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作品名:老人と乙女の恋 作者:佐々木 三郎

第10回   ハンガリア田園幻想曲 草取り稲刈り稲干 脱穀秋祭り
 ハンガリア田園幻想曲

 飯田和美は田園地帯の生活も悪くないなと思い始めていた。商店街に育ったので泥臭い生活は性に合わなかった。すべては雷蔵への愛であろう。片山は生きとし生けるものを愛しいと思うようだ。片山を慕うこどもたち、そして自分も幸せと思う。ふと手にしたフルートから流れ出たのはハンガリア田園幻想曲であった。それがなぜだかわからないが音楽とは音を楽しむものとも思った。まわりには昼下がりの田園が広がっている。
 そこへ大家の奥さんがやってきた。『すみません、うるさい音出して』『主人がな今日はええ音がしよるとゆうとんじゃ。なんや昔を懐かしむような曲や一丁前言うてからに。お茶でもどうです』と誘ってくれた。その日は素直に応じた。ここでは人の思惑などきにすることはない。大家の縁側に腰を下ろすとのどかな風景とひとつになる。牡丹餅が出される。茶が美味い。『ここの水はおいしいだろ』商家に育った和美は地下水を飲んだことがない。『やわらかい、まろやかな味ですね』
 河野が出てきた。『いつもお世話になっております』『片山さんは何しても下手糞やけんど一所懸命やな。みな感心しとる』『すぐ夢中になるので困ります』『いやいや、純粋なんじゃ。小作もだんだん様になってきた』『人が考え付かんことをなさるな』『ほうなんじゃ。ほれが周囲を楽しくさせるところが偉い』『この人の友達も片山さんと飲むのが楽しみというとんじょ』『そや。町長も会いたいそうじゃ。芸術村がどうやこうや』『芸術家に移り住んでもらうとゆうとんちゃう』『そうじゃ、おまえよう知っとるな』

 和美は片山が人から愛され必要とされていることが誇らしかった。私が選んだだけはあると智子に自慢したかった。『ただいま、雷蔵さんは』こどもたちが保育園から帰えってきた。『事務所でお仕事』『田圃に行かんの』和美は音楽教師だからこどもの面倒を十分にしてやれない。その分片山が面倒を見るので子供たちはお父ちゃん子である。来年は香奈と亜耶は小学校、頑張るか。『牡丹餅いただいたから手洗ってきなさい』
 
 片山は牧草地に池を造ると言い出した。『何するんで』と河野が笑う。『魚飼うて、アヒルを泳がす』『ほれから』『子どもの遊び場にする。ほれに田圃に水をやる』河野は冨田を訪ねて片山の計画を話す。『あの爺さんよう次々と思いつくな。まあ高見の見物といかんでか』『あの爺さんの仕事なんやら法律のことやんじょるやそうやが外へ出てきたら退屈せんわ』二人はしばらく話して傍観することで合意した。
 片山がスコップを持ち出して掘り始める。下校の高校生が『おっさんへっぴり腰で何しよん』『うるさい、こどもはどいておれ』『見てられん、貸してみい』とスコップを取り上げる。『どれ位掘るんじゃ』『5掛の10やな』『深さは』『一尺』『33cmか、一年掛じゃな。おい学校へ戻ってトラロープもってこい。巻尺と杭もな』高校生たちは運動服に着替える。池を造ると聞くと『水源は』ときいてくる。『竹筒埋めたら湧き出る』
 生徒が教師らしき男と戻ってきた。『先生このおっさんじゃ』『うちの生徒に実習させていただけるとか』『こいつら使いものになるんか』『一応、土木、機械を専攻しております。私はこういう者です』と名刺を差し出す。片山も反射的に名刺を取り出そうとした。が農作業服である。『片山です。この田圃で小作をしております』
 河野、岩田、川田、冨田はこの様子を見守る。『利用計画図はこんなもんでどうでしょうか』『けっこうです』『施工中に変更もでけますので何時でも言うて下さい』『お世話になります』『お施主さんのOKもろた、杭を打て』生徒が杭を打ってトラロープを張る。 図面が現実になってゆく。『先生、溝は10銭センチ各でええな』『ええやろ、田圃への流量計算やって置けよ』先生は計画図を示しながら工程を説明する。三日で仕上がると言う。『掘った土どないするんじゃ』『滑り台にするけん積み上げてくれ』『滑り台か、山土マカナあかん、キンマ木馬ええんちゃうか』キンマとはボブスレーのように斜面を滑り降りるものである。『小さい子は危ないのとちゃうか』『こどもの頃よう乗ったなあ』河野たちも興味深そうに見つめている。

 50平米の池が完成した。河野は腑、ドジョウを集める羽目になった。実家の近くで掬い集める。それにあひるである。幼馴染が協力してくれたから半日で済んだが軽トラで往復である。牛馬の草も積み込んで帰路に着く。連絡を受けた片山は完成式兼宴会の準備にかかる。と言っても和美への買出し依頼と連絡である。冨田の奥さんを中心に総出で食卓、食材を揃える。高校の先生、生徒も集まってきた。『先生テント張ろうか』『ほうやな、テーブルとイスも要るな』『先生運転して』『よっしゃ、二三人ついてこい』となった。
 男たちは酒と肉を買いに行く。片山は『高校生に飲ますわけにはいかんけんサイダーでも』と3万円渡す、食料は和美が買出し。奥さん二人が同行。『全部で何人なるんやろな』『高校生はよう食べるで』『多めに買うてください。うちのひと足らないと怒りだしますけん』と和美。結局、店をはしごして買い集めたが配達してくれると言う。
 河野と幼馴染もそろった。近所のこどもたちも何事かと集まってくる。『この池には鰐がおるけん、食われるぞう』『鰐やおるか』『これは鰐の餌じゃ』と河野が腑どじょうを見せる。『あ、めだかもおる』『おっちゃん池に放つんやろ、やらして』『鰐がでてくるぞ』『平気じゃ、蹴飛ばしたる』こどもたちは大はしゃぎ。鮒が泳ぐ。『鰐出てこんやない』『むこうに隠れておる』『嘘言うな、こどもや思うて』『あ、あひるさんや、おっちゃんこれも入れるん』『ほうじゃ』つがいのアヒルが池面を滑るように泳ぐ。
 4トン車が山土を運んできた。これを盛山に被せるのである。田圃の土は粘土質でキンンマの滑りが悪い。問題は傾斜である。勾配をきつくするとスピードが出て面白いのであるが転倒した時に危ない。岩田が出てきて『上級中級初級のコースをつけったらええが』と言い出した。頂上から地面に向かって左から上中初級の順でコースを造る。『中級を一割五分にしてあとは何度にするかの』『先生、おっさんたち何を言うとんのか解らん』『土木ではな、tansent45度の傾斜を一割という。一割五分は30度じゃ』

 その日は料理ができたのでそこまでとなった。すき焼き、鍋、バーベキュー。すべて薪を炊く。『火が強すぎる』『墜ち火で焼いたら』と主婦連。『篝火を』と片山。高校生がドラム缶とブリキのバケツに薪をほり込む。燃え上がるか篝火にこどもが興奮する。警邏中の警官がやってきた。『何事ですか』『ため池の落成式ですわ、ひとつどうです』『いえ、本官は勤務中でありまして、火の用心怠りなきようご注意下さい、では』『ご苦労様です』人は増え、食料を追加注文。篝火は夜遅くまで池にきらめいていた。

 街の水車

 翌日は日曜日。高校生が滑り台を構築。コースでキンマを試してみる。『キンマはな、前に重心をかける。減速は後ろじゃ』と河野。その幼馴染も次々と試乗。『コースはええがキンマの車幅が狭い。安定が悪い』『ほれに脚の先をもっと反さな、つっかかる』などと評論。高校生たちは改造にかかる。こどもたちが滑りたくてうずうずしている。おっさんたちが試乗して合格したキンマでこどもが滑る。歓声が上がる。
 スピード感は人を夢中にさせる。大人もこどももはしゃぐ。『お兄ちゃん、もっと速く滑りたい』『もっと上手になったら中級コースで滑らしたる』『ほんま』『お兄ちゃん私キンマが重たい』『よっしゃ、おい、ぼく持ってやりな』『ええよ、美代ちゃん付いてきな』こどもはこどもの社会がある。

 牧草地は半分遊び場になった。牛馬山羊も子どものアイドルだ。とくにビンは乗馬気分が味わえる。香奈が最初に乗る。馬の背から見る景色は日常のものとはかなり違う。順番に子供たちが試乗する。和美はこどもに連れられて牧草地にやってきたがこういう風景もあるのだと感心した。町中で育った和美には初めて観るものだ。馬牛ヤギ鶏は人を襲わない。優しい目をしている。片山が動物を愛する気持ちが分かる。あの人を知って私変わったのかしら。(女になり母になったではないか)
 植田がが青田になったのだが流水が少ない。高校生が来て『池を大きくするか、溝を広げるかじゃな』と提案する。『あかん、牛馬の草が減る。溝をひろげたらこどもに危ない』と片山が反対する。『ほなどないする』『水車じゃ。上から水を落とす』『どうやって回す』『この竹筒の水を水車に落とす』『ほんなんで回るかいな』『回る。小さい水車を歯車で大きいのを回すんじゃ』『先生たっすいこと言よるわ』
 教師は片山の言わんとするところを理解した。『君たち模型で実験してみろ』ということになった。歯車による伝動は大きさに反比例する。わずかな力を小さい歯車に与えることで大きな歯車を回すことができる。古代エジプトで大きな水門を数人で開閉したのもノ多様な理屈であろう。
 水車小屋の建築には高校の卒業生たちもやってきた。建築会社に勤めるのが解体した家屋の柱を運んできてくれたのだ。離れて観ていたが「腰を入れろ」と怒鳴る。高校生には先輩が恐いようだ。直径2mの水車を据える。軸に巻きつけた綱を引いて道板を転がす。軸受けに担ぎ上げる。直径50cmも水車に竹筒で汲み上げた地下水を垂らす。辛うじて回り出した。歯車を噛み合わさせても大きな水車が動くとは思えない。「この水量ではな」「ポンプアップは施主の意向ででけんそうや」「濡れんうちに入れても痛がるで」「なんやこのおっさん」「阿呆、お施主さんじゃ、おいグリス塗るか」「あかん、水質汚濁になる」「兄ちゃん、蝋燭の蝋どうや」と冨田。「去年の祭りのがあるでよ」と奥さん。で軸受けに蝋を塗る。高校生が大きな水車を手押しで回す。蝋が行き渡ったようだ。
 いよいよ歯車結合。「まだ痛がっとるなあ」「誰でも最初はそうなんですって」「だんだん気持ちよくなる」奥さん連中はにやにやしている。水車は僅かだが加速する。「もっと強くと言い出した」「先生何のこと」「何でも訊くな。自分で勉強しろ」「先輩教えて」「ほのうちにわかるようになる」「おとなはおかしなこと言うのう」

 水車はのどかな雰囲気を出す。町中の水車とあれば物珍しいのか道行く人が立ち止まる。こどもだけでなく大人にも憩いの場所となった。ただ落水が少ないだけに水車の回転は眠たげである。高校生が水車に粉突か何か仕事をさせるべきと言い出したのだがいい案は浮かばなかった。それでも周りの田に水を供給する任務は果たしているから善しとすべきか。
 
 草取り稲刈り稲干

 水車の水は溝を伝って五枚の植田に入る。ふな、ドジョウも同様である。一枚は三反から五反である。池の貯水量が心配されたがどうやら行き渡っている。高校生が「おっさん、魚はどの田にも平等に放すべきじゃ」と提案したが片山は「どこに行くかは魚の勝手じゃ」と撥ね付けた。次はあひるである。稲を食わないか心配されたが食わなかった。どうしてかが話題になった。河野岩田冨田といった専業農家も不思議がった。「あの人のやることわからんな」「なんで苗は食わない」「訊いてみい」
 その答えは片山の行動にあった。毎朝あひるの小屋に「はなこー」と声をかける。そしてハコベを与える。鶏の飛丸一家もやってくる。ギュウジロウ、ビン、メリーもきて餌をねだる。「順番、順番」と片山は穀物、干草を与える。動物たちも行儀よく待っている。
 冨田が声をかける。「行儀ええなあ」「躾教育です」「食足りて礼節を知るですかいな」「そうです。それに愛情ですね」「学のある人は言うことがちゃうな」「あひるはなんで苗をくわないので」「教育です。ひなのときから丸い草、葉だけを与えてますから」「へー丸い草ね、はこべか」「道理じゃ」「丸いのが餌、細いのは餌でない」「あひるははわかっているのかいな」「ほうらしいで。学習したんや」

 草取りは高校生が仕切る。「ええか、歳の順に大きい草は高校生と中学生が取れ。小さいのは小学生以下が取れ。ではかかれー」「オウ」田に子どもたちの声。三枚の田の雑草が2時間で無くなった。「人海戦術じゃな」近所の人も珍しそうに眺める。取った草は積み上げられてゆく。あひるが広くなった田を泳ぎ渡る。魚を追ってゆく。「あひるもっといてもええなあ」
 稲刈りも同じである。岩田冨田以下のプロが生徒を指導する。小学生以下は鎌で怪我しないかと心配するがそれもべんきょうということになった。親は我が子を見守るが稲穂を持ち上げる嬉しそうな顔に声が出ない。
 ここで特記すべきは飛丸の活躍である。稲木に垂れ下がった稲穂は雀の格好の餌である。群がっ啄む。そうはさせじと飛丸が雀を追い払う。そのこもつづく。鶏は庭の鳥である。飛ぶのは得意ではない。あざ笑う雀を必死に追撃する。「飛丸休憩。水を飲め」「雷蔵あいつらなめやがって」「見ろ、飛丸を恐れて木に止まっているぞ」「今度はメン球つついてやる」「飛乱暴はいかん。脅すだけでいいぞ」
 するとメリーがアカシアの木に突進する。雀が別の木に避難しようとするとギュウジロウがその先にはビンが待ち構えている。雀は電線に疎開する。「ビン見事なフォーメーションだな」「メリーが考えた」「そうか。飛丸が疲れたら応援してやってくれ」「いいよ、おれたちで巡回してやる」「おまえたち頼りに思うぞ」
 飛丸が雀の来襲を告げる。メリーが光Aと叫ぶ。牛馬はアカシアの木に、鶏は雀脅しの近くに移動する。これでは迂闊に近づけない。しかしある一団は強行突入を試みた。飛丸とその子たちは敢然と迎撃する。指揮官を取り囲み撃墜させた。さらに空中高く投げ上げ寄って集って喰いちぎった。「飛丸やり過ぎだ」「これは見せしめだわ」「殺すことはなかろう」「雷蔵、敵に情けは無用」「お前器量よしだがやることは残酷だなあ」「こいつ私を馬鹿にしたのよ。八つ裂きにしてくれる」
 片山が会話の内容を伝えると富田ら感心した。「鶏と話がでける。たいしたもんじゃ」こどもたちも感心する。「おっさん、どこで勉強したんや」「鶏とともだちになったら話できる」「ごついでえ。飛丸何言うた」「雀も当分こん(来ない)じゃろうって」「へー、とりでも雌を怒らしたら恐ろしいのう」

 話を戻そう。稲刈りも人手が多いから一日で終わった。次は刈干である。又木に棒を乗せ刈った稲をぶら下げてゆく。「なんでこなな面倒なことを」「米の水分がぬけて米が美味くなるんじゃ。昔はこうしよった」「ほんなもんか」「ほんなもんじゃ。脱穀は来週」「ほの次は」「精米じゃ」「手間かかるのう」「みんな集まれ。こめが取れるまでの順番言うてみい」「田植え、草刈、稲刈り、それに」「いねほしと脱穀、精米じゃ」「ほんだけか」「そうじゃ苗づくり」「ほかには」「まだあったか」「蓮華を植えるんじゃ」「そうじゃ、そうじゃ」「あれは勝手に生えてくる」「植なんだら生えるか(ものか)」
 小学生から高校生が議論を始める。「ほない言うんだったら農家のおっさんにきいてみい」「おっさん教えて」「難しいのう」「どっちじゃ」「おっさん大人のくせにはっきりせえ」こどもは遠慮しない。「昔は勝手に生えよった」「ほれみい」「けど最初は蓮華のの種を蒔くんじゃ」「次の年からは勝手に生えてくる」「結局どっちじゃ、大人の話はようわからん」冨田が困ってしまう。「ちょっとよろしいですか、蓮華は咲かなかったのに今年はどうして」「ほら奥さん田圃耕すと蓮華が芽を出してくる」「今年は例年とどうちがうのですか」「今年は田に水を入れるのが遅かったけん」「どうして遅かったのですか」奥さんたちも興味を示す。
 河野が助け舟を出す。「今年から小作の方針で遅くなったんでわ」「小作?」「ほら、片山さんよ」「地主が方針を決めるのでは」「ここの田は小作が威張っておる」「まあそうなんですか」「でも蓮華が咲いたらきれい」「こどものころ首飾り作ったわね」「なつかしいわ」「あのおばちゃん、僕ら稲作を勉強しよんじゃ」「あら御免なさい、割り込んじゃって」「ほなけん蓮華の前に田圃を耕すのじゃ」「お兄ちゃん詳しいな」

 考えてみれば稲作は半年以上の時間がかかる。しかも年に一度きりの勝負である。日照大風の試練を乗り越えて稲穂をつけるのである。とくに稲の花が開く頃に台風がやってくる。受粉しないと稲穂は空の籾をつける。「小作が昔ながらの稲作を始めた。田圃を耕してすぐ水を張るのはおかしい」「牛が鋤を曳いてゆくのがほんまじゃ」「耕運機は邪道じゃ」「けんど小作さんよう頑張ったな」「稲作一年生とは思えん」「こどもらも戦力になったな」今度は農家のおっさんが話し出す。これが本当の授業であろう。

 脱穀秋祭り

 稲干が終わると脱穀だ。これまた高校生が集まってきて手伝ってくれる。冨田岩田山田川田といった地主も総出だ。若い小作に教えるのは若返りになると言う。稲束を機械にかけて引っ張る。籾が落ちる。落ちた籾が山になる。これを濾すのだ。実った籾だけを別にして30キロの袋につめる。昔は俵に詰めたものだが来年は米俵も作れよう。「おっさん残った籾は」「雀にやれ、あいつらも欲しかろう」雀のほかに多くの鳥が集まってくる。その数は半端ではない。「ごつい鳥じゃ、鳥の世界じゃ」「ほんに鳥の世界じゃのう」
 脱穀した稲束は背丈以上に積み上げられる。これは中学生以下の受け持ちだ。小学生以下のこどもは稲山に登る。「小山の大将じゃな」「昔やったのう」「やったやった」「小山の大将俺一人」「後から来る者突き落とせ」転げて墜ちてまた登る 赤い夕日のおかのうえ 昔の少年たちの合唱となった。

 これで籾落とし精米まで手作業でやったら日本古来の稲作復活であるが今年は耕運機も稲刈り機も使わなかったから善しとすべきか。この後米蔵に運び込む、俵作り、縄を綯う、牛馬の干草作りなどなどあるが今後の課題としておこう。
 地主たちが次の日曜日に秋祭りを行い近所を招待することにした。ところが片山が猛烈に反対した。「わしの小作米が減る」「小作料は二俵」「一俵が4斗、40升。我が家一年いけるか」「いけるいける、一日一合も食わんじゃろ」「うちは育ち盛りが三人おる」「よっしゃ、3表やる。心配すな百表はある」「搾取じゃ地主の搾取じゃ」「いやなら小作辞めるかい」「それは不当じゃ」そこへ地主の奥さんたちが間に入る。「片山さん本間によう働いたねえ。米がのうなったら言うて。融通するけん」ということでけりがついた。
 
 日曜日は近所総出の秋祭り。五目ずし、白飯、酒、肴、すき焼きが並べられる。「ではうるさい小作さん一言」「みなさん一年ご苦労様でした。今日はわしの奢りじゃけん遠慮せんとやって」「待った待った、神さんが先じゃ」と近所の八幡様の宮司が登場。「何の神様じゃ」「田圃の神様にきまっとるだろう。祓え給え清め給えと白す事を聞こせめせと恐み恐みまおすう。神さんが食べたけんお下げしなさい」「めんどいなあ」「罰が当たるでよ、さあ二拍二拝」
 立食パーティーが始まる。「いや美味しいな、このお米」「おばちゃんこの米わしらも作ったんでよ」「ほんまあ偉いねえ。おいしいわあ」「お米がこない美味いとは」「ほんまやなあ分けてもらおうか」「でも高いかも」「奥さんそこらの値段ぐらいでお分けしますよ。なあお父さん」と地主の奥さん。「分けて分けて」「うちも」「うちも」となった百俵で足りるであろうか。お一人様一升でどうや。いや一所帯五升で売り切れ御免。それでゆくか。それ以上はせり。競売か。
 高校の先生もやって来た。「先生にはお世話になりました」「とんでもない、ええ実習がでけました」「まあいきまひょ」「車ですけん」「今日は飲み明かしで」「そうじゃ明日は旗日」「ほうですな。これは校長からです」なんと樽酒。「田圃を休ませてから麦植えたらどうですか」「二毛作ですな」「ええやない。麦秋の空に揚雲雀」「おうち忘れた子雲雀は」「広い畑の麦の中 母さんたずねてないたけど」「風に穂麦がなるばかり」

 飛丸が餌をねだる。「片山さんちの鶏」「ほら牛も馬もやってきた」「ギュウジロウ干し草じゃ」「ビンもこい」「お兄ちゃんメリーにも」「わかっとるが、お譲ちゃんもじぶんで餌やりな」「有里はにんじんをやる」「そうしい」「可愛いいお孫さんですね」片山むっとして答えず。「奥さんおこさんですよ」「えー、ほんましらなんだ」「ほら、あの方が奥さんよ」「わかい、いや違うた、きれいな奥さん」「でも片山さんが来てからこのあたりも変わったわねえ」「こうしてご近所が寄り合って」
 冨田が太鼓を持ち出してきた。岩田は笛だ。「村の鎮守の神様の」と山田が歌いだすと川田が「今日はめでたい御祭り日」と加わる。河野のともだちが囃す。「どんどんひゃらら どんひゃらら」「朝から聞こえる笛太鼓」河野が立ち上がる。「今年も豊年満作で 村は総出の大祭り」笛が鳴り響き、太鼓が鳴り渡る。
 高校教師、「忘れていた日本人の心を思い出しますな」「うちの生徒も農業に興味を持ち出しました」「そうですか、うちも土木、機械に熱を入れるようになりました」「勉強は生活とつながっていないといきまへんな」「先生そのとおりです。私も退職したら農業法人をつくろうかと思うています」「いや私もNPOで生徒に土木機械建築研修させ世界に送り出したい夢持ってます」「それはよろしいな」「先生とこの農業法人に負けんよう頑張りますわ」「うちも負けまへんでえ」
 こちらは幼稚園の先生。「メリーちゃんをみてから園児がやさしくなりました」「私最初牛恐かったけどやさしい眼しとる」「ほら馬のほうがやさしい」「ギュウジロウよう働く」「ビンやってよう働くでよ」他愛ない言い相となる。こどもたちも見守る。「けんど鶏をペットにするのは変わっとるな」「ええやない、飛丸も雀追っ払うた」「ほうじゃ、よう働いた」「そうやねえ」「うちも動物飼いたいわ」
 片山と地主は各テーブルを回ってゆく。どこでも話は弾む。来年の祭りはもっと盛大になるのではないか。こうして村祭りは夜通しつづくのだがみんな幸せな気分に浸る。さてこの祭りがどうなったかはきいていない。


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