから」「和美が。信じられない、ほかには」「アルルの女が演奏できるようにしてくれた」「月謝払ったんでしょ、あたりまえじゃん」「でも和美だけが辛抱強く教えてくれた」「そうなの」「それにな、美女、裸がきれい」「雷蔵いやらし」「香奈の裸もきれいだよ」「もう雷蔵と風呂にいらない」「亜耶の裸は」「きれい」「有里の裸は」「きれいだよ」「有里、雷蔵と風呂にはいる」「和美が妬くよ。亜耶も一緒に入る」「じゃあ香奈も」「こどもだけで風呂に入りなさい」「そーら、和美のやきもち」「やきもち」 

 その夜は子どもたちが眠りこけた。遊んで飲んで食って幸せそうな顔をしている。「ねえ、あなた。私が死んだら」「ん、付いていってやる」「どこまで」「冥土まで送ってやる」「帰るの」「こどもの面倒は誰が見る」「そうね、母では心配だし、継母では可哀想だし、死ねないわね」「最低でも娘たちが嫁ぐまではな」「あら、うちは養子もらうの。そう最低でもマスオさんよ」「智子さんの旦那もマスオさんか」
 和美は笑いながら雷蔵に襲い掛かる。「いけません、私には愛しい妻子がありますから」「きれいな奥さん」「それはもう、こんな別嬪観たことがない」「妬けるわねえ。奪っちゃおうかな」「だめです。妻に節操を誓っていますから」「誓いは破られる為にあるのよ」「そんな無体な Pacta sunt servanda 約束は守られなくてはならない」「何ゴチャゴチャ言ってんの、私は抱く気がしない。この期に及んで女に恥じかかすの」

 智子とのおしゃべりは楽しい。とくに惚気は智子以外には言えない。「そうなの、冥土まで送ってくれるの。でもなんで」「私のこと方向音痴だから心配だって」「さすがね、お前が死んだらおれも死ぬなんて月並みなことは言わない」「でも片山にだけこどもの面倒全部見らすわけにはいかないでしょ」「で一緒に帰ってくる」「まあそうなるわね」「黄泉の国は一度入国すると三途の渡しで出国させてもらえないわよ」「ビザが要るの」「当たり前じゃん。黄泉の国の出国はうるさいそうよ」「そうかあ、入国しないことか」「そういうこと。あほらし付き合ってられない」「ごめんごめん」智子は嬉しそうな和美が可愛くもあったがうらやましくもあった。
 イザナギの命は愛妻イザナミの命を追って黄泉の国まで迎えに行くのだが逃げ帰ったのだから片山さんのほうが上ね。送り届けて帰って子どもの面倒を見る、そうなんだ、イザナギより上か。片山さんなら冥土で喧嘩するのじゃない。

 どんな風に。私は送ってきただけだ、黄泉の国には入国しない。しかしここはもう黄泉の国ですよ。既に手続きなしで入国している?では入国手続きは要らないな。それは困ります。規則ですから手続してもらわないと。現に私はすでに入国しておる、君たちは手続をしなかった、職務怠慢だな。ですから今から手続きを。そんな規則は改正しなさい、今時、入出国は自由にしないと。私は一担当ですから。EUをみなさい、君はこの職務が嫌いなようだな、閻魔さんに異動を頼んでやろうか。けっこうです、私は職を失いますと家に入れてもらえませんので。君これでお子さんのお土産でも、(地獄の沙汰も金次第?)来年の春には妻の様子を見に来るから。ご苦労様です、お気をつけてお帰り下さい。
 ヒャヒャヒャー。二人は腹を抱える。智子息ができない。私も。ご連絡いただければ三途の川までお迎えにあがります。そうそう。女の話は時間が許す限り尽きることはない。智子は大西に話してまた笑いこけた。大西も感心していた。「智子、俺はお前の名器を演奏するのが下手だな、すまぬ」「何事も訓練。Practice makes perfect」「どこで憶えた」「片山さんの口癖みたい」「和美さんの名器はよく鳴るのかい」「私はヴィオロン、弓で弾かれて震えて鳴るのと言ってた。私も片山さんに弾いてもらおうかな」「智子それは良くない、不倫だ」女に秘密はない。逆もまた真なり、このことを片山は知るや知らずや。



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