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作品名:老人と乙女の恋 作者:佐々木 三郎

第11回   香奈の作文 亜耶の作文(添削) 百合子の独白 おうち忘れてー迷子の子雲雀
 香奈の作文

                私の家族      六年一組 飯田 香奈  

 私の家族は、父雷蔵母和美妹亜耶に有里の五人です。これに祖母百合子をいれるならば牛のギュウジロウ馬のビン山羊のメリー鶏の飛丸もいれることになります。父は母を愛しています。出掛ける時はいつも母にキスします。母も父を抱き寄せて濃厚なキスを返します。子どもの前ではやめて欲しいです。
 父は最近私たちにはキスしなくなりました。良くないと思います。不公平です。妹たちも同じ意見です。妹が言うには母が嫉妬するからだそうです。父は母が恐いから自分の娘にキスしないのです。これは母の身勝手です。父は母だけのものではありません。家族全員のものです。私たちは父が好きです。父も私たちこどもを愛しています。
 そこで父はなぜ母を恐れるか考えました。祖母にたずねると父は母の生徒だったそうです。父はアルルの女を演奏するのに母の指導を受けたのですがある日母が父雷蔵を自分のものにしたそうです。どうやったのかはわかりませんが母には強引なところがありますから指導者と言う立場を利用したのだと思います。
 また私たちが父に勉強を教えてと言うと母は「自分のことは自分でしなさい」と怒ります。父と風呂に入るのも嫌います。そして自分だけ一緒に入って父の身体を洗ってやります。父は赤ちゃんのようにおとなしくしています。私たちは 見てられないのですが夫婦のことには娘とて口をはさむことはできないそうです。父と母は夫婦であって、だんだん私たちの親でなくなってゆくような気がしてさびしいです。
 それと動物たちも父が好きです。父も動物たちをやさしくします。これはいいことです。私たちも動物が好きです。私は動物の眼が好きです。やさしい眼です。馬のビンは私たちが跨るとゆっくり歩きます。気遣ってくれているのです。母は臭いからと動物に近づきませんが偏見です。風呂に入って身体を洗えば問題ありません。彼女も馬に乗ってみるべきです。父は動物とお話します。私たちもビンともギュウジロウともお話しできるようになりました。メリーと飛び丸とはまだです。                終わり

 雷蔵は和美に呼びつけられた。「これ見て」と香奈の作文を突きつける。「ぷラバシー侵害じゃないか」「私だけが悪者。あの小娘よくも」「まあ落ち着け」「学校の宿題だって。内輪の恥を、もうしばいたる(引っ叩いてやる)」「でもよくできている。こどもは正直」「もう12歳ですよ、書いていいことと、いかんことの区別が。もう、あなたの娘でしょ」「まことに、すみません」「あなた書き直すようにいいきかせてください」「わしが」「父親でしょう」「はい、そうです、奥様。別のテーマを書くよう交渉してきます」
 こどもたちは様子を伺いながら笑っていた。「和美恐いわね」「あんたの母」「あんたの」「雷蔵さんかわいそう。和美の言いなり、尻に敷かれている」「和美にいかれているのね」「ビシッとしなさい、男でしょう」「亜耶言ってやりな」「どうして和美怒っているの」「有里、和美はなんでも思うようになると思っているんだよ。雷蔵さんをなぐさめてやるか」「そうだね」「有里、雷蔵にキスしてあげな」「いいよ、でも和美よくない」

 雷蔵がやってきた。「香奈、作文うまいね」「読んだの」「ああ、でも恥ずかしい。そんなに和美とキスしているかい」「している、ねえ亜耶、有里」「そう。有里にはちょっとだけ」「じゃあ、おいで」「有里には甘いんだから」「そうそう」「雷蔵さんそんなに和美が恐いの」「うん、ちょっとだけな」「惚れてるから」「そうだな」「雷蔵、和美の旦那さんでしょびしっと決めなさい、男らしく」「頑張ります、亜耶」「女は強い男に魅かれるの」「ほうー、香奈、誰が言ってた」「ジュディーオング、魅せられて」「歌ってみろ香奈」「Wind is blowing from agean 女は海」「うまいじゃん」「でしょう、亜耶も有里もいっしょに歌って。好きな男に抱かれながらも」「アアアー女は海、私に腕でお眠りなさい」 娘が生まれると男はやさしくなるとか、片山もずいぶん柔らかくなったようだ。香奈との交渉は友好的に始まったが妥結には至らない。「だって本当のことを書きなさいって先生が」「香奈の言ってる事は正しい、また事実だ、けどな正しいことがいつも善いとは限らないのだよ」「どうして」「香奈の友達がブスで頭が悪くても決して口にしてはいけない。思うだけならいいけどな」「友達が悲しむ」「そう、その親も家族も。本当のことを言わないことも時には必要なんだ」
 父娘交渉は山場を迎える。「香奈取引しよう。この作文を学校に出さないなら、夏休み牧場に連れて行ってやる」「それはいいけどー、もうひとつ別に作文書かなくてはならないでしょ」「大きなアイスも買ってやる」「香奈、いい話じゃない」「亜耶もそう思う。よし手を打とう」「雷蔵さん、亜耶も連れてってね」「有里も」「これは香奈との取引だ」「香奈、私たちも入れて。作文手伝うから」「わかった。雷蔵さん亜耶と有里も一緒に連れて行って」「それは過大な要求だ」「牧場を歩いて温泉に浸かって、さらにさらに愛娘たちがマッサージしてくれるのよ」「うむ。要求をすべて受け容れよう」「ヤッター」要求が実現した時おこぼれで和美だけでなく牛のギュウジロウ馬のビン山羊のメリーも高原の避暑を楽しんだことを付記しておかねばなるまい。ただ鶏の高丸は高地を拒んだ。

 亜耶の作文(添削)

 私の家族は、父雷蔵母和美妹亜耶に有里の五人です。男は父だけですから女優位です。単に人数だけではありません、父は美女に弱いからだと思います。母は美しいので父は母にほれ込んでいます。母の娘たちも器量がいいので父は私たち娘を深く愛します。
 父は役所相手の仕事をしていますが客の依頼人が女の人だとやさしくなります。困ったものですが悪いことではないと思います。商売上の愛想は必要です。普通、金を受け取る方が礼を言うのに父の場合払うほうが礼を言うのが不思議です。いったいどんな仕事をしているのか具体的に知りたいです。
 母も音楽教師をしていて月謝を黙って受け取ります。生徒さんやその親が礼を言いいます。ですから父母は似た者夫婦です。でも私たち娘が学校に行くときは二人で見送ってくれるのでいいと思います。帰ってきたときも同じです。一度「ただいま」を言わなかったら父にひどく叱られました。父はいつも娘たちを心配していて「ただいま」の一言で娘の無事を知るのだと母が教えてくれました。挨拶は大切だと理解しました。
 父と母はいつもラブラブなので少し恥ずかしいです。でも私たちも母のような美しい女になって父のような男性と結婚したいと思います。それにはいっぱい勉強をして自分の進むべき道をみつけ、そして努力することだと母は言います。私は母を尊敬します。そしてやさしい父を愛します。私の家族はラブラブ家族です。

 亜耶は策士である。11歳半にしてこれだけの作文が書ける、というより添削できるものだ。「亜耶のゴマすりが」「香奈アイスクリームがかかっとるのよ」「ほうやね。これを学校に出すか」「ほうしい」「有里も作文書く」「何書くん」「飛丸」「どうして飛丸なの」「卵生んでひなを育てている」「そうやね。有里も卵生むの」「うん雷蔵の肩に乗って生む」「卵が落ちるで」「そんなら腹に乗って生む」


 百合子の独白

 娘が片山雷蔵をものにし幸せな家庭を持ったことは結構なことでうらやましくも思う。自分を半分しか家族と認めないのは面白くない。百合子は若くして芸者の見習いに出され三味と踊りの修行で家庭の味を知らない。芸者になってお座敷がかかったが純粋な恋愛感情はなかった。男は客であり、愛欲は仕事の一環であった。娘和美は親に似ず身持ちがよく結果として幸せな家庭を築いている。
 親子とて遺伝子の半分は異なるから別の固体と片山が言っていた。和美は私の分身ではないのだ。それはいいんだけどさ、どこかいい男いないかしら。娘の和美が片山をものにしたとき物好きだねえと思ったものだよ。今にしてみれば見る目があったのかもしれないよ。でもさ、きっかけをつくったのはこのあたし。そうだよ、感謝しなくちゃ。お礼にいい男を見つけて来い。「一人わびしく飲む酒は、別れた男の味がする」「女のヨタンボ、雌トラなんて見れたもんじゃないわ」「和美、酒持って来い。一人大きくなったような顔するのじゃないよ。音大まで行けたのは誰のおかげかい。こども生んだからって大きな顔するな、子ができるようなことをいっぱいやったからじゃないか、淫乱娘」「ふん、母さんにだけは言われたくないわ」
 和美は静かに電話を置いた。長く勤めている店員が百合子の一人酒を知らせてきたのだ。女盛りになった和美は母の気持ちがわかるようになっていた。さりとて男を与えないと雷蔵に手を出すかもしれない。どうしたものか。思い余って智子に相談した。「むずかしいわね。いっそ片山さんに相談したら、片山に男を紹介させるというのは」「できるわけないでしょう」「男の知り合いは男の方が多いでしょ。彼なら家族のことも考えてくれるだろうし」「雷蔵に恥ずかしくて言えないわ」「でも事は急を要する。このままでは酒乱になるかも」「脅かさないでよ」
 確かに言われてみるとそうかもしれない。後日、和美は思い切って雷蔵に悩みを打ち明けた。片山は「探してみよう」と言った。このひとは必要なことしか言わない。頼んだことは期待以上の答えを出してくれる。でも母親に男をあてがえるなんて変な話。
 数日後和美は片山に百合子の男探しを依頼したことを告げた時、智子が思い出したように言った。「手にも手にもいろんな手があるわ、あの手この手やに奥の手やその手に乗るなの危険な手、けれどいつもやさしいあなたの手」「本当ね。あの人の手はいつもやさしい。誰が言ったの」「知らないけど、父がよく言ってた。天城山心中の女学生の愛新覚羅慧生が愛唱してたそうよ」雷蔵の手はやさしい。「素敵ね」智子の父はどんな人だろう。

 おうち忘れてー迷子の子雲雀

 こどもたいは雷蔵と寝るのが好きだ。和美は母であるから娘に厳しい。雷蔵は娘たちに甘い。よく見られる構図だ。「雷蔵、歌うたって」昼寝していた時の事、有里にせがまれて雷蔵が歌う。
『お家(うち)忘れた 子ひばりは
広い畑の 麦の中
母さんたずねて ないたけど
風に穂麦(ほむぎ)が 鳴(な)るばかり

お家忘れた まよいごの
ひばりはひとり 麦の中
お山の狐(きつね)は なかぬけど
暮れてさみしい 月あかり』鹿島鳴秋作詞・弘田龍太郎作曲


 
 突然有里が泣き出した。この歌は歌詞も寂しいが曲も寂しいからか。「有里、泣かないの」「有里お家に帰れなくなったら」「馬鹿ね、麦畑でないのよ」「香奈も亜耶も平気」「平気だよ」「雷蔵が見つけてくれるから」「どうやって」「雷蔵は気球に乗って探すの」「でも有里は麦の中だよ」「だから有里は麦を踏み倒すの、上から見つけ易いでしょ」「そうかあ、踏み倒す」「雷蔵愛してるーって叫ぶの」「亜耶、和美が妬くよ」「だね、有里ここよーでゆくか」「気球に登れる」「縄梯子下してあげる」「有里怖い」「香奈と亜耶が引き上げる。見晴らしがいいのよ、気球は遊覧してくれるの」「遊覧って」「鳥みたいになって見渡すの。ずうっと遠くまで、気持ちいいぞう」
 雷蔵は娘たちの感受性、想像力に感心した。どのように成長してゆくだろうか。「和美来ないの」「レッスンがあるからって」「有里の母親のくせに」和美が怒るだろう。「仕事なんだから、レッスン終わったら乗せてやるよ」「雷蔵は和美に甘いんだから」「いーつも。こどもじゃないんだから」「でも可愛いから」「顔に出さないの。だから尻に敷かれる」「そう、もっと亭主関白じゃないと」「一家の柱なんだからあ」「香奈、亭主関白ってなんだい」「さだまさし、いばっていること」「香奈、豊臣秀吉よ」


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