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作品名:老人と乙女の恋 作者:佐々木 三郎

最終回   美しき裸像の思い出
 美しき裸像の思い出


 雷蔵は夜起きることが増えた。頻尿だ。和美は気に留めなかったが寝室に帰ってくるのが遅い。愛の行為の後は眠ってしまうのだが。ある時雷蔵の後をつけた。トイレを済ますと書斎に入る。そっと覗くと雷蔵はパソコンで女の写真を観ている。和美はまあいいかと思ったが次の瞬間あの女はと釘付けになった。アルルの女だ。許せない、現行犯逮捕だ。
 和美は忍び寄る。「きれいなかたね」片山雷蔵はそれこそ飛び上がらんばかりに驚き狼狽する。「あーうー」「どこのひと」「昔の、そう昔の女」「見せて」「だめだ。俺の女だ。プライバシー侵害だ」「私に隠し事するの」「夫婦と言えどもプライバシーは侵すことはできない」「なに眠たいこと言っているの。次。自動送りにして」「そんな無体な、強要絶対反対」「いい女じゃない。どうやってものにした」「秘密。わしには守秘義務がある。証言を拒否する」「やましい事がなければ言えるはず。隠し事をすると為にならないわよ」
 画像は朝日を背にした裸の女が立っている。妖しげな顔が気にくわない。自動送りの画像は女がうつ伏せにねている。見事な肢体だ。次の瞬間、はっと驚く和美さん。女は長い黒髪をベッドに広げて笑っているのだ。「誰よ、この女。殺してやる」「モデル、ヌードモデル」「Hしたら雷蔵も殺すからね」「しない。和美以外の女とはやらない」「前科があるからね、今度は実刑よ」私に髪を伸ばせと言ったのはこのためね。
 画面は妊婦の裸像になる。「雷蔵が孕ましたの」「結果としてな」「いっぱいやったの」「それほどでもない」次は赤子だ。(香奈だ。だが自分が画像のモデルとは認めたくない)臍の緒がついている。後ろに母体(これ私?)が写っている。大きく開いた膣がある。スケベ。「これは明白な証拠、言い逃れできないわ」雷蔵は和美を背後から襲ってきた。「何するの」「いい女は襲いたくなる」「やめて」「美女が犯されるところを撮ってやる」「やめて変態」「ほら濡れてる」「ふざけないで、ドスケベ変態」
 画面は男女の絡みの動画になる。和美は現実と動画が区別できなくなってくる。意識が朦朧としてくる。アルルの女がにんまり笑う。雷蔵は私の男だからね、手を出したら殺してやる。ふん小娘が何を言ってるの、この男は昔から私の情夫さ。和美はのけぞり肩で息をする。ああもうだめと椅子に崩れ落ちた。

 それから和美は雷蔵の書斎に出入りするようになった。雷蔵の抵抗を抑えて裸像を鑑賞する。撮りも撮ったり、貯めに貯めたものだ。全部観るには何日近かろうか。素人とはおもえない出来だ。モデルは和美香奈亜耶有里、全て裸像だ。こどもが大きくなったらいい思い出になる。和美さんもきれいな身体している。うん、雷蔵が夢中になるはずだ。でも十年したら百合子のように中年太りになるかしら。いやだ、エクササイズしよう。アスレチックに通うか。
 雷蔵が抱きしめてくる。「観ているのだから」「俺の画像だ」「いいじゃない、減るもんじゃなし」「値打ちが減る。俺の女は見せない」「じゃあやらしてあげない」「観覧料払え」「よくいうわ、ならこれから1回3万円」「それは高い、高すぎる」「いやならいいのよ。他の女にやらしてもらいなさい」

 和美は密かに画像をUSBにコピーした。映倫に触れる部分はカットした。18歳未満閲覧禁止。雷蔵は著作権を言い出すに違いないから留守を狙った。私出演料もらってない、それに肖像権の侵害だわ。理もなくなく盗撮するなんて。でもよくできている。モデルがいいからよ。そうそう。コピーは誰かに見せたいからだ。自慢したいのだ。誰にするか。智子、百合子、翠、やはり智子かな。
 智子は「私も撮ってほしい」と言った。「大西さんが襲ってくるわよ」「それがね週一がやっとよ。和美は毎日」「まあね」智子の切実さはわかる。同時に誇らしくもある。愛の表現は抱くことに尽きる。これに勝ることがあろうか。愛のないセックスは情欲を満たすだけのものであるがセックスのない愛はこれまた空しい。
 翠は「きれいね」と感心してくれた。そして(女を満足させてくれる)いい旦那さんとも言ってくれた。女は激しく求められて燃える。精力のない男に何の価値があると言いたかったのであろう。その夜翠は幸吉に和美の裸像写真を話した。「片山さんの裸像を記録する感性がすばらしい。親父と同じ歳だろ。わいも観たい」「私の裸も撮ってもらおうかしら」「それはえけど(あぶない)」「ええけど?」幸吉は下を向く。(片山さんが私を襲うと妬いてるの)翠は後ろから幸吉を抱きしめ「いかせてあげるから」とささやいた。幸吉はむしゃぶりついてきた。
 百合子は「写真より抱かれたい」と直情的であった。「雷蔵さんがいい男を探してくれているから」「この熱き肌を持て余しているのだよ」「そんな三段腹」「お前だってじきになるよ」「なりません」「近頃肥えて来たじゃないか」「雷蔵は私きれいだって。毎日抱いてくれる」「いくのかい」「いっていって、もうくたくたになる」

 この美しき裸像の思い出は和美の宝となった。こどもたちのほか牛馬山羊鶏の成長記録も残されていた。画像から雷蔵のやさしい眼差しが滲み出ていた。智子が「全部裸ね」と言ったのがおかしかった。動物は毛で覆われているが衣服は着ない。着物を纏うのは人ぐらいである。晩年片山雷蔵は寝たきりになるがこの画像をこよなく愛した。病院のベッドで看護婦の乳を触った。「奥さん病院はほとほとご主人には困っています」「雷蔵、触ったの」「うんにゃ、揉んだだけ」「この人」「あっち」と指差す。和美はおかしかった。
 ブスには手を出さない。「揉ましてあげようか」「うん」和美は胸をはだけ雷蔵を抱き起こす。中年女は傍目も気にしない。「やっぱり和美が一番ええ」これには病院も黙ってしまった。「香奈も見せてあげる」「香奈、年頃の娘がやたらと見せるものではない。見たら眼がつぶれる」香奈は十八、数えの十九である。米寿の雷蔵が歌いだした。『赤い蘇鉄の 実も熟れるころ 香奈も年頃 香奈も年頃』少しかすれているがいい声である。
 同い年の亜耶は「亜耶のオッパイ揉ませてあげる」と形のいい胸を差し出す。「生娘がなんということを。手が腫れる」「有里も奪って」「有里を奪ったら近親相姦、和美に殺される」「いつも和美だけなんだから」「そうそう和美が独り占め、ずるい」「当たり前じゃない、雷蔵は私だけのものよ」
 こどもたちは怒って病室を出てゆく。「雷蔵感じるわ」「やりたい」「退院したらいっぱいやらせてあげる」「いまやりたい」「はいはい、今は病院の先生の言うこと聞いとり、元気にならんとあれでけんよ。はよう元気にならんとあかん」「うん、うん」

 片山雷蔵は和美、香奈、亜耶、有里に見守られながら安らかに旅立った。「送ろうか」「ええ、お前はこどもの面倒をみい」「道草せんのよ」「わかっとう」「浮気せんのよ」「せえへん」『飲み過ぎないように』『わかっておる』「酔っ払いは天国から追い出れるよ。ええ、困ったことがあったら連絡して。迎えに行くから」「連絡する」「雷蔵、香奈はいっぱい愛している」「亜耶もよ」「有里も」「和美も子宮から愛している」雷蔵はありがとうと言ったようだが声にならなかった。そして静かに目を閉じた。



 結婚供託金預かり証

 和美は雷蔵の引き出しを開けた。クリアファイルに書類があった。『愛しい和美、見たな。スケベは見たがる。これは娘たちが結婚する前に相手の男に署名させ公正証書にすること。供託金は娘の口座に入金させること』と添え書きがあった。三人の娘に作られた証書は同じ文面だが相手、金額欄、年月日は空白になっている。

                誓約証

 私、   は飯田香奈と結婚してこれを幸せにすることを誓います。この証として
飯田香奈に金  千万円を供託します。もし 飯田香奈が結婚後幸せと思わなければ
この供託金が返還されなくても異存はありません。
年 月 日 
住所
氏名 
添付書類 印鑑証明証1通
上記供託金を預かりました。年 月 日 飯田香奈 印

 片岡雷蔵が極楽浄土に旅立つ日、死後四十九日、和美はこの誓約証を披露した。「なるほどねえ、幸せにすると言うけど口ばかりの男がいるからねえ」「約束には担保、それを実行するとこが雷蔵さんらしい」「男の愛情か」「ほんとねえ」「グウジロウ、メリー、ビン、飛丸の面倒は」「私が見ています」「和美、大丈夫かい」「娘たちもご近所も応援してくれます」「雷蔵さんがいないとさびしいね」「香奈、亜耶、有里。これは父の形見、持っていなさい。されどお前たちおのおの母を見習って雷蔵のようないい男をつかまえるのじゃ。よいな」『ははあ、心得ましてございます、母上』
  
                        完

 ではお後がよろしいようで これにて『老人と乙女の恋』一巻のおしまい。最後までご精読ご静聴いただきありがとうございました。なお登場人物は実在人物とは関係ないこと念のために申し上げておく。              2016.8.13 佐々木三郎



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